第15話 《フローラ》の正体

 考えろ――。違和感の正体を! 取り返しのつかない事態になる前に!

 刹那の時間に、脳はこれまで感じた、たくさんの違和感を映し出す。

 生徒会戦略会議の、呪術部長の言葉。『呪いは紋様が刻まれた部分にのみ作用する。胃腸、生殖部……』

 呪術部員の言葉。『なんで腹に紋様刻んで人を操れるんだ?』

 百兆三百種類もの敵で構成される《フローラ》。

 

 なぜか最後に思い出したのは、うたた寝しかけた生物の授業だった。

『……脳と腸が相互に影響し合うことを脳腸相関といいます。最近の研究では腸内細菌群腸内フローラが脳へ情報を送っていることが明らかとなり、乱暴に言えば腸が脳を操ることも~』


(そうか分かった! 《フローラ》の正体が!)


 飛行スピードを上げる! お姉さまに手を汚させてはいけない! 彼女を殺しても《フローラ》は死なない!

 壇上を誰かが駆け上がった。《フローラ》に迫る。科学部員と呪術部員だ。それぞれの手にはナイフ! 一直線に《フローラ》の心臓を狙う。とっさに《フローラ》が身をよじって避ける! が、はずみで転んだ。

 お姉さまがそれを狙って、空中で右手の光槍を振りかぶる! ――あれに当たったらひとたまりもない!

 お姉さまの横をすり抜けて、最速スピードで《フローラ》に向かって飛ぶ。お姉さまの投槍コースを邪魔するように。


「シャル、避けぇ! 危ないわ!」

「――ッ」


 ……背後から飛んできたお姉さまの光槍が頬を切り裂く。――大丈夫、飛べる。

 再び《フローラ》に襲い掛かろうとしている、壇上の二人に向かって叫んだ。


「殺しちゃだめ! 後悔するよ!」


 叫びながら一直線に飛んでくる私を見て、二人は驚いたように立ちすくんでいる。《フローラ》は四つん這いで慌てて逃げ出そうとしていた。

 私は突進して彼女に飛びついた。紋様のある彼女のお腹と自分のお腹を合わせる。


(転移魔法、展開!)


 お腹が熱くなり、自分のお腹から転移が完了したことを知る。

 どさっと二人して、壇上に倒れた。

 場は静まり返り、ゾンビたちは何が起こったのかよくわかっていないようだった。科学部員も呪術部員も固まったまま動かない。


「お、お前、一体何を……まさか、庇うのか?!」


 私は荒い息をつくと、戸惑う二人に言った。


「違う! 《フローラ》は人じゃない! 皆を操っていたのは《腸内フローラ》だったんだ! つまり腸内の《細菌》だ! 今、彼女の《腸内フローラ》に敵を送り込んだ! ……ほら、逃げるよ!」


 そういい捨てて、壇上から気絶したアンジェラ鉄道長を抱えて飛び出す。私のやったことが正しければ、彼女はもう《フローラ》じゃない。

 我に返ったのか《アンソニー》の生徒達が叫ぶ。


「鉄道長の《フローラ様》が納豆菌に侵略を受けている! このままじゃ《フローラ様》が乗っ取られるぞ!」

「副鉄道長の《フローラ様》は健在だ! 彼を新たな《フローラ様》にしろ!」


 蜂の巣をつついだような騒ぎだ。だがもう遠慮することはない。逃げる一択だ。混乱している今しかチャンスはない。お姉さまも二人も慌ててついてきた。


「な、納豆菌の侵略って!?」


 走りながら呪術部員が聞いてきた。彼も相当混乱しているようだ。私は、並走して飛びながら叫び返した。


「私の《腸内フローラ》、ほぼ納豆菌でできていると思う。一昨日も昨日も今日も納豆三パック食べたし。そして、私の納豆菌群を転移魔法で鉄道長の《腸内フローラ》に送り込んだの!」

「するとどうなるんだ!」

「鉄道長の《腸内フローラ》の勢力が逆転する! 納豆菌は最強だからな! ……この大地の呪いは、とある腸内細菌が人を操る呪いだ。正常な腸内細菌がその腸内細菌を駆逐すれば、宿主も正気に戻るはず!」

「わかった! ここは笑うところなんだな! ははははッ! ……くそっ、そんなアホな呪いがあってたまるかよ!」

「笑いたきゃ笑え! だけど今は逃げ切ることに集中しろ! ほら見えてきた!」


 逃げてきた先、暗闇の中ひっそりとそこにあったのは《鉄尾》である。私たちは先頭機関車に飛び込んだ。

 《アンソニー》の生徒たちが追いすがってくる! 背後から魔法が飛んできた! バチン――と音がして《鉄尾》の防御結界に当たって弾ける。

 早く逃げなければ!


「お姉さま、後部車両を切り離してください! 逃げるには重すぎる!」

「わ、わかった……!」


 お姉さまがレバーを引いて車両連結を解除した。

 と、同時に私はマスコンを操作し、先頭機関車を発進させる。

 ……重々しく駆動音が響き、後部車両を置き去りに機関車は走り出す。追いすがってきた生徒たちも、機関車に飛びつこうとするが、呪術部員が魔法で吹き飛ばした。 

 そうして私たちは全てを置き去りに、闇夜に紛れて逃げて行った。

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