第2話天使墜落

 『此処は、あなたの生きた世界なの?

 この世界は本当に、本物の世界なの?

 あなたは本当に、この世界に居たの?

 この世界にいるあなたは、本物なの?』





 私は、未だに信じられない。

 ずっと正義だと思っていたことが、信じられなくなったことを。

 正しいことを、してきたつもりだった。

 この国をよくする為だと、言われてきた。

 ならず者から、この国を護る為に必要な戦いなのだと。

 奴らは、ただの逆恨みで、恵まれた者たちを標的にし、何の罪もない者たちを、無差別に殺戮する反政府組織だと。

 己の主張を、無理難題を受け容れされる為に、皇室を政府を付け狙い、これまでも沢山の尊き人々の生命を奪ってきたと。

 本来ならば、生きていることすら許されない奴らだ。

 戸籍すら持たない連中が殆どで、皇都の地下深くに潜んでいる。

 勿論、無断で。

 奴らは極貧層の暮らすスラム地区の一角を本拠地とし、皇国への抵抗活動を行っているパルチザンだ。

 スラムの人々は皆、大変貧しく、日々の暮らしも儘ならないと聞く。

 一方で、皇都の上の方にいる者たちは。

 つまり、特権階級と呼ばれる方々は。

 贅沢の限りを尽くし、労働など一切せず、暇を持て余している。

 スラムでは毎日、餓死する人々があとを絶たないのだが、特権階級の方々は既に飽食状態で、余剰な食べ物は捨てているのである。

 「もう、一枚の硬貨すらない」

 「もう、米粒一つすらない」

 と、嘆く彼らに、とある特権階級の御婦人はこうのたまわれた。

 「硬貨がないから、紙幣があるじゃない」

 「米がないのなら、パンを食べれば良いじゃない」

 特権階級の方々は、極貧層の暮らしなど、全く理解していなかった。

 しかし、そういった特権階級の方々が、皇国を統治し、成り立たせているのだ。

 国を護る為ならば、仕方がないこともある。

 残念ながら、命は平等ではない。

 命の重さは、均等ではない。

 どうしようもなく尊い命もあれば、反対に軽い命もあるのだった。

 それをいちいち指摘し、不平等であることを怒っていては、国そのものが立ち行かなくなる。

 如何なるものにも、犠牲は付き物。

 最も貧しい者から、最も命の軽い者から死んでゆく運命だ。

 この国が創られた頃には、既に存在した決まりごとの一つだ。

 パルチザンの連中は、それを不服とし、事ある毎に政府関係や皇族華族関係への抵抗行為を続けてきた。

 抵抗などという、生易しいものではない。

 実際は、立派なテロ行為である。

 特権階級の人々には、邸宅へ爆発物を送られた者もいれば、襲撃された者いる。

 暗殺され、命を落とした者も少なくない。

 つまり、連中はテロリストなのだ。

 テロリストとの戦いに、屈することなど出来はしない。

 捕獲に当たり、その生死は問わない。

 テロリストを捕まえた者、或いは殺害した者には、多額の報奨金が支払われることになっていた。

 が、未だかつて、その報奨金を手に入れた者は一人もいない。

 何故なら、スラムの住人たちは、皆でパルチザンを隠すからだ。

 誰一人として、政府に売る者などいなかった。

 自分たちの味方であり、仲間であり、家族であり、同志であるからだ。

 誰もが、国の転覆を望んでいた。

 こんな国など、滅んでしまった方がいいのだと。

 しかし、そうなっては困るのが特権階級だ。

 国が終われば、生活してゆく術を失うことになる。

 これまで労働などしたことのない方たちだ。

 しかも、とても怠け者だ。

 一日と生きられないだろう。

 謂わば、特権階級の方々を生かす為だけに、特権階級ではない人々が労働し、納税をし、犠牲となり、死んでいく。

 それがこの国の真実なのだった。

 分かっていた。

 薄々感づいていた。

 けれど、それは仕方のないこと。

 それに異を唱えて、特別高等警察に連行され、「病死」した人を、誰もが何人も知っていた。

 「病死」をしたくないので、普通でいたい人々は何も言わず、おとなしく従っている。

 私も、そういう人間であった。

 しかし、今日・・・・・・本日の掃討作戦に関わり、正直悩んでいる。

 寧ろ、考えが変わった。

 大きな声では言えない。

 明確に意思を顕わにも出来ない。

 しかし・・・・・・。

 掃討作戦は、スラムの一角『摩天城』と呼ばれる場所にて行われた。

 此処はパルチザンの本拠地であるとされ、最も手強い連中が隠れ暮らしているという。

 幾度となく、政府軍の討伐隊が此処を落とす為に向かったが、返り討ちに遭っていた。

 パルチザンの連中は、並大抵の強さではなかった。

 特別な訓練を受けた兵士たちであっても、スラムでは連中の方に分があった。

 極度の過密地区であるスラムでは、単なる訓練など全く意味などなかった。

 僅かにも歯が立たず、選抜された兵士たちは皆、敗れ去った。

 パルチザンを率いるのは、『摩天城』の主。

 『星姫』と呼ばれる、一人の少女だと言われる。

 が、これまで誰一人としてその姿を見た者は、政府軍の中にはいなかった。

 飽く迄、伝聞の伝聞の、そのまた伝聞に過ぎない話であった。

 首領を捉えない限り、幾ら下を叩いても連中に痛手とはならない。

 今回政府の出した命令は、これまでとは異なっていた。

 架空の罪をでっち上げ、現行犯で逮捕したパルチザン――――――の知人の友人の家族の隣人の親戚を人質にしたのだった。

 命を助けたくば・・・・・・とやったのである。

 これでは一体どちらが反政府組織なのかが分からなくなる。

 が、政府は幾らでも情報操作が出来るので、全く問題としない。

 だから、汚い手を使いたい放題だった。

 口にするのさえ憚られる、思い出すだけでおぞましいことを、政府軍や特別高等警察は行った。

 結果、誰が誰かも分からない、沢山の死体の山があちらこちらに出来上がった。

 言葉の通り、死んだ人間を山のように積み上げた。

 そのままにしておくのは、衛生的に問題がある。

 疫病による新たな死人を生みかねないからだ。

 よって、死体は総て集められ、積まれ、火を放たれ、焼かれた。

 火葬といえば通常のことのようだが、実際は違う。

 あまりにも多くの人間が死にすぎて、感覚が麻痺してしまっていた。

 悲しいとは、感じられないのだ。

 死体を集めることも、積み上げることも、火をつけて焼くことも。

 幼い頃の歳徳焼きという行事を思い出した。

 そして、すべてが焼かれた後、どれが誰の骨かも分からなくなった燃え滓を、再び運んだ。

 向かう先は、地面に大きく掘られた穴である。

 手押し車などにいっぱいに詰めた骨や灰や様々な物が混じった燃え滓を、その穴の中へ捨てた。

 沢山あるので、すぐに穴は満杯になる。

 すぐ近くの別の同じ様な穴へも、詰めていく。

 そうやって、掘った穴はすぐさま埋めつけられる。

