第6話追憶の楽園
幼い頃から、俺には繰り返し見る夢がある。
それは、この世界のものではない別の世界の出来事だ。
俗にいう、ファンタジーの世界臭くて、剣と魔法と精霊と龍などが当たり前に存在する。
世界には幾つかの国があり、俺はそのうちの一つ、『エリュシオン』とかいう国の聖王に仕えていた。
『エリュシオン』は精霊の加護を受けた、光と水と緑の、とても美しい国だった。
代々、精霊の声を聞くことが出来る者が聖王を継ぎ、国を治めていた。
精霊に許された者のみが、その〈力〉を借り、至上の楽園の如き『エリュシオン』を護り、導いた。
聖王リュクレオンは、弱冠十五歳の少年王ながら、心が優しく皆を愛し、愛された立派な王だった。
リュクレオンには、聖王騎士と呼ばれる、彼に忠実な十二人の騎士がおり、聖都から出られない聖王の代わりに、彼らが物理的な守護を担っていた。
当然、俺もその一人だった。
自分で言うのはアレだが、最強の聖王騎士とすら呼ばれた。
が、多分実際はそんなことなかった筈だ。
ただ、剣を振るう機会が多かっただけ。
命を落とすことすら厭わないで戦うのは、単なる無謀だ。
勇敢なのではない。
それを俺に気付かせてくれたのが、『エリュシオンの聖女』サフィアレーナだ。
聖女サフィアレーナは、リュクレオンの双子の妹で、その姿を見たものは、兄のリュクレオンを除いては誰もいない。
精霊の森の深部に籠り、神殿で精霊への祈りを捧げる。
それが、聖女の役目だったからだ。
聖女であるが故に、聖女であり続けるが為に、何人たりとも接近を禁じられていた。
精霊の森には〈結界〉が張り巡らされており、其処は一度入り込んだら二度と戻れない、迷いの森でもあった。
神殿への道を知る者は、いない。
兄のリュクレオンのみが星鏡を通り、彼女に会うことを許されていたのだ。
聖騎士といえども、同行させることはなかった。
あの頃の世界は、平和だった。
国同士の小競り合いはあったけれど、そんなの結局は人間同士の領地の奪い合いだ。
精霊に護られた『エリュシオン』に至っては、そもそも戦争を仕掛けてくる相手もいない。
ただ、辺境の地では、ごく稀に魔物が暴れ、集落が襲われることがあった。
魔物が何処からやって来るのか、それは定かではない。
ただ、この世界の魔力が、動植物が何らかの切っ掛けで作用し、影響されたものが魔物なのではないかといわれていた。
討伐には、聖騎士の誰が行ってもよかった(一応、割り振りはある)が、一番近くに居た俺が赴くことになった。
正直、他の連中には部下がいて、何だかんだで面倒なのだ。
俺には部下なんかいなくて、自分一人が行って帰ってくればいいだけで、誰に何を命じたり配置がどうだとかする必要もない。
自分一人であったのには、一応理由はあって、どうでもいいことなんだけど、俺は異国出身の人間だった。
ずっと永いこと一人で旅をしてきたので、大勢の部下がいるとか苦手だったのだ。
思えば、その時から既にコミ障だったのかも。
魔物の討伐は、俺にとって初めてのことではない。
神の化身の獣さえ、殺していたのだから、たかが魔物程度、恐れはしない。
ただ、集落を襲った魔物が二体だったのは、想定外だ。
そして、かつて見たことがないほどに巨大だった。
通常の倍くらいはあった。
魔物と化した獣が、自然界ではありえない大きさに変化することは間々あった。
一瞬、息を呑んだ。
一瞬だけだ。
魔物が俺に気付き、反応するより早く、跳躍していた。
やはり、こんなの、あの白い鹿と比べれば大したことないだろう。
多々単に、でかくなった水牛だろう。
神剣〈草薙〉の刃に落ちないものはない!
