第2話 襲撃

 さてその魔導学園列車、――名を《鉄尾》は群がるモンスターに襲われていた。


 赤茶けた大地を疾駆する列車にはさすがに並走できずに、人狼たちは脱落したが、それでもまだ空飛ぶモンスターたちは健在である。その数五十頭。

 全部、この呪いの大地から生まれたモンスターだ。彼らは大地を浄化されたら消滅してしまう。そのため魔導列車の破壊はモンスターの本能に刻み込まれていた。

 

 翼竜の群れが先頭機関車に急降下し、その度に鉤爪をひらめかせて鋭い斬撃をお見舞いする。

 動力部たる先頭機関車を破壊すれば、魔導列車が止まると知っているのだ。

 攻撃を受けるたびに、魔導列車に施された防御結界が白く発光し、辛うじて致命傷を防いでいる。しかし、それもいつまで持つか……。結界にはひびが入りつつあった。


 このままでは、任務は失敗だ。呪いの大地に安寧の魔法陣を刻み切れない。現に列車の車輪が描く軌跡は、攻撃される度に軌道がブレ、魔法陣としての態をなさなくなってきた。


《防衛部! 防衛部は何をしているんですにゃ!》


 《鉄尾》が悲鳴を上げる。意志を持った列車である。しかし、猫語だ。


「もう少し待つにゃ! 出撃要請はしているんだけど、応答がにゃいの! あー、もう! 鉄道長もどこに行ったのにゃ!」


 攻撃を受け続ける先頭機関車で私は苛立たし気に応じた。いくら呪いとは言え、栗色の髪の間に揺れる白い猫耳がうっとうしい。語尾も《鉄尾》と同じく自動的に猫語になってしまっている。


 それぞれの呪いの大地では、踏み入る者、大地を浄化しようとするものに対する防衛機構として、呪いが自動的に発動する。

 鉄尾が走っている呪いの大地には、『浄化者を猫にする』という誰得な呪いが発動していた。


 私はマスターコントローラーを握り、必死に列車を運転していた。この非常事態なのに、先頭機関車には副鉄道長たる私一人しかいない。

 本来、運転も指揮も、魔導列車の最高責任者である鉄道長の役目である。だが、この列車の鉄道長はいいかげんな性格で有名だった。今日もマスコンを私に任せたまま、襲撃前にふらりと後部客車に消えたっきりである。

 私は副鉄道長以前に十七歳の小娘なのに、全部任せるなんて酷くない?


 しかし、モンスターたちはそんな事情なんか知ったこっちゃない。攻撃はますます激しくなる。防御結界はもう限界だ。一部はもう破れかかって、隙間から空の青と翼竜の白い鉤爪が覗いている。


(もう耐えらんにゃい!)


 私は、乱暴に車内放送マイクを取り上げ、マイクに向かって叫んだ。


『こちら副鉄道長、シャーロット・フォックス! 鉄道防衛部に通達にゃ! あと三十秒以内にモンスターを蹴散らさないと、全員この学園列車から追放しますにゃ! 二十九! 二十八! 二十七! ……』


 ――効果は劇的だった。

 一瞬の沈黙後、後部車両から轟音が響いた。

 すわ客車が襲撃されたのかと思ったが、さにあらず。よくよく耳をすませば、……何十倍に増幅されたシンバルと大太鼓の音である。

 音楽部の音響魔法だ。


 驚いた翼竜たちが一斉に空に舞い上がる。すかさず、防衛魔術が張りなおされ、《鉄尾》の車体が光り輝いた。更に行進曲が響き渡り、車体強化と自己修復の強化魔法がかかった。

 せっかく追い詰めたのに、これ以上列車を強化されてはたまらないのだろう。焦ったのか翼竜の一匹が、咆哮を上げながら先頭機関車に突進してきた。あの巨体で体当たりされては脱線は必須だ!


『ひっ! そ、総員、対ショック防御にゃ!』


 慌ててマイクに呼び掛けるも間に合わない! 私は襲い掛かるであろう衝撃に体をこわばらせ、目をぎゅっとつぶった。それでもマスコンから手を離さない。

 そんな私の耳に聞こえたのは通信魔法で囁かれた、”お姉さま”の声だった。


『シャル、大丈夫かにゃ!』


 その言葉を最後に、迫りくる翼竜が横あいからの光弾にふっとばされた。

 翼と猫耳生やしたお姉さまが、焦りながら列車と並走して飛んでいる。背中から魔法の翼――翅天翼を二枚生やした防衛部のエース、榛名伊万里である。


「にゃっ?! お姉さま!?」

『遅れてごめんにゃ、シャル。ゴールはすぐそこにゃ。魔法陣は始点が終点。きっちり結んで、呪いの大地を浄化するにゃ』


 すぐそこ、とお姉さまが差す先を、私は目に魔力を凝らして千里眼で見つけた。魔法陣の始点。魔導列車があそこに到達すれば、魔法陣が完成する。そうすれば――!


『そのための障害は全部排除するのが、うちらのつとめにゃ』

(そのセリフ、もう少し早く聞きたかったですにゃ!)


 お姉さまが片手に光槍を出現させて、翼竜の群れに突っ込んでいく。

 お姉さまの後を追うように防衛隊飛行部、通称オウル隊二十五名が突撃。素早い動きで翻弄し、翼竜を列車から引きはがしていく。


 一心不乱に《鉄尾》は疾駆する。動力の魔力炉は赤々と燃え、車輪の隅々まで魔力がいきわたる。あと数百メートル! 数十メートル!


 ……とうとう光り輝く魔法陣の始点にたどり着き、始点と終点が結ばれた。魔法陣が完成し、大地から光が溢れる。

 翼竜たちは大地から湧き出す光に吹き飛ばされるように消滅し、呪いの大地は浄化された。


「しゃあ! 五十二番地域のB級呪いの大地、浄伐完了!」


 私は一人きりの先頭機関車でガッツポーズをした。

 猫化の呪いもとけたので、猫耳がとれ口調も普通に戻っている。危なかった。完全に猫化してからでは、大魔法使いでもなければ解くのは難しい。猫にならなくて、私は心から安堵した。


 何より、これから鉄道長とお姉さまを絞り上げねばならぬのに、猫語では格好つかないからだ!

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