 見える限りすべてが、その穴の群れに変わるまで、さほど時間はかからない。

 見渡す限り、すべてが死んだ人たちの墓。

 想像を絶する光景。

 あまりにも酷かった。

 誰も彼もが死に絶えたことを、物語っていた。

 私は、直接彼らを手にかけてはいない。

 しかし、彼らと敵対する側の人間だった。

 上官や仲間の目がある為、助けることが出来なかった。

 そうして見捨てた命がある。

 幾つも、幾つも。

 私は、この日ほど政府軍であることを悔やんだことはなかった。

 が、それで政府軍を辞め、彼らの味方となろうということにはならないのだった。

 私にも、日々の生活がある。

 結局は、自分の生命の方を選ぶのである。

 『摩天城』の『星姫』は、人間のそのような汚い習性を見抜いているようだった。

 他人を犠牲にしてでも、自分は生き残る。

 自分がよければ、それで良い。

 蔑み憎むというよりは、ただ憐れんでいるように思えた。

 彼女には、人間の本質が総て分かっていたのだろう。

 手段を選ばず、あらゆる行為も辞さない政府が、次々と罪もない人々を公開処刑にしてゆく中、『星姫』は自ら投降した。

 無実の罪を着せ捕らえた人々全員の釈放を条件に。

 しかし、『星姫』を捕縛した後も、政府は誰一人として解放していない。

 捕らえられていた人々がどうなったのかは、此処では語れない。

 ただ、その中には本当に幼い子供たちも数多く含まれていた。

 政府は、そういう子供を手にかけることにすら、心が痛まないのだ。

 何故なら、それは自分たちとは違い、人ではないから。

 非人なので、虫を潰すように平気で命を奪えるのだった。

 私は、信じられなくなった。

 もう、政府には僅かでさえ良心等存在しない。

 其処から、正義は一切消えてしまっていた。

 明らかに間違っていて、あからさまに悪であった。

 私は、もう国の為に戦えない。

 政府の命令など聞けない。

 選ばれた特権階級の連中を護れない。

 だけど、叛くことも出来ない。

 信じていないが、生きる為に「今」のままを続けるのだ。

 決して誰にも、本当の気持ちを知らせぬまま。

 そして――――――。

 私は今、政府専用の飛空艇の中に居る。

 護送の任に当たっている。

 飛空艇は、皇都へ向かっている。

 時刻は二十時五分前。

 護送しているのは、例の『摩天城』の『星姫』である。

 彼女の身柄は皇都へ送られる。

 その後どうなるのかは、わたしは知らない。

 知って良いことでもない。

 流石にあのパルチザンであっても、空の上では成す術がない。

 まして、こんな高度では。

 護送に鉄道や車などの陸路を行く乗り物を選ばなかったのは、その為である。

 パルチザンといえども、飛空艇は所有していないらしい。

 嘘のように、艇内は静かだ。

 非常に穏やかな時間が流れている。

 それは、この飛空艇が軍のものではなく、政府の要人(主に首相)を乗せることを前提に造られているからかもしれない。

 内装も綺麗で、まるで豪華客船かと見紛うほどだ。

 物々しい軍人の姿があることは、非常に残念である。

 が、『星姫』が相手だ。

 有事の際には、取り押さえ拘束できる人間が必要なのだ。

 暴漢一人に対し、十人がかりで立ち向かう普通の警察官ではまるで歯が立たないだろう。

 可愛らしい外見とは違い、『星姫』はかなり危険な少女との事だから。

 この任に就いて、私に良かったことなど特にない。

 ただ、あの『星姫』の姿を、この目で現実に確かめられたことは事実である。

 とは言っても私は、単なる下級兵士にすぎない。

 此処での主な役目は、艇内の警備である。

 自分の持ち場というものがあり、其処から勝手に離れることも出来ない。

 何をするにも、上官の命令が必要である。

 それは私に限って話ではなく、下級兵士は皆そうなのだ。

 別に、政府軍の兵士になりたかったわけではない。

 まして、悪事に加担などしたくもなかった。

 生活の為に、仕方がなかったのだ。

 二年間の兵役に就けば、ある程度の金額を毎年支給してもらえることになっていた。

 だから、貧しい者は皆、それを頼りにして兵士となる。

 実際は、腐敗した政府軍は酷い有様だ。

 上官を含め、軍人は偉くなればなるほど自堕落になっていた。

 朝から飲んだくれて、泥酔状態も珍しくなかった。

 何もかも、下級兵士に丸投げだ。

 にも拘らず、言うことだけは偉そうなのだった。

 責任を転嫁し、ミスは擦り付ける。

 本当に酷い連中なのだった。

 しかし、それを口にしたところでどうにもならない。

 この国は押すいうところなのだ、としか言い様がなく、諦めるしかない。

 兵役期間が満了するまでの辛抱である。

 堪えられないわけではない。

 私はまだ、ましなのだから。

 あの掃討作戦で亡くなった、スラムの住人たちのことを思えば、文句など言えなかった。

 そして、彼らの死を誰よりも悼んだ『星姫』。

 彼女と直接会って話をすることは、恐らくないだろう。

 私が苦しみなどを口にした途端、憤るのは確実だ。

 あれだけの大虐殺を行っておきながら、何が苦しい?

 甘えるのも大概にしろ、ということである。

 尤も、彼女が私の声を聞くことなど有り得ない。

 私の持ち場は、彼女の隔離収容されているエリアからも、離れていた。

 このまま何事もなければ、皇都まではあと三十分もかからない。

 私は無事、本日の任務を終えることが出来そうである。

 そう思うと、ホッとする。

 同時に、少し疲労を感じた。

 朝早くから、ずっと立ちっぱなしだった。食事を取る為に与えられた時間以外は、座ってもいなかった。

 なかなか苛酷である。

 が、文句は言えない。

 「市川二等兵」

 通路の向こう側から、やってきた人物に声をかけられた。

 市川二等兵というのが、私のことだ。

 勿論、そういう名前ではない。

 市川という苗字には違いないが、二等兵というのは軍での階級である。

 わざわざ説明するほどのことでもないが、念の為。

 「後藤伍長」

 というのも、私に声をかけた人物のフルネームではない。

 「如何したでありますか?」

 見たところ、妙に緊迫した様子だ。

 私などに、わざわざ声をかける様な人でもない。

 別に、特別嫌な人物ではないが。

 「実は、少々面倒が起きてしまったのだ」

 と、後藤伍長が言った。

 「面倒、でありますか」

 それを驚くこともない。

 後藤伍長の上官は、トラブルや不祥事に事欠かない人だ。

 面倒が起きるのも、今日が初めてではない。

 今日は何をやったんだろう、とそういう次元の話である。

 が、口が裂けても言えない。

 またですか、懲りない人ですね、などと。

 「長沢軍曹が、艇内で落し物をなされたのだ」

 「・・・・・・はい?」

 我が耳を疑う。

 落し物、とは。

 子供か?

