第1刑 処刑人を探せ―B

 到着したのは、市内のショッピングモールの駐車場だった。だが広がっている光景は日常ではない。救急車やパトカーのサイレンが鳴り響き、傷を負った人々が手当てを受けている。周囲からは煙が上がり、時折爆発音や破裂音が聞こえる。


「何が起きているんですか!?」


 停車したバイクから降りたしょうは、間髪入れず乃述加ののかに質問する。


 乃述加は誰かを探しているようで、晶の質問には答えなかった。


「――――いた!」


 何かを発見すると、彼女は駆けだした。晶も跡に続く。


利里りり! 無事ですの?」


 乃述加が声を掛けたのは、大学生くらいの女性だった。高身長で、服の上からでも分かる筋肉質な四肢。アスリートのような印象を受ける。


「まぁ余裕がないってほどでもないのね。でもさすがに辛いね、人を逃がしながら戦うってのは」


「ごめんなさいね、駆けつけるのに時間がかかってしまって」


「気にしないで。あなたが来るまでの時間耐えるくらい簡単なのね」


 晶は利里と呼ばれた女性が纏っている衣装の異質さに気が付いた。全身迷彩柄で、上半身には防弾チョッキのようなものをつけている。あちこちにポケットがあり、何かと便利そうではある。だが最も目を引くのは、腰に付けたホルダーだろう。蓋がないので中身が半分ほど覗いているが、どう見ても拳銃だ。なぜあんなものを持っている? ここは日本だろう?


「改めて教えてくださいまし。敵の数や強さは?」


「敵は1体。形状からリザード・ディシナと呼称。鋭い爪と刃になってる尾で攻撃を仕掛けてくる。さっき2、3発足に食らわせたから動きは鈍っているのね」


「ありがとう。それなら早く片付きそうですわね」


 一体何の話をしているのだ? 晶が尋ねようとする前に、乃述加は上着の内ポケットから何かを取り出す。それは十字架とブレスレットに見えた。とは言っても、装飾品には思えない。重厚な、殺気のようなものを感じる。


 乃述加はまずブレスレットを左手首に巻いた。巻いたと言うより、手首に密着させると勝手にベルトが巻かれたといった感じだ。よく見るとブレスレットには凹みがある。プラスマークに近い形の凹み。丁度彼女が持っている十字架が嵌りそうなくらいだ。思った通り、彼女は十字架をブレスレットに重ねた。その瞬間、十字架の真ん中にあるクリスタルが眩い光を放つ。


『エグゼキュージョン システム ブート!』


 機械音が響く。同時に乃述加は左腕を自分の正面に突き出す。


「死刑執行!!」

 

そう宣言すると、十字架のクリスタルからホログラムが放たれた。それは衣服のようなシルエットを形作っている。彼女はそのホログラムに袖を通すように動いた。するとその動きと連動して、虚像は実像となり、彼女の身体に張り付いていく。数秒後、乃述加の姿は利里と似た軍人スタイルになっていた。


「(何だ……アレ!?)」


 晶にはもう理解が追いつかない。

 さらに彼の疑問を加速させる要素が現れる。ワゴン車の陰から異形の存在が姿を見せた。背格好は人間と同じだ。だがどう見ても人ではない。全身に鱗があり、顔はまるで恐竜。両手両足には鋭く長い爪がある。身長と同じくらいの長さの尾の先は日本刀のように煌めいている。


 まるで特撮ドラマに登場する怪人が、現実に出現したかのようだ。

 乃述加と利里はその怪人と向き合う。晶は物陰に移動し、じっとそれを眺めていた。


 誰が最初に動いたかは分からない。刹那、火花が散った。利里がいつの間にか手にしていたサバイバルナイフと、化け物の爪が鍔迫り合いを行う。利里は相手の腕を跳ね上げると、素早く胴体に蹴り込んだ。あらかじめ足に傷を負っていた化け物は、その衝撃に仰向けに倒れる。


「この……鬼畜どもがァァァァ!!!」


「!!??」


 驚いたことに化け物は人語を話した。はっきりと意味の取れる日本語だ。


「残念だったのね、《罪人》に堕ちた時点で、アンタに人権も何もないのね」


 無慈悲に化け物を見下ろす利里。そんな彼女の背後では、乃述加が銃を構えていた。小さなハンドガンではない。両手で構えて撃つ、アサルトライフルとかいうやつだ。


「地獄で自分を恥じなさい!」


 指が引き金に掛かる。――乱射。滝が落ちるように弾丸が化け物の身体に降り注ぐ。


「ァアアアアッッ――――ガアアアアアアァァァァ!!!!」


 それは暫く悲鳴を上げながらのた打ち回っていたが、やがて静かになった。それから5秒も数えない内に、その身体は灰かおが屑のようになって崩れた。


「処刑、完了」


 微笑を浮かべながら、乃述加は左手首のブレスレットから十字架を取り外す。すると途端に彼女の姿はジャケットと短パンのパンク姿に戻った。それから様子を観察していた晶の元へ歩み寄って来る。