その巨大な角を突き刺すことなく、一筋の傷をつけるどころか掠りもせず、魔物は首をすっぱりと切断され、血の噴き出す巨体を横たえた。
誰もその下敷きにならなかったことを確かめ、すぐに次の魔物を追う。
奴はまだ、仲間が死んだことに気付いていない。
愚鈍だな、と呟く。
だが、笑うことは出来なかった。
相変わらず飽きもせず、集落を荒らす魔物は、この場で最も弱い生き物に狙いを定めていた。
無残に仲間を殺した俺ではなく。
それは、集落に住まう、幼い命だった。
まだ這いずることも出来ないような乳児だった。
母親の姿はない。
とっくに逃げてしまったのだろう。
幼い命よりも、己の身の安全を選んだのだという現実に、俺の脳内が火を噴いた。
それは、まるでかつての俺。
嗚呼、俺の母も、己の身の可愛さ故に、俺を産み捨てたような女だった・・・・・・。
他の誰が見捨てても、母親だけは見捨てちゃいけない。
母親にすら、不要な命。
そんなものはない!
怒りが、悲しみが、悔しさが、俺を動かした。
何も考えなかった、それ以外は。
矢を放ち、魔物の両目を潰した。
だが、倒れない。
眉間へ向けて、〈草薙〉を突き立てた。
死の彷徨を上げるも最期の力を振り絞り、大きく体を震わせた魔物の蹄が、まさに命を踏み潰そうとしている。
「くそっ、・・・・・・やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
〈草薙〉を手に、再び身を宙へ躍らす。
・・・・・・が、敵わない。
魔物の眉間に突き立ったそれは、びくとも動かなかった。
まるでその状態で、固定されたかのように。
魔物の細胞が、〈草薙〉ごと傷の修復を図っている。
俺は、〈草薙〉を諦めた。
潰される寸前の乳児との間に体を滑り込ませ、この身を以てその命を護らんとす――――。
衝撃は凄まじかった。
痛みは遅れてやってきた。
瞳が、自分の中から熱い何かが飛び散るのを見つけている。
冷静に。
鮮やかすぎる赫。
嗚呼、あれは俺の血潮。
出血箇所が、自分では分からない。
指一本すら、動かせないからだ。
体がどうなったのかも、定かではない。
千切れてしまっていても、少しも驚かない。
それだけの衝撃だった。
まさか、こんな風に死ぬとか。
「呆気なさすぎるだろ・・・・・・」
誰にでもなく、自分に呟く。
永い旅をしてきた。
『エリュシオン』の聖王騎士にもなった。
十分すぎる程、罪を償った。
それでも、生かしてはもらえない。
此処までだ。
不思議と穏やかだ。
それはきっと、別に、想い残すことなんかないからだろう。
いつ死んだっていいと思っていた。
大切なものなんか、一つも持たない。
俺は、真実の愛なんて知らない。
だから、誰よりも何よりも最強になれた・・・・・・。
瞳を閉ざす。
意識を手放す。
眠る。
果てる。
尽きる。
光が、降り注ぐ。
血の海に沈む俺の上に。
赫い世界で、死にゆく俺を照らし出す。
薄く瞼を開ける。
明るすぎたから。
光の主を、探した。
抉じ開けた瞳に移るのは、天より舞う散る虹色の羽根。
そして、その翼の少女。
虹色の光を放つ。
嗚呼、あの時と全く同じだ、と認識する。
また、来てくれたのか。
――――かつて、山の神の化身であった白い鹿を殺した俺は、天津神の怒りを買い、四肢を引き千切られ、無残に死んだ。
死ぬ筈だった。
『エリュシオン』に至る以前、まだ故郷の『アマツ国』に居た時の話だ。
雪深い山奥に赫色を散らし、やがて白に埋め尽くされる俺を、掬い上げたのが彼女だった。
息をする度に抜け落ちてしまう魂を拾い集め、瀕死の傷を癒し、少女は俺を蘇らせてくれた。
「誰も愛さず、誰にも愛されずに死んでゆく貴方。可哀想だわ」
そう言って、涙を流した。
俺はちっとも、泣いてないのに。
悲しくなんかないのに。
母に捨てられ、兄を殺し、父に疎まれ、誰にも必要とされず、生まれて生きる意味なんかない俺の為に。
この死を嘆き、少女は泣いてくれたのだ。
俺は、神を殺せと命じた父の元へは帰らなかった。
『アマツ国』に、俺の生きる場所など初めからなかった。