 或いは、老人か?

 注意力散漫もいいところである。

 だから、任務中に飲酒はしてはいけないし、まして泥酔など。

 此処だけの話、私は長沢軍曹が酔っていない姿を、一度も見たことがない。

 後藤伍長も、私と同じなのではないだろうか。

 泥酔しているのは、長沢軍曹一人ではないが、常に酔っ払っていて全く仕事にならない状態でいるのは、迷惑でしかない。

 こんな奴の命令など、聞きたくないだろう。

 何度、飛空艇のデッキから落としてやろうと思ったことか。

 誰かがやっても、泥酔していた為の事故死として片付けられるだろう。

 「大慌てで在らせられて、大変なのだ」

 「はぁ・・・・・・」

 何となく、想像がついた。

 落としたものを捜して来いと、命令されたのだろう。

 決して部下は、奴の家来ではないのである。

 持ち場を離れさせ、私事で使うなど論外だ。

 しかし、酒乱の癖があり、暴れられては被害が増えるばかり。

 仕方がなく、部下たちは言いなりになっている。

 いつかきっと、一致団結して、奴を空中へ放り出すまでの辛抱だ。

 その機会を、きっと今はまだ窺っている・・・・・・のかもしれない。

 「何を、落とされたのでありますか?」

 別に興味はない。

 だが、それこそ所持していたら拙いものだったら、大問題だ。

 奴の罪として処分されるなら構わないが、部下のものとして押し付けられたら堪らない。

 罰はきちんと、張本人に受けてもらわなくては。

 「此処だけの話だが」

 と、前置きをした上で。

 「愛妾と写したお写真、だそうだ」

 「お写真・・・・・・」

 それは、恥ずかしいだろう。

 馬鹿馬鹿しい姿を写した写真が、今も所在不明で何処かに落ちているかと思えば。

 晒し者気分だ。

 部下が捏造して写真をばら撒かれた、とでも言いかねない男だ。

 此方の身を守る上でも、写真は見つけたい。

 しかし、一体どの様な写真なのやら。

 聞きたくないし、大体想像が出来るのだが。

 「済まないが、市川二等兵も捜してくれ」

 「構いませんが・・・・・・良いのでありますか?」

 持ち場を離れることになるが。

 「長沢軍曹が、最優先にしろと御命令だ」

 従うしかない、か。

 拒めないので、私も捜索に加わった。

 が、長沢軍曹は泥酔状態で、艇内をあちこち歩き回ったらしい。

 つまり、艇内総てを捜さなくてはならない。

 「向こうは、他の者が捜している。市川二等兵は、食堂と遊戯室の辺りを調べてきてもらいたい」

 「・・・・・・此処ではなくて、良いのでありますか?」

 飽く迄も私のような者の持ち場は、此処だ。

 「ここら一帯は、棚井二等兵と井口二等兵にさせる」

 その二人は、私の警備している場所の扉の向こう側、備蓄庫内を担当している。

 一人は備蓄庫内を捜し、もう一人は外側、つまり私が今立っている辺りを捜せということか。

 今回声をかけられているのは、一等兵二等兵が主だ。

 下級兵士のみで、できれば見つけたいということらしい。

 階級が上になればなるほど、力を持ってくる。

 今回のことは、長沢軍曹を陥れようと画策する連中にとって、格好の材料となる。

 上等兵より上の兵士の中には、長沢軍曹と敵対する者の息のかかった者がいる。

 それは、長沢軍曹だけに限って事ではないが。

 だからこそ、奴は恐れているのだ。

 心当たりが、ありすぎて。

 「食堂と遊戯室でありますか」

 「頼んだ」

 食堂と遊戯室の辺りは、他に比べて警備が薄い。

 食堂も遊戯室も、軍の幹部が利用するところで、一般の兵士はまず利用しない。

 優雅にお食事など出来ないし、まして遊んでいる暇などない。

 幹部は自分の直属の部下に警護させているので、此方が警備を下手に敷くと激怒されることにもなりかねない。

 あらぬ誤解も受けることだろう。

 そういった事情で、警備の担当者はいない。

 それはどうかと思うが、それで構わないというのだから仕方がない。

 幸い、遊戯室には誰の姿もなかった。

 何方かが遊んでらっしゃるところに、入ってゆくのは難しいから助かった。

 誰かが来ないうちに、捜そう。

 写真など、あるようには見えないが。

 どこかの隙間へ入ってしまったかもしれない。

 暗いので、明かりをつける。

 それにしても、豪華だ。

 普通の室内灯ではなく、シャンデリアだ。

 内装にも金がかかっているようだ。

 全く、軍人には必要がないだろう。

 シャンデリアがあれば、絶対に戦いに勝利するなんて伝説、あっただろうか?

