第14話 《フローラ》の演説

 外は夜半。こんな事態なのに星が綺麗だった。

 ゾンビのような皆に紛れて、ぞろぞろと《鉄尾》を降りる。ゾンビたちは走れないようだった。先導は《アンソニー》の生徒達である。行軍中、ずっとうめき声と例の《フローラ様》を呼ぶ声で頭がおかしくなりそうだった。


 ……少し歩くと、驚いたことに、森を背にした村ができていた。それもおぞましい村が……。

 松明が赤々と燃えているが、それに照らされているのはグロテスクな肉塊に埋もれたログハウスだ。それがいくつも立ち並んでいる。肉塊には赤い紋様が刻まれており、どくどくと蠢いていた。……生きているのか。

 吐き気をぐっとこらえる。お姉さまも息を呑んで言葉も無いだった。


 私たちは村の真ん中の広場に集められた。立派な演台がある。

 しばらくして、ログハウスから《アンソニー》の生徒たちが出てきた。

 おや、と思ったのはその動きが人間じみたものだったからだ。《鉄尾》を襲撃した《アンソニー》の生徒は機械じみた動きだったのに。ログハウスから出てきた奴らの制服は同じく腹部だけ切り取られている。が、その腹の紋様はより濃く複雑化していた。

 ログハウスから出てきた《アンソニー》の生徒が叫ぶ。


「《新たなる感染者達》よ! 整列せよ! 《フローラ様》がお出ましになるぞ!」


 喋れるのか! 私たちの驚きをよそに、ゾンビたちが地獄の底のような声で快哉を叫ぶ。いや、それよりも《フローラ》が来る?!

 私とお姉さまは慌てて前の方に移動した。大勢のゾンビたちに紛れているが、あの科学部員も呪術部員も、演台に近づいているに違いない。暗殺のチャンスだからだ。


 ……よし、いい位置に陣取れた! 演台からは死角になるが、まっすぐ襲撃しやすい位置である。

 緊張で肩をこわばらせる私を見て、お姉さまは私の頭をぽんぽんと撫でた。


「大丈夫や、シャル。この暗殺の結果何が起きても、うちはシャルの味方や。だからあんまり緊張せんと、力を抜き」


 緊張しすぎると、実力を十分に出せなくなるんや。と、お姉さまは笑う。

 確かにそうだ。緊張しすぎては失敗する。人殺しの覚悟が決まったかといえば、心の内ではまだ認めたくない気持ちもある。でもそれは言い訳にならない。ならば遂行することだけに、全神経を集中せねば。

