第11話 赤い紋様

 ふとした会話の合間のことだった。

 どさっ、と何かが床に倒れる音がした。私とお姉さまはハッとして、音の発生源を探した。見ると一人の生徒が腹をかかえて床に丸まっていた。苦しんでいるのかうめき声が聞こえる。


「!? あなた、大丈夫?」

「な、何が起こったん?」


 二人で慌てて駆け寄る。彼は脂汗を流して、目をぎゅうっとつぶっていた。


「痛い……、痛いぃ」と、息も絶え絶えに喘いでいる様は、聞いていて辛くなるほどだった。

 彼の薄いTシャツ越しに、手で押さえつけている腹が赤く輝いている。


(赤い光――? まさか!)


「ごめんね、ちょっと見せてねッ……!」


 膝をついて口早に許しを乞うても、苦悶の呻きしか返ってこない。私は問答無用で、彼のシャツの裾をまくり上げた。

 そこには例のモンスターたちと同じ、赤い鎖のような紋様がうっすらと腹に刻まれていた。


「! お姉さま、これ!」


 慌てて、お姉さまを振り仰ぐと、お姉さまは立ったままあらぬ方を見て絶句していた。


「シャル……、これ、みんな倒れはってるよ……」

「なっ!?」


 急いで見回すと、机に突っ伏したままぜえぜえと喘いでいる人、長椅子に丸まってうめき声をあげている人、床に倒れ伏して気絶している人、……たくさんの生徒たちがお腹を抱えたまま苦しんでいた。


「な、なんで?! 集団食中毒? で、でも食材にしたモンスターは死んで解呪されたから大丈夫だって……」


 思わず、自分の制服をめくってお腹を確認する。……何もなかった。なめらかな肌があるだけだった。

 お姉さまも自分で確認していたが、お姉さまにも紋様は無いようだった。


「お姉さま、これって……」

「モンスター飯食べはった人が倒れてるんやろか……」


 二人そろってポカンとしているが、そんな場合ではない!


「お、お姉さま、医療車両に連絡しましょう! 私たちの手には負えません!」

「……そやね!」


 私が食堂車備え付けの内線電話に手を伸ばしたときだった。

 ガシャーン――! と、唐突に車窓が割れた! しかも全部!


「ッ――!?」

「!? シャル、伏せぇ!」


 お姉さまが、私の足を払って床に崩す。そして、お姉さまは私の上に覆いかぶさった! 


(ガラスの破片から守って下さっているのか! でも、それじゃお姉さまが……!)


 ほんとは、私がお姉さまを守らなきゃいけないのに! もがくと、お姉さまが私の耳に唇を寄せて言う。


「しーっ! この分やと、モンスター飯食べはった鉄道長も倒れてるやろし、この列車の指揮権は臨時で副鉄道長のシャルに移ってるはずやわ。だから、うちはシャルを守らなあかん。シャルまでどうにかなったら、この列車は終わりや。……な、守らせてな。大丈夫や、うちは強いから」


 そう言ってお姉さまはにっこり笑った。

(お、お姉さま……!)


 抵抗をぴったり止める。シャルは偉いなぁと、お姉さまが宥めるように私の頭をなでる。


(くそっ、私がしっかりしないと、お姉さまに負担をかけてしまう……! 状況を把握しろ、シャル。一体何が起きた!?)


 お姉さまの腕の隙間から必死に辺りを見回す。

 割れた窓から誰か侵入してきた! それも複数人。


(!? 誰だ?)


 耳は更に大勢の足音を捉えていた。食堂車の入り口からだ。上に覆いかぶさったままのお姉さまに耳打ちする。


「お、お姉さま、誰か来ます!」

「……わかった。テーブルの下に隠れよ」


 二人で素早くテーブルの下に潜り込む。体勢を低くしたまま辺りに視線を走らせる。目に入ったのは正体不明の奴らのブーツがたくさん。

 うちの生徒のものじゃない。だってうちの指定靴はブーツじゃない。


 そんなこと考えている間にも、食堂車は侵入してきた正体不明の人たちでいっぱいになってきた。

 見つからないようにテーブルの下から慎重に見上げる。そうして私もお姉さまも目を見開いた。


 ――侵入者は行方不明になった《アンソニー》の生徒たちだったのだ! 本部で顔写真を見たから分かる。制服も《アンソニー》の生徒たちに間違いなかった。

 ただ、彼らの制服は皆お腹の部分が切り取られている。そしてそこには赤い鎖のような紋様。


 昼に見たモンスターたちと、そして倒れ伏しているうちの生徒たちと――全く同じ紋様だった。

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