 いや、ない。

 が、永遠と時間はない。

 けちばかりつけていられない。

 早く捜そう。

 遊戯台やテーブル、椅子、棚の上などにはなさそうだ。

 くまなく捜すが、ない。

 その下にも、落ちていない。

 ふかふかの絨毯の上に膝をつき、覗き込む。

 写真もなければ、誰も隠れていない。

 隠れられているのは、困るが。

 あまり物を動かしたくはない。

 しかし、隙間に入っているのなら、そのままには出来ない。

 一人の力で動かせそうなものは、動かし、確認した。

 しかし、ない。

 元に戻し、次を捜す。

 しかし、ない。

 その繰り返しだ。

 やはり、この遊戯室には、落ちていないようだ。

 そうなると、食堂か。

 この時間では、まだ誰かがいるだろう。

 果たしてどんな理由をつけて、中を捜せというのか。

 捜したことにして嘘をつく、という選択肢は存在しない。

 困ったことだ。

 が、別に食堂への立ち入りを禁じられているわけでもない。

 基地内での飛空艇の整備は、専門の整備士の仕事だ。

 だが、任務中の艇内の清掃は下級兵士がすることになっている、

 汚れたのをそのままにするといったことは、ありえないのだ。

 勿論、幹部の方がお食事中に、清掃など行わないが。

 なるべく邪魔にならぬよう、見咎められぬよう、早々に切り上げるしかない。

 そう決めて、食堂へ向かった。

 扉の前に、早速幹部の方付きの護衛の姿があったので、迷った。

 中に入るか、どうかを。

 如何にもといった様子で威嚇までしてくる。

 こっちが下級兵士だと思って、完全に嘗めている。

 しかし、幹部付きを相手に揉め事は起こしたくない。

 一生こいつらと接するわけではないのだ。

 飽く迄も私は、期間限定で兵士になっているだけである。

 下手に抵抗などしてはいけないのだ。

 感情を抑えて、私は食堂内に入った。

 流石に、食堂へ行くなとは言われなかった。

 巡回の任に当たっている兵士であるかのような態度でいたのが功を奏したらしい。

 遊戯室と同様、此処も大層立派である。

 軍人には、不要である。

 が、勿論顔には出さない。

 私は今、任務中なのだから。

 食堂内には、政府軍の幹部(位階を示す勲章を確認したら、少将と判明した)が一名。

 禿げているのか、剃っているのか謎だが、ツルツル頭の太った男だ。

 上質なステーキ肉を、もりもりと召し上がっていらっしゃった。

 少将直属と思われる護衛の兵士が二名、その後ろに控えていた。

 彼らは、食事をしておらず、立っている。

 その隣のテーブルにも、人が二人、着いていた。

 軍服は着ていない。

 つまり、軍人ではないようだ。

 軍の関係ではない人物が、まさかこの飛空艇に乗っているとは。

 とは言っても、勿論一般人ではないだろう。

 これは政府の専用飛空艇だ。

 平民では、大臣クラスではないと、まず乗る事が許されない筈だ。

 尤も、平民で大臣に抜擢される人などいないのは、明らかだ。

 つまり、華族出身だろう。

 そして、民間人ではない。

 二人のうち、まず年長者と思しき人物について。

 お召しになられたブラウンのスーツは、物がよさそうだ。

 きっちりと髪を七三で分けているので、少々古めかしい印象ではある。

 が、それが好みなのだろう。

 レンズに色つきの眼鏡をかけている。

 目が弱いのだろうか。

 日常光は、眩しく感じる為か、夜でもそれを外さないらしい。

 千に一つ、カッコつけている可能性も、なくはないだろうが。

 年齢は、不詳だ。

 若くも見えるが、案外歳が行っている様にも見える。

 あまりジロジロ見るのは失礼なので、彼を見るのは其処までだ。

 その謎の人物にも、部下らしき男が二人、ついていた。

 着席はしていない。

 身分が下の者らしく、立っている。

 同様に、サングラス・・・・・・若しくは、色つき眼鏡である。

 部下は、ダークグレーのスーツである。

 髭を生やしているので、これもまた年齢が分かりづらい。

 しかも此方は、変装の可能性だってある。

 そんな変装をして、何の意味があるのかは謎だが。

 ブラウンスーツの謎の男と同じテーブルには、青年が一人着いていた。

 漆黒の髪の、綺麗な顔の美青年である。

 思わず、見つめてしまった。

 我が目を疑うほどだった。

 同じ人間か、と思ってしまう。

 今まで、そこそこ長めに生きてきたが、こんなに美しい男は、見たことがない。

 頭が芯から痺れるとは、このことか。

 決して、女性に見えるということはない。

 確かに、男だ。

 しかし、美しいのだ。

 彼の方は、年の頃は二十歳前後と思われた。

 サングラスも髭もない。

 座っているので確実ではないが、身長もかなり高そうだ。

 頭が小さく、手足が長い。

 そして、少し痩せている。

 ブラウンスーツの男性と二人、食後のコーヒーか。

 いや、美青年はチョコレートブラウニーを食していた。

 ブラウンスーツと美青年の関係が、非常に気になる。

 が、下衆な想像はしてはいけない。

 そういういやらしい関係ではないと、思うことにする。

 ・・・・・・食堂の中に居る人間は、以上だ。

 あとは、給使が数名か。

 厨房にシェフと、その下で働く料理人たち。

 そんなところだろう。

 さて、どうしたものか。

 例の写真を捜さなくてはならないが。

 流石に、政府軍少将や謎の人物たちが、お食事中のテーブルの下までは見て回れない。

 その周辺を避けるしかない。

 怪しまれない程度にして、出て行くとする。

 いつまでも巡回の兵士がいるのも、おかしいだろう。

 自分の行動をその様に決め、足を一歩先へ進めた時・・・・・・。

 「!」

 私は、見落としていた人間がいることに気付いたのだった。

 人を一人、見落としていた。

 意味としては、同じことだが。

 でぷっちょ少将と、その護衛役兵士たち。

 謎のサングラス集団と、謎の美青年。

 その何れの席にも着かず、少し離れた窓辺に腰掛けている。

 それは、少女のようだった。

 ようだった、と記すのは、彼女がこちら側に背を向け、全く顔が見えなかったからである。

 だから、女装した男かもしれない。

 が、この場でそれは、ないだろう。

 この飛空艇に、少女が乗っているとは知らなかった。

 政府軍にも女性はいるが、男の方が圧倒的に多い。

 そもそも、女性はわざわざ兵士にならなくても、と考えられている。

 女性蔑視と捉えられるだろうが、実際にそうなのだが、男に比べ女性には他に稼ぐ手段がある。

 すべての女性ではないが、そういった職業は需要に供給が全く追いつかないと聞くので、普通に労働するよりは短期間で多くの金額を得られるのだ。

 その代わり、非常にきつい仕事でもあるが。

 男にもその様な職業の人はいるが、誰でも務まるというものではない。

 が、私個人は、あまり望ましくないと思っている。

 国がそれを許すので、その手の犯罪は後を絶たないのだ。

 本当に男は、愚かな生き物であるので。

 政府軍の女性たちも、男性社会で生きているからこその想いはあるらしく。

