第13話 作戦会議
連れていかれた科学部部員は倉庫に閉じ込められていた。他にもう一人、呪術部部員もいる。
二人は私とお姉さまの腹に描かれた紋様を見てぎょっとしていたが、指先で一部拭って見せるとそれがジャムのフェイクだと気づいたようだ。ほっと胸をなでおろしていた。後ろ手に縛られた縄を解いてやる。
四人で集まれば、自然と口にのぼるのは今回の異変のことだ。
「……でやっぱり、あのモンスター飯が異変の原因だとおもうんですけど」
科学部員が口を開く。
「普通に考えればな。俺もこいつもモンスター飯は食ってねぇ。食ったやつだけゾンビみたいになってると見た方がいい」
そう言って、呪術部員を指さす。彼はビクッとした。動転しているのかおどおどしている。私は疑問に思っていたことを聞いてみた。
「でも、食材にしたモンスターは死んで紋様が消えてました。つまり紋様が消えたってことは解呪されてるわけだし、食べても安全だって生徒会長が……」
「それな。多分紋様が消えて解呪されても、呪いの感染力は残っていたんだと思う。《死肉を食った者に呪いを付与する》とかそんな呪いだったんだろうな」
呪術部員が反論する。
「で、でも、死んだモンスターそのものからは、呪いは感染しなかったんだ! ラットにモンスターの腕の肉を食べさせても、今回みたいな、あ、操られるなんてことはなかったし……! だから安全だって思って……」
呪術部員は責任を感じているのか、尻すぼみにうつむいた。
「てぇと、肉じゃなくて、モンスターの《何か》によって感染したってことだろうけどな……。かといって肉以外飯にださないだろうし、一体なんだ?」
専門家が見過ごす《何か》なんて分かるはずもない。思わず頭を抱える。お姉さまも遠い目をしてる。
「何かはわからんけど《アンソニー》の生徒たちも、それにやられたんやろな……。だから帰ってこなかったんやねぇ……」
「具体的にどんな呪いなんでしょうね。ゾンビになる呪い?」
呪術部員が恐る恐る口を開く。
「ぞ、ゾンビにしては、組織だった動きだと、お、思う。だ、誰かに命令をうけて、――お、恐らく、ふ、《フローラ様》という人に操られている、の、かもしれない」
「お前らも聞いただろ。ゾンビみたいになってる連中が「フローラ様、フローラ様」言ってるのを。今回の列車の襲撃も《フローラ様》の指示かもしれないぜ」
「一体誰なんだ、フローラ様とやら……」
「こ、これから会えると思う。列車の行先は多分、ふ、《フローラ様》の元だ。……だから、こ、これはチャンスだと思う」
「チャンス、ですか?」
「た、大抵、こういう呪いは、操っている人を、倒せば、皆、元に、戻るって、決まってる……」
「だから、俺たちの誰かが、《フローラ様》に近づいて倒す。そうすればみんな元に戻るさ」
倒す……? そ、そんなことできるわけない! だ、だって……。
「ちょっと待って下さい! モンスターの例にもある通り、紋様消して解呪するためには殺さなきゃいけないんでしょう?! も、もし《フローラ様》が人間だったら、私たち人殺しに……!」
科学部部員は、静かなだけど決意に満ちた声で言った。
「例えそうだとしても、やらないとダメだ。お前は副鉄道長、いや今となっちゃ、臨時でも鉄道長なんだ。皆に対する責任がある」
お姉さまが慌てて反駁した。
「う、うちがシャルの代わりにやる! 組織のトップの手は綺麗やないと皆がついてこんからね! だから安心してシャル!」
科学部員はひるまない。
「それこそ綺麗事さ。どの道、シャルが命じて、シャルが責任取るんだ。組織のトップってそういうもんだ」
それもまた真実だった。私も、……か、覚悟を決めないと。
お姉さまに汚れ役をやらせて、自分は知らんぷりなんてできない。何が起ころうとも責任は私にある……!