もう、無理に与えてもらおうなどしなくていい。
少女に命を救われ、世界を巡る旅に出た。
彼女が何者であるのかを、俺は知っていた。
いや、感じていた。
この世界の遥か向こう側の、精霊の加護を受けた聖なる王国『エリュシオン』の『聖女』だった。
世界を巡ったのは、『聖女』を訪ね往く旅でもあった。
『エリュシオン』の地を踏んだ時、旅立ちから永い永い時が経ってしまっていた。
遥か東の小国からの来訪者になど、聖王が会ってやる義理などないのだろうが、俺はリュクレオンとの謁見を許された。
『アマツ国』の人間を見たことがなかったという彼は、俺の服装や装備や見た目などを、なんて珍しいんだろうと言って喜んだ。
暫く観察したのち、失礼を詫びて来たが、いい加減もう慣れっこだ。
遠路遥々訪れた俺の目的を尋ねるでもなく、リュクレオンは俺の気が済むまで滞在して構わないと言ってくれた。
言葉に甘えるではないが、俺は折角の聖都を満喫することにした。
『アマツ国』とは比較にならないほど、『エリュシオン』は豊かで美しい国だった。
住まう人々もいつもにこやかで、皆、幸福が滲み出ていた。
貧しく、苦痛に堪えながら労働する、暗く陰った『アマツ国』の民とは全然違った。
何よりも皆が、聖王リュクレオンを愛していた。
聖王リュクレオンもまた、それ以上に皆を愛していた。
治安が良く、たまに酔っ払い同士が喧嘩するくらいだ。
聖都を警備する者たちはいるけれど、そもそも一体何から警備するのかすら謎だった。
憎み合うことも殺し合うこともない。
楽園とは、こういう場所のことを言うのだろう。
『エリュシオン』の歴史が始まって以来、一度も聖王に仇なそうなどという不届き者は現れていなかったが、異国の動向に関しては楽観視できない状況が続いていた。
豊かで皆が幸せである国ばかりではなかったのだ。
精霊の加護を受けた国など、世界に『エリュシオン』だけだった。
そして、不測の事態に備え、聖王を護り、聖王を助け、聖王と共に在る聖王騎士たち。
そのうちの一人と、俺は幼馴染だった。
どういうわけか、彼も国を飛び出してきたらしい。
その伝手というのではないが、永く滞在を続けていたら、いつの間にか俺も聖王騎士として、リュクレオンに仕える者となっていた。
魔物による襲撃の数日後、俺はリュクレオンに呼び出されていた。
既に他の聖王騎士たちの姿があり、俺が最後だった。
到着するや否や、リュクレオンは言った。
「数多の命をたった一人で救った英雄としてのきみを、褒めたいと思うんだけど」
「あ、ありがとうございます・・・・・・?」
皆の前で褒められるとか、逆に何の罰なのかってくらい。
聖王騎士同士だって、気が合ったり仲がいい奴ばかりじゃない。
寧ろ、気まずい方が多いのに。
しかも、俺は余所者だし。
「何かご褒美をあげたいんだけど、何がいいかな?」
「別に・・・・・・」
欲がないとよく言われる。
でも、俺は特にほしいものなんてなかったのだ。
ただ、生きて行く為の場所さえあれば。
栄誉よりも、静かに眠れる場所。
しかし、聖王騎士となってしまっては、そうも言っていられなかった。
「ぼくに叶えられるなら、何だっていいんだよ」
『エリュシオン』の聖王に此処まで言わせては、何も要りませんとは答えられない。
リュクレオンの側近中の側近、ジークフリードに無礼者として殺されそうだ。
「では・・・・・・」
そうして俺が望んだのは、『エリュシオンの聖女』との面会だった。
深い意味なんかない。
ただ、純粋に礼を、言いたかったのだ。
彼女は、俺の命を救ってくれた。
しかも、二度も。
そうして、俺は『エリュシオンの聖女』サフィアレーナに逢うことを許されたのだが。
実は、それを望んだことを悔やんでいた。
逢って、どうしようというのか。
助けて下さりありがとうございました、で、話がもう終わってしまう。
それ以上、続ける自信がない。
礼を言いたいだけなら、手紙を書けばいい。
逢いたい、なんて烏滸がまし過ぎる。
何てことを願ってしまったんだ。
穴があったら入りたい気持ちで、当日を迎えた。