 声を上げても、すぐに消されてしまうが、女性であるからこその嫌がらせも上官などから受けるという。

 所詮女性は、男の奴隷でしかないし、そうしているべきだという考えは根強い。

 だから、毎日のように女性や子供が連れ去られ、奴隷として売買されているのだ。

 政府がその事実を、認めない。

 寧ろ、公認している。

 大日本皇国とは、現在その様な国だ。

 この国の程度は知れてしまう。

 かつて、それを憂いて、国を変えようと立ち上がった人がいるのだが、結局消されてしまった。

 以来、死を恐れて人々は戦うことを抗うことをやめてしまった。

 故にますます格差は広がり、国は落ちるところまで落ちていく。

 もう、この国は終わりだ。

 多くの人はそう気付いているが、信じたくないからかのか、それさえ口にしない。

 ただ底辺を這い蹲り、その日その日を暮らしていくのだ。

 私を含めて。

 ・・・・・・少女の背中を見つめていて、ふとそんな思いに駆られてしまった。

 とても悲しい気持ちになった。

 自分を悔しく思った。

 目を逸らして、息を整えた。

 今更苦しんでも、しょうがないのだ。

 一体どうしてしまったという言うのか、私は・・・・・・。

 少女をもう一度見た。

 金色の長い髪の少女。

 身に着けている衣装は、とても質素だ。

 シンプル・・・・・・というか、貧相だ。

 まるで囚人のようだと思った。

 黒い貫頭衣は、少々ボロボロだった。

 弥生時代の人が着ていたような衣装だが、あちこちが擦り切れていてみすぼらしい。

 この季節に、薄着すぎる気もした。

 艇内は空調が整っていて、暖房も効いているから寒くはないだろう。

 が、外に出たら寒い筈だ。

 靴も履いているが、布を縫って作っただけのものなので、歩くにも不自由しそうだ。

 室内では問題ないかもしれないが、それで外は歩けない。

 足を怪我してしまうだろう。

 しかも、少女の足を見て気付いたのだが、足首に足枷をつけられていたような跡がある。

 白くて細い手首にも、同様の跡が見えた。

 今は特に拘束されていないようだが、長い間鎖に繋がれていたのだろうか?

 可哀想に、と思わず涙ぐんでしまう。

 顔を見ていないので、詳細な年齢などは全く分からない。

 しかし、見て分かるほど子供だ。

 低身長の大人、ということはない。

 それは、雰囲気で分かる。

 一体、どういった事情で此処にいるのだろう?

 軍の関係者でもなければ、当然政府の要人である筈もない。

 何しろ、幼い少女なので。

 囚われの身になったのには、理由がある筈だ。

 しかし、このような少女が何故?

 理由すら、思い至らない。

 恐らく、あの少将かブラウンスーツ色眼鏡の、どちらかが連れてきたのだろう。

 勝手に入れる場所ではない。

 とは言っても、到底どちらの娘にも思えなかった。

 少将とは、似ても似つかなさそうだ。

 ブラウンスーツ七三分け色眼鏡の娘にしては、少々年齢が合わない気もする。

 奴が見た目の雰囲気どおりの年齢だとすれば、の話だが。

 長い間拘束されていた、となると、考えたくないが、奴隷かもしれない。

 みすぼらしい服を着ているのは、その為か。

 だとしたら、本当に酷い話だ。

 更に食堂にいるというのに、何も食べても飲んでもいない。

 食事すら、与えてもらえないのか。

 だからあんなに、細い身体なのか。

 ますます憐れだ。

 「・・・・・・?」

 色眼鏡の部下が、訝しげに此方を見ている。

 少し、長居をしすぎたらしい。

 これ以上は、怪しまれる。

 食堂内には、例の写真はないようだ。

 後藤伍長に報告しなくては。

 私は、来た通りの道筋を戻ることにした。

 食堂を出る時、最後のつもりで少女へ視線を向けた。

 変わらず、ただ窓の外を眺めるだけである。

 しかも、本当に外を見ているのかさえ分からない。

 視線は遥か遠い向こう側へ向いているような。

 そういえば、と私は思い出した。

 この飛空艇に、男ではない人物は一人だけ、乗っている筈である。

 今回の任務は、その人物の皇都への護送だ。

 あと、五分ほどで、到着予定である。

 つまり、のんびり食事をしている場合ではないということだ。

 それに、少将の奴は気付いているのだろうか・・・・・・。

 「スミト。そろそろ、部屋に戻るぞ」

 と、謎のブラウンスーツ七三色眼鏡は告げた。

 スミトというのは、一緒にテーブルについていた美青年のことらしい。

 「はい」

 と、スミトと呼ばれた青年が頷く。

 「そろそろ、予定時間ですね」

 非空艇を降りる支度をしなくてはならない。

 勿論、着いてすぐに下りられるわけではない。

 だが、いつまでものろのろとしているのは、好まない主義なのだろう。

 「ふんっ!」

 と、隣の席で少将が鼻を鳴らした。

 偶然ではない。

 謎の色眼鏡の行動に、態度に対して、やったことだ。

 何やら、お気に召さなかったらしい。

 「結局一度も口を割らせられず、か!手緩いわ!!」

 と、怒鳴っている。

 「その様な小娘、締め上げれば、すぐに落ちるだろうが!」

 そう言い、少女の方へ目を向けた。

 「いけませんね、事を急いでは」

 色眼鏡は、逆に落ち着いた声を出す。

 「まだ幼い娘です。丁重に扱わなくては。甚振って何に、なるというのですか?」

 少将が熱くなればなるほど面白い、といった態度とも取れる。

 態と苛立たせて、からかっているのかおちょくっているのか。

 話の流れで、段々状況が分かってきた。

 まず、少将と色眼鏡は、顔見知りである。

 今回、同じ飛空艇に乗っていたのも、偶然ではない。

 同じ任務の為に、だ。

 それは、この少女を拘束し、連れてくるという任務である。

 「軍人さんの、悪い癖ですねぇ」

 「ふん!青二才が!!」

 色眼鏡の意見が間違っていないことなら、奴にも分かったのだろう。

 ぶつぶつ文句を言いながらも、それ以上は何も言わなかった。

 言い争う時間は、もうない。

 「それでは、『閣下』。ごきげんよう」

 と言って、色眼鏡は食堂の出口へ向かった。

 美青年を伴って。

 下らない輩の相手はもうお終いらしい。

 部下の男が、少女へ近づく。

 肩を掴み、連れて行こうとする。

 「・・・・・・」

 少女は、声を出さない。

 呼吸の音すら、聞こえない。

 抵抗する気は、ないようだ。

 何だかとても、疲れているように見えた。

 その時、初めて私は、正面から少女のことを見た。

 「!!??」

 驚いて、立ち尽くしてしまった。

 なんと綺麗な少女だろう。

 プラチナブロンドの艶々した綺麗な髪。

 雪のように白く、木目細かな肌。

 大きく丸い瞳は、蒼い宝石の様である。

 長くてボリュームのある、睫。

 桜色の唇と、木苺色に染まる頬。

 まるで、仏蘭西人形だ。

 生きている仏蘭西人形だ。

 衣装がみすぼらしいのが残念である。

 このような美少女が、一体どうしてしまったのだろう。

 まさか、本当に奴隷なのか?

