第12話 賭け
「連中、倒れはってる生徒たちのお腹を確認してる……」
「紋様がないか確かめてるんでしょうね」
確認するためだろう。倒れている生徒たちの服を、同じく腹の部分だけ切り裂いている。迷いがない手つきだ。誰かに操られているのだろうか。
しかし、紋様を確認した後は何もせず放っておいているのが、不気味であった。
彼らの表情は虚ろで、その動きは機械的だった。その口から漏れ出るのは、「あー」とか「うー」とかいううめき声である。時折「フローラ様」と誰かの名。とても正気だとは思えなかった。
「お姉さま、どうしましょう。この人数だといずれ見つかります!」
「なんとか倒れている人たちに紛れ込めればええんやけど……」
ふと、辺りを見回すと夜食のクランベリージャムの瓶がテーブルの下に転がっていた。ジャムの色は赤である。……賭けてみるか。
「お姉さま、賭け事お得意でしたよね」
私がとってきたクランベリージャムの瓶をみて、お姉さまも察したらしい。思わずといった感じで顔がほころんでいる。
「ふふ、無謀な賭けは趣味やないんやけどなぁ。ええよ、うちはシャルに賭ける」
私は頷くと、自分のお腹にクランベリージャムを塗りつけた。例の紋様をまねるように、鎖の形に。お姉さまもご自分の制服をめくりあげると、ジャムでお腹をなぞる。
(うまくいけばいいけど……)
一番いいのは見つからないことだが、そうもいっていられないようだ。テーブルの下を覗き込んでいる奴がいる!
私とお姉さまは、慌てて床に転がった。
そいつは「あー」と一言呻くと、私の足を掴んで、テーブルの下から引きずり出した。明かりが眩しい。とっさに目をつぶり腹痛で苦悶しているふりをする。
制服に奴の手が掛かる。薄目で見上げると、その手にはハサミ。ジョキジョキとお腹部分の制服を切られる。肌に冷たい鉄の感触。お腹を見られている。奴の目にはジャムで偽装した紋様が見えているはずだ。奴の手はぴたりと止まった。
(ッ……ダメか?!)
奴はしばらく止まっていたが、「あー」と、うめき声一つ残して私から離れていった。
(……助かった)
横にはお姉さまが投げ出された。同じく制服のお腹部分を切り抜かれたが、それだけである。紋様もうまく誤魔化せたようだった。
ほっとしたのもつかの間、隣の車両から声が聞こえた。
「痛ってぇ! なんだお前ら! どこから来やがった!」
虚ろな《アンソニー》の生徒に連れられ、食堂車に現れたのは腕を後ろ手に縛り上げられた《鉄尾》の生徒。白衣を着ている。――科学部員だ。
同じく制服のお腹の部分を切り裂かれているが、そこに紋様はない。モンスター飯を食べなかった生徒のようだ。そのまま反対のドアを通ってどこかに連れていかれた。
気にしている余裕はなかった。なぜなら、《鉄尾》の生徒たちが一斉にゾンビのようにゆらりと立ち上がったからである。私とお姉さまも合わせてゆっくりと立ち上がった。
ガタンと車輪がきしむ音がする。列車も動き出した。
(列車を動かす魔法のレールを敷けるのは、私か鉄道長のはず……。鉄道長やっぱり操られて……)
立ち上がった生徒たちは、列車の中をそれぞれ好き勝手に動き始めた。《アンソニー》の生徒と同じく、「あー」とか「うー」とか口にしながら。
私とお姉さまは、バレないように先ほど連れ去られた正気の科学部員の後を追った。
さざめくゾンビの群れは、口々に「フローラ様、フローラ様……」と唱えている。
異様な雰囲気に呑まれながらも、私たちはどこまで正気を保てるのか不安だった。
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