サフィアレーナは、リュクレオンによく似た目をした、本当に綺麗な少女だった。
一目で分かる。
精霊の加護を受けた存在であると。
纏う空気が、人間の其れではなかった。
誰も触れてはならない、誰かに触れてもいけない。
それが聖女なのだ。
勿論、俺に彼女を触れるなんてことが出来るわけがない。
折角逢えたというのに、実際は殆ど顔を上げることも出来ず、彼女との間には随分と距離があった。
傍に行かれなくても、姿をろくに見られなくても。
やっぱり逢いたかった。
死にかけた俺が見た幻なんかじゃなかった。
聖女サフィアレーナ。
こんなに綺麗な人、見たことがない。
女神様だ。
床を見ながらボソボソ喋るおかしな男を目の前にしても、彼女はちっとも嫌がる素振りを見せなかった。
優しい表情で、ずっと俺が話すのを聞いていた。
サフィアレーナは、俺のことを憶えていた。
俺が誰であるかを知っていた。
生まれながらに俺が負った宿業のことも、全て。
「辛いことばかりだったでしょう」
と、俺のこれまでを嘆いてくれた。
「でも、生きてくれてよかった」
俺の今を労わってくれた。
「わたしに逢いに来てくれて、ありがとう」
礼を言う筈が、言われてしまった。
俺なんかに、感謝してくれている。
微笑みを向けてくれる。
嗚呼、それだけで十分だ。
生きたことに報われる。
『エリュシオンの聖女』が、聖王リュクレオンによって厳重に守られている理由を、正しく知る者はいたのだろうか。
俺は、知らなかった。
精霊の森の深部に隠されているのは、まさに彼女が聖女で在り続ける為なのだと思っていた。
彼女は、俺の故郷でいうところの『斎宮』と同じ役割を課せられていた。
『斎宮』は未婚の皇女の中から選ばれるもので、今がどうかは知らないが、俺の姉もそれを務めていた。
未婚ということは、つまり処女である。
純潔を守る娘の祈りしか、精霊には届かない。
精霊の力は宿らない。
聖女が清らかなまま一生を終える為、聖王は老若男女問わず、精霊の森への他人の立ち入りを禁じた――――。
と、俺は思っていた。
他の聖王騎士も、国民も皆、それ以外の理由など考えもしなかっただろう。
真実を知る者は、聖王リュクレオン、聖女サフィアレーナを除いてはいなかった。
「それ」を目の当たりにしなければ、俺だって知らないままだったろう。
この所、辺境の地で、幾つもの集落が魔物の襲撃を受けることが増えてきた。
実際に壊滅し、住人の犠牲が出たという集落もあった。
果たして、単に魔力を浴びてしまった可哀想な動植物が増えただけなのか。
明らかに魔物の数が増え、凶悪になっていると感じた。
原因は何か?
幾度も話し合われたが、解明されることも解決策が見出されることも無かった。
ただ、被害が拡大するより前に、現れた魔物を討伐するだけ。
サフィアレーナに彼女を守護する騎士をつけると、リュクレオンが言ったのもその頃だ。
あの森の結界があれば、そんなものは必要なく、彼も解っている筈なのだが。
「結界は完全ではない」
と、リュクレオン。
「僕は通れてしまうし、それではサフィアレーナは守れないんだ」
でも、彼以外の誰も、通れない。
それでいいのではないか。
「サフィアレーナを護る騎士は、既に選んだ。それは、きみだ」
リュクレオンが任命した聖女サフィアレーナを護る騎士。
『聖女の騎士』。
それは、俺だった。
何故選ばれたのか、分からなかった。
俺だけでなく、他の聖王騎士たちも同様だ。
ジークフリードなどは、俺が居る前で反対した。
リュクレオンが最も信頼を置く騎士、それは自分であると彼なりの自負があったからだ。
しかし、リュクレオンは彼でなければならない、と言った。
いつもはジークフリードの言いなりのくせに。
尤も、こんな殺し文句を言ってしまえば、流石のジークフリードも黙るしかない。
「僕は一番きみを頼りにしているよ。ジーク。だから、きみには僕の傍に居てほしい」
聖王騎士紅一点のセスからも、聖女の護衛ならば自分に行かせてほしいと意見が出た。
それが最も安全だ、と。
俺たち男は、反論することが出来ない。