 「行くぞ。モタモタするな」

 色眼鏡の部下の髭が、強く少女を引っ張る。

 「・・・・・・」

 しかし、悲鳴一つあげない。

 私は気付いた。

 少女は、ただ無口なわけではない。

 声が、出ないのだ。

 外傷によるものか、精神によるものなのか。

 唇は、動く。

 しかし、声が出ない。

 何か、余程酷い目に遭ったのか・・・・・・。

 真っ先に考えてしまうのは、やはり性的虐待である。

 大人の女性が駄目だという男は、想像以上に多い。

 そういう男は、性的欲求も封印してしまえばいいものを。

 向かう先は、幼い少女だ。

 汚らしい男の下らない欲望の犠牲になる子供たちが、後を絶たない。

 皆、心に傷を負い、それは一生治ることなく、被害にあった少女たちを永遠に苦しめ続けるのだ。

 もしも、このあどけなく愛くるしい少女にも、同じことが起きていたなら。

 それは幼気な少女にしていいことじゃない。

 私は、この色眼鏡男を到底許せない。

 まともな死に方など、させない。

 静穏で無事な人生の終わりなど、迎えさせやしない。

 悪魔にでも怪物にでも、食い殺されればいい。

 「・・・・・・」

 意味ありげな視線を、感じた。

 不思議に思い、辿る。

 其処に、美青年がいた。

 彼は、私のことを見つめていた。

 何故、私なのか?

 どういう意味なのか?

 尋ねたいけれど、聞いてしまえば逃れられない。

 そんな気がしていた。

 けれど、やがて理解した。

 彼が本当に視線を送るのは、少女へである。

 囚われの美少女。

 歳の頃は、十歳前後だろうか?

 非常に何かを、気にしている。

 彼は、少女のことを。

 直接話しかけもしなければ、見もしないけれど。

 其処に、決していやらしさは存在しない。

 性的なものとは無関係の、別の想いを込めて、視線を投げかけている。

 彼は、私にどうしろというのか?

 困ってしまい、私は視線を避けるように、窓の外へ目を向けた。

 「・・・・・・!」

 そこで私が見たものは、

 「・・・・・・人?」

 だった。

 が、それは普通、考え垂られない。

 此処は、空の上である。

 まだ、皇都には到着していない。

 此処が既に皇都であるのは間違いないが、着陸予定の軍の基地でも空港でもない。

 現在、飛空艇は飛行中だ。

 つまり、窓の外は空の上。

 空の上に、人がいる筈がない。

 しかし、紛うことなく、人だった。

 見間違いではない。

 人が鳥のように、身一つで、飛んでいる。

 が、よく見れば、何か乗り物に乗っているのが分かった。

 蜻蛉のような羽のついた乗り物。

 それの乗った人が、窓のすぐ傍を飛んでいる。

 しかも見たところ、女性のようである。

 勿論、男であっても驚くところだが、女性となると。

 かなりアクティブな女性である。

 あんな乗り物は、見たことがない上に、政府の特別機であるこの飛空艇のすぐ横を平行飛行している。

 撃ち落されても仕方のない状況だ。

 勇気があるというか、無謀だ。

 余程の命知らずか。

 或いは、目的がまさに、それなのか。

 「!」

 窓の外の人物が、飛行速度を上げた。

 一気に窓からその姿を確認するのが難しくなる。

 飛空艇の傍を離れたのかと思えば、そうではない。

 ズドン、と何かの爆発音。

 同時に、飛空艇が激しく揺れる。

 衝撃が凄い。

 鳴り響く、サイレン。

 「な、何だ何だ?」

 と、少将が立ち上がる。

 「この艦は、攻撃を受けたようですよ。少将」

 と、色眼鏡。

 「攻撃ィ~!?」

 「ええ。先ほどから、外を煩いハエが飛んでいるようです」

 それは、あの女性のことか。

 既に、存在に気付いていたか。

 色眼鏡、流石だ。 

 「分かっているなら、すぐ撃ち落さんか!!」

 と、少将が怒鳴る。

 しかし、

 「それを私に言われましても、ね」

 色眼鏡は冷静だ。

 確かに、その通りである。

 軍人ではない色眼鏡に、軍を指揮する権限はない。

 つまり、煩いハエを撃ち落すことは出来ない。

 どう考えても、その命令を出すのは少将のである。

 「分かっておるわ!」

 絶対分かっていなかったと思うが。

 それを指摘するのは自殺行為に等しいので、誰も口にしない。

 「すぐに撃ち落すのだ!!」

 と、命令をするが、

 「やめた方が、良さそうですよ。閣下」

 再び色眼鏡。

 「何故だ!」

 そんなことが何故分からないのか?

 不思議でならない。

 これで軍の偉い方なのだから、情けなくなる。

 「下手に砲撃をいたしますと、当艦にも影響が出るかと思います」

 色眼鏡の代わりに、美青年が告げる。

 「相手は、大変小回りの聞く小型機に搭乗しているようですので。誤って、当艦の砲弾などが味方を傷つける恐れもあります」

 護衛艦を撃沈、となれば大変なことになる。

 当然、「敵」もこちら側の自爆を狙ってくるだろう。

 それは、避けなくてはならない。

 「奴らの狙いは、当艦や護衛艦の撃墜ではありません」

 そのつもりなら、連中もそれなりの攻撃機を用意している筈。

 しかし、実際はあのように小さな機体でしかない。

 しかも、人間が一人で操縦できる程度の、小型機だ。

 到底、爆弾を積んでもいなければ、装備が充実しているわけでもない。

 では、襲撃者たちの狙いは何か?

 それを美青年が答えるより早く、

 「敵が!」

 廊下で声がする。

 兵士の誰かが、叫んでいる。

 「敵が!当艦に、乗り込んできました!!」

 同時に、発砲音。

 誰かが倒れた音。

 今さっき喋っていた兵士が、やられたらしい。

 此処からでは何も見えないので、生死は不明だ。

 「迎え撃て!!」

 「反撃しろ!!」

 「銃をもってこい!!」

 等々。

 艇内は、まるで蜂の巣を突いたような、大騒ぎ。

 私も立場上、乗り込んできた奴らを撃退しなくてはならない。

 もう、探し物はお終いか。

 もうすぐ目的地だというのに。

 最後の最後で、この有様。

 が、仕方ない。

 後で軍法会議にかけられては堪らない。

 何処の何者かは、知らないが。

 連中と戦うしかないのである。

 私は、銃を手に廊下へ向かった。

 一体どういう状況か?

