第9話 誰もいない列車

 どうにも人の気配がしなかった。


「だめだ、こっちは誰もいない」

「こっちもだ。どうなってんだ?」


 戦闘系部活の部員たちを集めて《アンソニー》に乗り込み、手分けして内部を捜索する。しかし、人っ子一人見つからなかった。

 先頭機関車、教室車両、図書館車両、食堂車両、部室車両、寮車……。隅々まで探索しても人影さえ。二百人いた乗組員はいったいどこに行ったのだろう。


「まるで、消えてしまったかのようやねぇ」


 お姉さまが、教室車両に整然と並べられた机を撫でながら言う。つーっとなぞった指の腹にはうっすら埃がついていた。


「それもいなくなってから、相当経つみたいやわ」


 ふっと指先を吹くお姉さまを見ながら、私は思考に沈んでいた。


「食料保存庫は空でした。モンスターに漁られたわけでもなく、人の手で持ち去られたのかと……」

「食料持ってみんなでどこかに出かけたのかしらねぇ。あらちょっと楽しそうやわ」

「お姉さまピクニックじゃないんですから」


 疑問はもう一つある。魔方陣を四分の三も完成しておいてなぜ任務放棄をする必要があったのか。しかも車体は綺麗だった。モンスターの襲撃で逃散したとも思えない。

 謎は深まるばかりである。


「あぁー、何が起きたか誰か見ていた人がいればいいんですけどねぇ」

 頭を抱えて、独りごちると、お姉さまは何でもないように言った。

「んー、ひとりは居はるよ」

「え?! どこにいるんですか? 人っ子一人いないのに!」

「人にカウントしていいか分からんけどねぇ」


 といって、お姉さまは笑う。


「《アンソニー》や。忘れた? 魔導学園列車はみんな喋りはるんよ?」


 その手があったか! 私は慌てて、鉄道長に知らせに行った。


 しかし――。


「……魔力炉がカラですね。喋ることもできないのはこれが原因でしょう」


 車体の下から這い出てきた車両整備部部長が言う。

 彼が言うには、旧式の魔導列車アンソニーは雷属性の魔力で動くらしい。古くはこれを“電車”といった。

 つまりアンソニーを喋らせるには、魔力炉に雷属性の魔力を注入しなければならない。


 ちなみに、普通は供給が止まりたてでも魔力炉には何日か走れる魔力が残るらしい。が、ここまでカラだと、放置して一か月は固いということだった。

 鉄道長が頭を掻く。


「あっちゃー、うちは雷属性の魔力を持ってる奴少ないからなぁ」

「でもやるだけやってみましょう。ダメで元々ですし」


 とか偉そうに、言ってみるも私は炎属性だった。我ながら肝心な時に使えない奴である。

 まぁ、ともかくやってみようということになった。授業を中止して、雷属性の全校生徒で魔力を注入する。

 が、全然足りない。メーターの1%が埋まったくらいである。フルにするには雷を落とすぐらいの魔力が必要らしい。


「ダメか……」


 がっくりきて、諦めかけたその時。整備部長が驚いたように声を上げた。


「あ、ちょっと待って下さい! エンジンがかかりました! すごいな、全然足りない魔力量なのに」


 その言葉の通りだった。ゴォンと重い音を立てて、《アンソニー》が身震いした。計器類の針が回り、操縦席に明かりがともる。――起動した。

 ゴォオオという重い待機音に負けないように部長が叫ぶ。


「鉄道長、何か聞くなら早くしてください! あんまり持たない! 残り魔力量1%もない!」


 鉄道長が慌てて口を開いた。


「《アンソニー》! 何があった! 乗組員たちはどこに行ったんだ?!」

《……sぐに、お逃げくだ、さい! 彼らの、ことは、あきらmて、くだs……》


 そこまで言った時が限界だったんだろう。待機音がシュウウンと途絶えた。《アンソニー》は停止した。


「おい、《アンソニー》?!」

「……ダメですね。魔力量ゼロです」


 整備部部長は肩を落とした。たった一言告げるためだけに全魔力を消費したようなものだ。よく頑張ったと思う。

 鉄道長が顎をさすりながら《アンソニー》の言葉を繰り返す。


「すぐに逃げろ、乗組員たちのことは諦めろーーか」

「諦めきれませんよ、そんな!」


 私が憤然と抗議すると、鉄道長は肩をすくめた。


「俺も尻尾振って逃げるなんて御免だよ。まぁ、ここまで魔方陣を描いたんだから、先にうちで残り二十五%を描き切ろう。乗組員の行方不明が呪いによるものなら、浄伐して無害になった大地を捜索した方が安全性は高い」

「結局はそうなりますか……」

「慌ててもしょうがないさ。今日はここで停泊しよう。乗組員がいなかったとはいえ《アンソニー》発見には変わりない。任務のひとつは終わりだ。……だから、お祝いに今日はモンスター飯だ!」


 ここでモンスター飯かい! と突っ込んだのは私だけで、他のみんなは、おおー!! と喜んでいる。


「楽しみやねぇ、翼竜のガーリックステーキ」


 お姉さまときたら、よだれが湧くのを止められないようだ。


「お姉さま、私……」


 食べられないんです……、とはさすがに水を差すようなことは言えず、私はただしょんぼりするだけだった。

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