その意見にも、リュクレオンは首を縦に振らなかった。
どうして俺に拘るのか、リュクレオンが何を考えているのか、あの時の俺たちは誰一人として分かっていなかった。
たとえ説明されたって、理解なんかできなかっただろう。
きっと、誰も理解なんかしたくなかったと思う。
その後の俺が、聖女の騎士として、サフィアレーナにどのように仕えたかは、到底一言でも二言でも、言い表せない。
一冊の書物分位、語ってしまうだろう。
ただ、これだけはどうしても言いたい。
俺は、とても倖せだった。
この上なく。
父の命ずるまま、兄を殺し、蛮族を殺し、神を殺し。
気が遠くなるほどの永い旅をしてきた。
色々なことがあった。
生きていることは楽ではなかった。
幾度も、死にたくなった。
死ななくて、良かった。
そう思った。
サフィアレーナによって生かされたこと以上の幸福など、在りはしなかった。
美しく優しい歌に、俺は心を救われ、傷を癒された。
精霊の声を聞くことは出来ないけれど、世界がとても美しいと知った。
『エリュシオン』は楽園だった。
たった一人の聖女の祈りが、美しく温かく幸せな楽園を支えていた。
何かの命を奪うでもない、犠牲にするでもない。
サフィアレーナは、『アマツ』の王たちとは違い、自分の為に何も求めなかった。
ただただ、あらゆる命の為に、祈り続けていた。
その触れれば折れてしまいそうな細い体一つに、世界の全てを負って生きている少女だった。
彼女は、俺を可哀想だと言った。
父に利用され、使い捨てられ死んでゆく俺のことを。
でも、サフィアレーナの方が、よっぽど哀れだった。
彼女は、聖女でいなければならなかった。
何故なら、聖女が必要とされていたからだ。
誰かが、聖女で在り続けなくてはならなかった。
その運命を持つサフィアレーナが、可哀想だった。
当たり前だが、俺が代われるわけがない。
俺は女じゃないし、『エリュシオン』の生まれでもない。
精霊の声も聞こえないし、その姿を見ることも出来ない。
俺に出来るとすれば、彼女の傍で、物理的に護り続けることくらいだった。
不幸中の幸いか、俺はサフィアレーナに付いて、神殿の祭壇の間にまで行ける資格は所有していた。
祭壇自体に上がれはしないが、すぐ前で、祈る彼女を護り続けることを許された。
サフィアレーナ本人は、全くそんなこと気付いていなかっただろう。
俺がどちらであろうと、変わらず接してくれたのだろう。
リュクレオンが何も言っていないとすれば、そもそもそういうこと自体を知らないままの可能性だってあった。
そんな風に、夢見るように美しい少女だった。
俺は、彼女が笑うだけで嬉しかった。
どんなに他愛無い話だって、何日だって聞き続けられた。
辛かった筈の過去の話だって、故郷の話だって、彼女が聞きたいのなら何だって話した。
生きたことで犯した罪も、何一つとして無駄じゃなかった。
嗚呼、死ななくて良かった。
出逢えて良かった。
言葉にすることは出来なかったけれど。
俺はただ、傍に居続けることしか出来なかったけれど。
それだけで、良かった。
サフィアレーナの傍で、息をし続けられること、心臓を動かし続けられること、俺は毎日毎分毎秒、感謝し続けていた。
俺の時は、動いていた。
終焉の一秒まで、ずっと。
真に清廉で、純真無垢の聖女サフィアレーナ。
俺は、真実の愛を知ってしまった。
聖女を愛してしまった。
如何なる時も、彼女の為に戦うことを誓ってしまった。
聖王騎士としてではなく、聖女サフィアレーナを愛する者として。
この愛に、報いなど求めない。
俺の、たった一つの誓い。
想いは、不変のものだろう。
どれだけの歳月が過ぎ去ろうとも。
たとえ俺が俺でなくなり、別の誰かになったとしても。
生まれ変わっても。
俺は、彼女を護り続ける。
遠く遠く、遥か遠くに引き裂かれようと。
俺は、彼女を探し続ける。
擦り切れた絲と辿りながら。
何処へだって、何処までだって。
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