 確認の為に、顔をそっと出したところ・・・・・・。

 「!」

 見張りや見回りの兵士たちが、倒れていた。

 一瞬、死んでいるのかと思ってぎょっとしたが、

 「うう・・・・・・っ」

 「痛い・・・・・・」

 などと、声が聞こえる。

 其処に、「敵」の姿はない。

 ゆっくりと、廊下へ出る。

 倒れた者たちへ、近づき様子を見る。

 皆、出血はあまりしておらず、呼吸は荒いが死んでいる者はいないようだ。

 「敵」が此方を殺すつもりは、ないらしい。

 抵抗する力を削げば、それでもう良い様だ。

 だが、当然何か理由があって乗り込んできたのである。

 それにしても。

 「・・・・・・弱いな」

 人のことは言えない。

 が、弱い。

 これでも兵士たちか。

 大日本皇国軍の兵士か。

 幾ら下っ端でも、こんなにあっさり、侵入者にやられてしまって情けない。

 情けないといえば。

 「あっ!こら!」

 食堂で、声が上がった。

 直後、

 「ぐふっ!」

 「かはっ!」

 などという、男の短い悲鳴。

 ばたーん、と倒れる音。

 「おいこら!逃げたぞ!!」

 と叫ぶのは、少将か。

 どうしたというのか。

 慌てて、食堂へ戻る。

 そこで私が目にしたものとは。

 「えっ・・・・・・?」

 椅子を振り上げ、色眼鏡を殴り倒す少女の姿だった。

 すぐ近くで、二人の部下は伸びている。

 さっきの声は、この二人だったのだろう。

 少将はというと、

 「くっ・・・・・・」

 腰が抜けて、動けないようだ。

 態度は偉そうだが、粗相をしている。

 私は咄嗟に、見えない振りをする。

 足腰が立たない状態では、少女を捕まえることも出来ない。

 色眼鏡は、殴られ、気絶した。

 「・・・・・・」

 少女は、自らを捕らえていた者たちを総て斃した。

 色眼鏡のブラウンスーツの上着の内ポケットを、漁り始める。

 すぐに、目当ての物を発見したらしい。

 少女は、何かペンダントのようなものを、手にしている。

 震える手で、それを自らの首にかけた。

 それから、転がっていた警棒で、

 「・・・・・・!!」

 遂に、少将の頭をぶっ叩いた。

 思い切り。

 少将は床に転がった。

 勿論、気絶した状態で。

 警棒を放り出し、少女は部屋の外へ向かった。

 廊下へ出る時、

 「・・・・・・」

 此方を見たが、私に彼女を捕まえる気がないことを察したのだろう。

 特に私は、叩かれることも殴られることもなかった。

 私の目の前を通り過ぎると、少女は部屋を出て行った。

 廊下を進み、倒れた兵士を踏まないようにし、向こうへと消えた。

 ぼんやり見送っている場合ではない。

 私は、少女を追っていた。

 捕まえるつもりはない。

 ただ、行き先が気になった。

 これから、どうするというのだろう。

 此処がまだ空の上であるから、飛空艇の外へは逃げられない。

 「姐さーん!」

 と、何処かの部屋で、声がする。

 聞き覚えのない声だ。

 そして、心当たりがない。

 呼んでいる相手にも、呼ばれている「姐さん」にも。

 此処に女性兵士は、いない。

 政府軍にはいるけれど、今日、この飛空艇に搭乗している女性兵士はいない筈だ。

 ということは、自然とそれは政府軍ではないということになる。

 つまり、今さっき喋ったのは・・・・・・侵入者だ。

 仕事が早い。

 乗り込んで来たと思ったら、もうあちこち見て回っているらしい。

 一体他の兵士は、何処へ行ってしまったのだろう。

 全て制圧された、とは思えない。

 兵士全員がやられた訳ではない筈だ。

 仮にも、大日本皇国軍だ。

 簡単に壊滅させられてしまっては、堪ったもんじゃない。

 皆、反撃の機会を狙って息を潜めているのか。

 それとも、単に隠れて難を逃れようとしているだけかのか。

 私も、あまり無茶するわけにはいかない。

 臆病風に吹かれたのではない。

 ただ、一人でこの状況をひっくり返す自信がないのだ。

 見つからないよう、気付かれないよう、そっと声のした方へ向かう。

 と、ぎりぎりすんでのところで、

 「何だい?」

 私の鼻先を掠めるようにして、女が一人、横切った。

 気づかれていない。

 誰にも。

 丁度女の身体で、私のいるところが陰になった。

 女も、まさかこんな近くに政府軍兵士が潜んでおるとは、夢にも思わない。

 「!」

 私は、理解した。

 さっき、食堂の窓から見えた、小型機で飛ぶ女。

 それが彼女だ。

 現在は、飛空艇内なのだが、ゴーグルもマスクも外さない。

 此処は連中にとっては敵陣の真っ只中だ。

 油断一つ、出来ない。

 何があるか、分からないのだ。

 「例のブツは、やはり此処にはないようですぜ」

 女は、男と何かを話している。

 「てか、本当に此処にあるんですかい?」

 「あるさ」

 と、女は頷く。

 「あたしは、見たんだからね」

 何を見たかまでは、話してくれない。

 「あのサングラス野郎が、上着のポケットに入れてたんだよ」

 確かに。

 声に出すことは出来ないが、私は頷いた。

 私も、見た。

 美少女に殴り倒され気絶させられた色眼鏡。

 奴は、ペンダントのようなものを隠し持っていた。

 「いくよ、おまえたち!」

 と、女がリーダー(?)なのだろう。

 周りの男たちに、命じる。

 「野郎は、食堂にいたんだよ!恐らく其処に、立て籠もっているからね!」

 半分正解だ。

 が、後の半分は。

 色眼鏡も少将も手下諸共、強制的にお引取り願わされた、だ。

 あの美少女に、強制的に眠らされた。

 が、死んではいないので、そのうち起きてくるだろう。

 其処で連中と鉢合わせしたなら、どうなるだろう。

 私の知った話ではないが。

 色眼鏡や少将が侵入者と戦いになっても、それは仕方がないと思っている。

 あんなに怠けて太っちょだとしても、少将は一応軍人なのだ。

 色眼鏡は性格が悪そうなので、怪我をしたとしても心は痛まない。

 何にせよ、悪人だ。

 到底、正義の味方とは誰も思わないだろう。

 連中の狙いは、ペンダントらしい。

 色眼鏡が隠し持っていたペンダント。

 しかし、今はもうそいつの上着のポケットにはない筈だ。

 あの美少女が持ち去ってしまった。

 まだ、誰にもそれを知られていないが、連中が気付かないとは限らない。

 少女が連中に捕まえられるのは、流石に私は阻止したい。

 もう、誰にも捕まってほしくない。

 あのように痛々しい姿を、もう見たくはない。

 あまりにも可憐で、幼気な少女だったから・・・・・・。

 しかし、どうしたらいいだろう。

 私一人では、連中全員の相手は出来ないし、捕まえられそうにない。

 弱気な発言だが、兵士たちをあんな風にした奴らだ。

 弱くはないだろう。

 残った兵士たちが団結できればいいのだが、そういうのはきっと全員が得意ではない。

 特に、この状況で息を潜めている兵士たち。

 他人を犠牲にしてでも命が惜しいのばかりの筈。

 早く連中が出ていってくれるのを、ひたすら待つのだ。

 情けない話だが、生き延びるにはそうした方がいいのだろう。

 しかし、私はそうしなかった。

 かといって、連中に挑みかかるつもりもない。

 私が身を隠さないのは、顛末が気にかかるからだ。

 つまり、この先がどうなるのかを知りたいから。

 大日本皇国軍の飛空艇に乗り込んできた「ならず者集団」(?)が、狙っているのはペンダント。

 謎の色眼鏡が所持していたペンダントだ。

 しかし、現在それはあの男の元にはない。

 色眼鏡を椅子で殴り倒した少女が、持って逃げた。

 囚われの身だった、綺麗な綺麗な美少女。

 仏蘭西人形のような美少女。

 彼女は、一体何者なのだろう?