「乃述加さん、今のは一体……」


「あたくしや、あなたのお母様の仕事です」

 

晶は次の言葉が出てこない。


「見られてしまった以上、誤魔化す必要はありませんわね」


 一方乃述加は、楽しそうに語る。


「お父様について知りたいのなら、避けては通れない世界ですわよ」




        × × ×




 3人はそこから少し離れた喫茶店に移動した。各々好きなものを飲みながら、話を進める。


「えーと、とりあえず乃述加、この子はどなた?」


「この前話した、あたくしの師匠の息子さんですわ。今日からうちで面倒を見ることになっていますの」


 あぁ例の……、と利里は納得したように晶に向き合う。


「それじゃあまずは自己紹介かな? 私は百波ももなみ利里。一応、乃述加の『娘』ってことになるのね。よろしく」


「えっ? あ……、十谷晶です。よろしくお願いします」


『娘』という部分に引っかかったが、彼には今はそれよりも聞きたいことがあった。


「母さんや乃述加さんは、何をしているんですか?」


「晶さん、あなたは《罪人》という存在をご存じ?」


「罪人、ですか? 悪いことをして、法的に裁かれる人じゃあ?」


「一般的な意見ですわね。でもあたくしたちが指す《罪人》はそうではない」


「さっきのトカゲみたいな化け物、見たでしょ? アレが《罪人》なのね」


 利里も解説に加わった。


「『ディシナ』って呼び方もするかな。でも一番通っている名称は《罪人》。見たまんま、人の道を外れて悪事を働くクソ野郎どもなのね」


 説明してくれているつもりなのだろうが、晶の頭に浮かぶのは疑問符ばかりだ。あまりにも常識はずれすぎて理解が追いつかない。


「その《罪人》っていうのは、どういう存在なんですか?」


「まだはっきり分かっている訳ではありませんわ。ですから、奴らと戦いその謎を解き明かそうとしているのが、我々の組織ですの」


 組織? クリスティーナはどこかの組織に所属しているらしかったが、このことだろうか。


「『対《罪人》研究迎撃機構』とかいうお堅い名前が付いていますが、皆通称の『E.S.B.』という名で呼んでいますわ」


「『Execution System Boot』の略ね。そこそこ大規模の組織で、世界中、日本各地に支部があって、構成員がいる。私たちは執行部って言って、さっきのみたいな化け物と直接戦っている」


「他にも調査部、研究部、捕縛部、連絡部なんかがあるけれど、この辺はまたの機会に語りましょう。それで晶さん……あなたは本気で、お父様の死の真相を知ろうとしているの?」


 話がどうにも大きくなりすぎているような気がして、晶は返事を躊躇った。父の死には何が隠されている? 母はこれまで自分に何を隠してきた?


 怖い。知るのが怖い。何だか足を踏み入れてはいけないような気がする。知らない方がいいと、耳元でささやきが聞こえる。


「顔色が優れませんわね……。今ならまだ引き返せますわよ。お母様の元に帰って、これまで通りの生活を送っても、あなたは許されます。ただ真実に近づきたいと望むのであれば、我々はあなたの手助けをする。どうしますか?」


 真実を知るのが怖い。その感情は絶えず晶の胸を叩く。だが自分に問う。どうして日本へ来た? なぜ父について知ろうとした? なぜ乃述加と利里が《罪人》と戦うところを逃げずに見ていた?


 知らずに生きていくことが嫌だからではないのか。


 晶は唇をキッと結ぶ。表情だけでも恐怖を取り除くために。


「お願いします。僕に――力を貸してください」


 でもやっぱり声は震えていた。それでも勇気を振り絞る。拳を握り、必死に自分を取り繕う。


 やや心配気味な顔をしながらも、乃述加は彼に手を差し伸べた。


「あたくしたちも、あなたの目的のために協力いたしますわ。それに――あたくしの命の恩人の息子を、あたくしが助ける。素敵な縁ですわ」


 利里もやれやれといった感じで、


「何かそんな流れになっちゃったみたいだね。まぁ……可愛い後輩ができた、ってことでいいのね?」


 晶の胸は震えていた。今度は未知への恐怖や不安からではない。彼女たちの心遣いに感動したためだ。


 生まれてから15年。ようやく自分の時が動き出したように思える。これまで無理矢理止められていた時間が、枷を壊して刻まれ始めた。そんな感覚に喜びが沸き起こる。


「僕は――――」


 乃述加が優しく、晶の手を取る。ちょっとだけひんやりとした指の体温。そこから溢れる温もりが彼の全身に行き渡る。


「クリスティーナには、あたくしから言っておきますわ。大切な息子さんをお預かりしますってね。そして立派になって、お母様を驚かせてやってくださいまし♪」


 口元が綻ぶのを隠しもせず、晶は頷く。

 この日より、十谷晶は『処刑人』としての人生を歩み始めた。

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