私は固唾を飲んで、震える声で言った。
「わ、わかった。《フローラ》を仕留めて、皆を呪いから解放し、皆でこの呪いの大地から脱出しよう。そのための責任は、全部私が負う!」
「しゃ、シャル……」
「よし、よく言った! これで俺たちも動きやすくなる。誰が《フローラ》を殺すことになってもためらうな、気を病むな。全部の責任はトップが背負う。ただそれを刃を鈍らせるための言い訳にするな、特にお前だ。鉄道防衛部部長」
打ちひしがれているお姉さまに向かって、科学部員は容赦なく告げた。お姉さまはのろのろと顔を上げて、私を見つめた。可哀想に涙目になっている。
「しゃる、シャルはそれでええの? 何が起きても、何も言い訳できないんよ」
私も石を呑んだような重苦しさは消えないが、それでも覚悟を決めた。
「お姉さまの気持ちは嬉しいです。でもだからこそ、私が責任持たなきゃ。そもそも皆を守りたくて、私は鉄道長になりたかったんです。私が責任負うことで、皆の心が守れるなら安いものですよ」
そう言って、ぎこちない笑顔を向ける。一番守りたかったお姉さまの心を傷つけているかもしれない。でも、これが一番の選択だ。いつか必ずお姉さまも分かってくれる。
「……わかった。でもシャル、いざというときは私が《フローラ》をやるからね! シャルにだけ辛い思いはさせへんから……!」
「お姉さま……」
お姉さまの覚悟に胸がいっぱいになった。その言葉だけで、もう十分なほどに。
「……まぁ実際に誰がやるかは、誰が《フローラ》の近くにいけるかにかかっているだろうな。問題はどうやって近づくかだが……」
魔術部員が困ったように口を開いた
「て、転移魔法使えれば、《フローラ》の後ろに転移してざっくりも、で、できるんだろうけど。そんな上級魔法、つかえる、人なんて……」
いや、ここにいますけど、お役には立てなさそうです。と思いながら、恐る恐る手をあげる。
「あの、私使えますけど、せいぜい小さなものを近距離間で転移させることしか……。人の転移なんかとても無理です」
「……まぁだろうな。結局、操られた振りをしてどうにか近づくしかないか」
成功率は低そうだ。四人そろってため息を吐く。
と、お姉さまが口を開いた。
「なぁ、科学部員はんに呪術部員はん。他に気付いたことあらへん? 少しでも《フローラ》に近づけるヒントになるかもしれへんし」
「他に? うーん」
悩む科学部員に対して、呪術部員の方は何か言いたげである。
「な、なんで紋様が、腹に出たのか、とても、ふ、不思議……」
「あ、そうだ。俺もそれがおかしいと思っていた」
「どういうことです?」
「普通人間を操るときは、頭に紋様を刻んで脳に作用させる。なのに今回は腹だ。……なんで腹に紋様刻んで人を操れるんだ?」
それを聞いて、ふと頭をよぎった。
そうだ、生徒会戦略会議で呪術部の部長が言っていた。
『ちなみに紋様を使った呪いは紋様が刻まれた部分にのみ作用するんだ。モンスターの腹に刻まれていたってことは、呪い対象の臓器は胃腸、生殖部……』
その言葉が正しければ、あの紋様は胃腸や生殖部等々にしか作用しないはず。どうして脳に作用して人を操れるんだろう。
考え込む私をちらりと見て科学部員は言った。
「……今は答えは出ないかもしれない。だが、考え続けていれば突破口になるかもしれないな」
だけど、と彼はつづけた。
「だけど、実際襲撃時になったら頭を切り替えろよ! 考え事して人は殺せないぞ!」
叱咤しているようで、その実自分に言い聞かせているようでもあった。この人も人を殺す事態なんて初めてのはずだ。
「……はい」
返答は自然と重々しいものになった。覚悟してもこのありさまである。自然とため息も出る。
その時、ガクン、と列車が停止した。いよいよ敵地である。
私は持ってきたクランベリージャムの瓶を二人に渡した。腹に塗れば連中を騙すことができる。
四人で視線を交わし、頷く。このうちの誰かが《フローラ》を殺す。それが皆を救う最善手だと信じて。
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