 私はお姉さまに頷き返した。


 と、そのときざわっと空気がざわめいた。

 一人の女性が現れたのである。《アンソニー》の生徒が叫ぶ。


「《フローラ様》、ご臨席!」


 ゾンビたちが一斉に歓声を上げた! 女性は歓声に手を振り返しながら、演台に上っていく。

 その女性のお腹の紋様は禍々しいまでに濃く、意匠は凶悪だった。まるで極太の鎖で戒められているかのような。しかし、それよりも目を引いたのは――。

 私は開いた口が塞がらなかった。《フローラ様》の顔に見覚えがあったのだ。


「シャル、シャルどうしたん?!」


 目を見開いて硬直している私をみて、お姉さまが焦ったように聞く。


「お、お姉さま。あの人、《アンソニー》の鉄道長です!」

「え、鉄道長!?」

「いえ、それより、……あの人の名前フローラじゃないんです。アンジェラなんです! どうしよう、別人かもしれない!」

「シャル、落ち着き! 騒いじゃあかんよ。バレてしまう!」


 お姉さまは私の口を慌てて塞いだ。幸い周囲の歓声に紛れて、私の声は他の人には聞こえなかったようだ。


「……事情はわからへんが、呪いを受けて呼び名が変わったのかもしれへん。ともかく周囲が《フローラ》と呼んでいるなら、もうあの人は《フローラ》としか考えられへんよ」

「ですがお姉さま……!」


 お姉さまが宥める口調で言う。


「しー。わかった。ちょお様子見よ。もしかしたら、シャルの言う通り《フローラ》の替え玉かもしれへんし」


 な? と、お姉さまは小首を傾げてにこりと笑う。はっとして口をつぐむ。またお姉さまの手を煩わせてしまった。


「……お姉さま、すみません」


 私はしょんぼりとした。ため息を吐く。

 私は暗殺に怖気づいたのだろうか。……いや、違う。何かがひっかかるのだ。彼女の本名が《フローラ》ではないことに。このまま暗殺を実行したら絶対に後悔する気がした。


「ええんよ。あの二人も暗殺に乗り出した気配がないし。こっちと同じく様子をみることにしたかもしれへんわ。……あ、ほら、演説が始まるようや」


 お姉さまが演説台の《フローラ》に視線を移す。

 《フローラ》は場が鎮まるまでしばし壇上でたたずんでいたが、息を吸ってようやく口を開いた。


「《新たなる感染者》の諸君! 我々の村へようこそ、歓迎しよう! 諸君らの《フローラ》はまだ馴染まぬだろうが、いずれ《フローラ》の命に従い、一騎当千の活躍を成すことを期待している! 存分に働きたまえ!」


 ゾンビたちの歓声! 耳が割れそうだ。

 お姉さまは「《フローラ》の一人称、《フローラ》なんかな? ちょっと気が抜けるねぇ」と、それこそ気が抜けるようなことを言い出した。

 演説は続く。


「我々は人間たちに虐げられてきた。《フローラ》を構成する百兆三百種類もの敵を蹴落とし、勢力逆転して我々が頂点に立とうとも、人間たちの都合で一気皆殺しの憂き目に遭うこともあった! そして細々と生き残った我々はまた勢力の逆転を願う毎日……。 しかし、もうその雌伏の時は終わった! 人間の身体を手に入れた今、《フローラ》は我々一勢力に染め上げられた! まさに一体となり人間たちに復讐するときだ! 我々はこの呪いの大地を母胎に羽ばたく! そして、世界に我々の楽園を作り上げるのだ!」


 また地鳴りのような大歓声! 空気がビリビリと震え、背筋がぞわぞわした。演説に恐怖したからではない。演説内容に混乱したからだ。


「ふ、《フローラ》が百兆三百種類もいるん? え、多重人格? 敵って何?」

「人間たちに皆殺しにされたって……。百兆人もですか? そんな大ニュースどこにも……」


 ……いや、と私のなかで何かが引っ掛かった。私はどこかで聞いたことがある。百兆もの《フローラ》の話を。それも最近だ。

 ふと考え込む私に対して、……お姉さまは自分の中に整理を付けたようだった。


「……せやけど《フローラ》が生徒たちを使うて復讐を企んでるのはわかったわ。このままにしておけんのも……」


 お姉さまはそっと右手に魔力を集中し始めた。目に決意が溢れている。私の方を振り返ると、私の肩に手を置いて言い聞かせるように口にした。


「シャル、うちは行く。自分で手は汚さず、生徒たちを操って人を殺させようと考える《フローラ》は外道や。それを止めるためなら、うちの手はなんぼでも汚れて構わへん」


 私は目を見開いて、お姉さまを止めに掛かる 


「待って、待って下さいお姉さま! なにか、何か変です!」


 自分の中の違和感が必死にお姉さまを止める。このまま《フローラ》を殺したんじゃ絶対に後悔する。


「……シャル、時間がないんよ。空気が高揚している今が最高のタイミングや。人は祝いのさなかの突然の凶行に混乱する。暗殺止められる可能性も低くなる。そう、今やないとッ――!」


 お姉さまはそう言って、背中から翅天翼を二枚生やし、ゾンビたちの頭上をギリギリを飛んで行った。

 自分も慌てて背中に翅天翼を展開する。お姉さまの後を追った!

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