第2刑 虚ろな目の少女―B


家に帰ると、4人は改めて近日起こっている事件の整理を始めた。那雫夜ななよが資料を見ながら読み上げる。


「まず、最初の事件が、5日前。G地区O番地で27歳の会社員男性と、その妹で18歳の女性が殺害された。2人とも喉を一突きにされている。

そして2件目が、4日前。G地区J番地で53歳の父と49歳の母、そして9歳の娘の3人が殺害された。全員胸に何かで刺された痕があった。

そして今回が40の母と11の息子が被害に。2人とも胸を突かれ、そのまま木に貼り付けにされていた――」


「全員G地区に住んでいた……。なぜでしょうか?」


「やっぱりそこが気になるよね。犯人もG地区の人間、って可能性が高そうね」


 とは言え、1つの地区の人間が全員容疑者というのは、あまりにも数が多すぎる。まだ絞り込める要素はないだろうか。


「何か有益な情報は聞き出せましたの?」


「いんや全然。みんな心当たりはないって言ってたのね」


「こっちも。怪しい人間も、《罪人》も、一切確認されていない」


「僕は――ちょっと気になることが」


 挙手するしょうに、利里りりが素早く詰め寄る。


「何、早く言うのね!」


「現場から少し歩いた所にある公園で、女の子に質問して来たんです。でもあの人、何も知らないって言うばかりで――。でも明らかに、事件の話題を避けているみたいでした」


「それはどんな人でしたの?」


「えっと、歳は多分僕と同じくらい。三つ編みの髪でジャージ姿でした」


「えらく地味な格好ねん……。ちょっと怪しい」


 4人は揃って考え込む。だが結論が出ることはなかった。


「とりあえずは、G地区の警備を強くすることですわね。調査部にも協力を仰ぎますわ。そして他の執行部員にも。あとは住民に不要な外出を控えるよう注意することですわ」


「これで連続殺人事件が終わったという証拠がない以上、そうする他ないのね」


 皆、乃述加ののかの意見に同意する。

 大分日が傾いていた。




        × × ×




 翌日。晶は近所のスーパーマーケットに向かう途中、あの少女を見つけた。彼女はこちらに気づいていないようで、空を仰いだまま動かない。ゆっくりと、気取られないように近づく。


「こんにちは」


「――こないだの」


 意外にも、すぐに逃げられることはなかった。むしろ「待ってました」とでも言うような目でこちらを見つめている。


「どうかしたんですか、こんな所で」


 こんな所と言っても、国道沿いの道だ。誰が往来していても不思議ではない場所である。

 少女は顔色ひとつ変えずに、呟くように答える。


「人を探しているの」


「誰かと逸れてしまったのですか?」


 ゆっくりと首が横に振られる。


「違う。ずっと昔から探している奴がいるから。どうしても、気に食わない奴が」


 やはり彼女の瞳は、ぞっとするほど冷たい。ガラス玉の方がよっぽど光を宿しているだろう。

 晶は、なぜかは分からないが、彼女にだんだん興味が湧いてきた。不思議と彼女のことを知りたいと思えた。


「あなた、名前は? 僕は十谷とおや晶と言います」


「私は――――――」


 少しの間を置いて、


吉川きっかわ杏樹あんじゅ


 この日は、それ以外は何も話してくれなかった。無言のまま、2人は背中を合わせて離れて行った。




 同時刻。再び事件が起き、乃述加はその捜査に参加していた。

 調査部や警察からやや距離を置いた場所で、乃述加は停止させたバイクに腰かけて煙草を吹かしている。そして苛立ちを隠しきれない表情で、携帯電話を手に取った。相手は海外にいる自分の上司だ。


『こちら十谷クリスティーナ。乃述加か?』


「はい。クリス……近頃起こっている《罪人》による殺人事件、あたくしたちが昔担当した事件とそっくりなんです」


『んだとぉ!? どんな内容なんだ』


「これまで出た4件の被害者は、みんな家族でいるところを殺害されているんです」


『そう言えば……5年くらい前、あったよな。家族を狙った連続殺人事件。でもあの犯人の《罪人》は、俺とお前で処刑したはずだろ?』


「ええ。ですから今回の事件との関連はないはずですが、何だか嫌な胸騒ぎがして」


『確かに引っかかるな。そんなホイホイ類似した事件が起こる訳ねぇよ』


「ですからお願いしたいのですわ。どんな些細なことでもいい。覚えていること、知っていることを教えてくださいまし」


『そうだな。確か、1人だけ死亡じゃなくって行方不明扱いになっていなかったか?』


「そうですか? あたくしが受けた報告では、死亡者が全12人だったと思いますわ」


 電話口でなにやらガタゴトと音がする。クリスティーナがパソコンか何かで過去の資料を漁っているみたいだ。


『それが12人じゃねぇんだ。最初の被害者の矢尻さん一家が5人。次の兵頭さん一家が4人。最後の吉川さん一家が3人と記録されている。でもどうやら、最後の吉川さんちの上の子が以来姿を消しているらしいんだ』


 乃述加は携帯灰皿に煙草の灰を落としながら考える。

 本当の家族構成は4人。けれど殺害されたのは3人。そして1人が姿を消した――。行方不明、と言うことはまだ生きている可能性がある? 当時の事件を知っているなら、類似した事件を起こすことも可能ではないか? そんな、嫌な予感が奔る。


「クリス。その子がどこかで目撃されたとか、そういう情報はありませんの?」


『全くない。まぁ、当時小学校5年生だ。家族を殺害された後でまともな精神状態でいられるかも怪しい。どこかで命を落としている可能性の方が、存命している可能性よりもあるな』


 可哀想だが、その通りだろう。

 今はそのことよりも、5年前の犯人について調べた方が確実かもしれない。

 ありがとうと告げて、乃述加は電話を切った。




 同時刻。邪庭家で資料を洗っていた利里と那雫夜は、あることに気がついた。


「那雫夜、これ見て欲しいのね。これってもしかして……」


「まさか。まるで、こんな、ゲーム感覚

で……」


 単純だったが故に見落としていた。それに、こんなことを考えながら殺人を犯すやからがいるはずないと、信じたくなかった。だがもしこれが考えられてのことなら、まだ事件は終わっていないと取れる。


「早く犯人を見つけないと――!」



 誰もが違う情報を掴みながら、事件の収束へ向けて走っていた。

 この先どのような結末を迎えるかは、まだ誰にも予想はできていなかったが。

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