第3話 鉄道長とお姉さま
無害となった大地に停車して一時間。車両整備部の点検が続いている。
結局、防御結界は破られなかったとはいえ、無茶な運転と苛烈な襲撃に《鉄尾》も疲弊していた。
しばらく休憩、そして……お仕置きの時間だ。あの緊急時に救援が遅れた理由を、鉄道長と防衛部の部長たるお姉さまに聞かないと気が済まない。
二人を探して、怒り心頭のまま大股で列車内を歩く。
生徒たちは怯えて道を譲るありさまである。どのくらい怯えているかというと頼んでもいないのに二人の居場所を教えてくれる程だ。
そうしてたどり着いた娯楽車両。中は惨憺たるありさまだった。出撃の慌ただしさで荒れたとはいえ、カードや花札やらサイコロが床に投げ出され、掛け金代わりのチップがあちこちに散らばっている。なぜか脱ぎ捨てられた服まで。
またお姉さま主催の賭け事が行われたのは自明の理だ。そうか、また賭け事に熱中して遅れたのか。
ちらりと視線を部屋の隅に送る。そこには、お姉さまが一匹の黒猫を抱えながら、テーブルの下でぷるぷると震えていた。バレバレである。
お姉さまは出撃後にシャワーを浴びたのか、長く艶やかな黒髪がぺったり張り付いていて濡れた子犬のような可愛らしさがあった。……大変嗜虐心をそそられますね。
私はにっこり笑う。その笑顔を見たお姉さまはおそるおそる這い出てきて、へらりと笑った。
私は笑顔のままずんずんと近づいて手を伸ばし、がしっとお姉さまの両頬を掴む。ひぇっと、小さな怯えた声がした。
「賭け事に熱中して、出撃が遅れるとは何事ですかー!」
「ご、ごめんなさいー」
怒りながらお姉さまの頬をむにむにむにと引っ張る。お姉さまはひぇええんと泣いた。反省しているのか無抵抗だ。
お姉さまの腕の中の猫――もとい鉄道長は可愛らしくにゃあと鳴いて猫のふりをしている。ごまかせると思うなよ!
「しかも、なんで鉄道長が猫になってるんですか!」
「……チッ、ばれたか」
黒猫がふてぶてしく小器用に肩をすくめた。代わって説明してくれたのはお姉さまだった。
「あんね、賭けをね、したんよ。野球拳で負けた方が言うことを聞くって。えらい盛り上がって全校生徒が見物にくる有様でね。で、鉄道長が負けはったときにシャルからの出撃要請に気付いて、うちらは出撃して。そうして戻ってきたら、なんでか鉄道長が猫に……」
私は頭を抱えた。
「なんでもなにも、この大地の“猫化”の呪いじゃないですか! 大人は耐魔力低いから、耐魔術礼装を脱いだら呪いをもろに被るってご存知でしたよね! なんで野球拳なんかしたんです?」
「えーっと、その方がスリルあっておもろいって鉄道長が……」
そやったよね、とお姉さまが不安そうに鉄道長の顔を覗き込んだ。鉄道長は不機嫌そうに頷いた。
「まぁ、実際楽しかった」
私は噴火した。
「言ってる場合ですか! 本部戻ったらこってり絞られますよ! どうするんですか、これ」
あら、とお姉さまが顔を明るくした。
「そしたら、シャルが代わって鉄道長就任は間違いないわぁ。おめでとうねぇ」
猫が憤慨する。
「そんなことになってたまるか! 見てろよ、俺の実力があればもみ消すことなんかチョチョイのちょいだ! だからお前ら、俺に協力しろください!」
「きょ、協力って……」
こんだけの不祥事を帳消しにする方法なんて、思いもつかない。
「一発逆転を狙うんだよ。特S級呪いの大地の任務に成功すれば、功績と不祥事が相殺されてトントンだ! まさか英雄をくびにはできないだろうからな」
お姉さまと私は顔を見合わせた。
「うちら最高でもA級までしか、相手にしとられへんかったよねぇ。実力的に……」
「特S級とか御冗談レベルですよ」
鉄道長はふふん、と鼻息荒く言った。
「ちょうどいい任務がある。特S級の呪いの大地で行方不明者の捜索と呪いの解明、リスクはあるがリターンも大きい。これをやるぞ」
「リスクは特大ですが、リターンってなんですか?」
鉄道長は何をわかりきったことを、と言いたげな呆れた顔をした。猫なのに器用な表情筋である。
「お前らの鉄道長様が辞めずにすむんだぞ。超特大のリターンではないか。にゃははは!」
そう言って、鉄道長はお姉さまの腕の中から飛び出すと、しっぽをふりふり娯楽車両を出て行った。任務の申請書を書きに行ったらしい。
私とお姉さまはまた顔を見合わせて、同時にため息をついた
「うちな、シャルが鉄道長を目指すために防衛部飛行隊を辞めたとき、落ち込んだんよ。うちの相棒で二番騎やったのに辞めはったのは、うちが至らんせいかなって……」
思ってもいなかった告白に私は目を剥いた。
「お、お姉さま、それは違います!」
焦る私に対して、お姉さまは穏やかに言った。
「うん、違うのは今わかったわぁ。シャルが鉄道長になったら、うちら苦労せずに済みそうやね……」
お姉さまが遠い目をしている……。まぁ鉄道長の無茶ぶりに苦労させられているのは、お姉さまも同じである。
「ああ、はい、もちろん……」
私も遠い目をして深く頷いた。
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