 素性の知れない美少女。

 だが、この飛空艇に乗っている少女というのは・・・・・・私には心当たりが、一つしかないのだが。

 信じられない。

 とてもそうであるとは、思い難い。

 イメージにあまりにも、合わないからだ。

 きっと、表沙汰には出来ない事情で捕らえられた少女なのだ。

 だから、初めから少女は二人以上、この飛空艇に乗っていて・・・・・・。

 「姐さん!」

 手下の男が、呼びかける。

 「サングラス野郎、気絶してますぜ!」

 椅子で思い切り、殴られたのだ。

 そうなっても仕方がない。

 「他の連中も、皆オネンネでさぁ」

 全員、あの少女にやられた。

 しかし、幸い誰も死んではいないようだ。

 「ペンダントは!?」

 と、女。

 「早く探しな!」

 「それが・・・・・・」

 恐らく、色眼鏡の身体検査をしたのだろう。

 あちこち、探ってみたのだろう。

 しかし、

 「ありませんぜ!」

 何処を捜しても、ない。

 食堂の何処かにあるのではないかと、捜すけれど。

 「ないですぜ!」

 「この馬鹿どもが!」

 女が怒髪天だ。

 「何が、『ないですぜ!」だい!?堂々と言ってんじゃないよ!」

 ないなら捜せ、ということだろう。

 「床の上、テーブルの下、他をもっと良く、捜したのかい!?」

 捜しても、無駄だ。

 既に、持ち去られた後だ。

 ペンダントは、今はあの少女の手にあるのだ。

 「・・・・・・ん?」

 何かに、女が気付く。

 「此処に、女の子がいただろう?」

 恐らく、外から見たのだ。

 あの少女の姿を。

 「女の子、ですかい?」

 「いいや。あっしらは、見てませんぜ?」

 と口々に言う男たち。

 「いや。いたね。間違いないよ」

 女は確信を持って言っている。

 「偉い美人だったから、よく覚えてる」

 「び、美人ですかい!?」

 と、明らかにテンションが上がる連中を見て、

 「馬鹿たれが!」

 ボカスカと殴る。

 「美人と聞くだけで、それかい!」

 「だ、だって・・・・・・姉ちゃん」

 と、一番若そうな男が、弱々しく呟く。

 「美人、いいじゃんかよー・・・・・・」

 分からないではない。

 美人と聞けば、顔を見てみたくなる。

 テンションだって上がる。

 結構単純なのだ、男は。

 女ほど、複雑ではない。

 「相手は、子供だよ!?犯罪者になりたいんかい!」

 そうと分かっていても、やめられないのが男だ。

 悲しいものだ。

 「だって、だって・・・・・・」

 まだモジモジしている若い男へ、

 「いいから、早く捜しな!」

 鉄拳制裁だ。

 「女の子だ。その子が持ってるのかもしれないよ!」

 拙いことになった。

 連中の狙いが、変わった。

 あの少女を捜して、ペンダントを取り上げるつもりらしい。

 一体、何なのだ?

 どうして、ペンダントを狙う?

 一目見ただけだが、大騒ぎするような価値があるとは思えない。

 ダイヤモンドというわけでは勿論ないし、宝石かどうかも怪しい様な代物だ。

 矢鱈と、古そうだった。

 つまり、歴史的価値はありそうだ。

 しかし、到底女性が身に着けて美しいかといえば、そんなことはない。

 その辺の石ころと同じとは言わないが、特別光り輝いていないし、ただの石としか思えなかった。

 濃い紫色の石だった。

 何かの紋章のようなものがあったようだが、よく分からない。

 価値があるとしたら、何処かの遺跡で発掘されたから、程度だろう。

 つまり、女性の身を飾る装飾具ではなく、博物館の展示物といった雰囲気だ。

 だから、なのか?

 しかし、では何故そのようなものを、色眼鏡は所持していたのか?

 そもそも、本当に奴のものなのか?

 あのような野郎がペンダントを装着しても気持ち悪いだけだ。

 母親の形見かもしれないが、だからって似合わないことに変わりはなく。

 このならず者たちが欲しがるのは、何やら価値があるようだからだろう。

 では、現在それを持って逃げている少女にとっては、何の意味があるのだろう?

 あのペンダントを、どうして色眼鏡から奪った?

 彼女の目的は、ペンダントの奪還だったんだろうか?

 ということは、元々はあの少女がペンダントの?

 が、深く考え事をしている場合ではなかった。

 「キャーッ!」

 向こうで女性の悲鳴が上がる。

 ならず者たちが行った先だ。

 恐らく、其処は一般人のいるエリアだ。

 大日本帝国軍所有の飛空艇だが、一部の特権階級に属する者の中には、利用者もいると聞く。

 主に、表に出ては拙い間柄同士のお忍びの用事の為に。

 今の悲鳴は、そういった事情の女が上げたのだろう。

 まさか、そんなエリアまでズカズカ入っていくとは。

 流石ならず者だ。

 図々しい。

 それを言ってもしょうがないが。

 誰かの部屋に上がり込み、少女を捜しているのか。

 しかし、探し物は見つからない。

 やがて、段々此方へ近づく足音。

 私の背後からも、誰かがやってくる。

 侵入者の別働隊か。

 さて、どうしたものか。

 当然、此処に突っ立っていても、何の解決策にもならない。

 このままでは連中と鉢合わせする。

 挟み撃ち状態になる。

 身を隠せそうな場所は、ない。

 こういう場合、都合よくロッカーなどがあったりするのだが、ここはそうではない。

 私は見るからに、兵士である。

 大日本皇国軍の兵士だ。

 軍支給の制服を着ている。

 つまり、一般人のふりができない。

 どうにもやり過ごせはしないようだ。

 特に忠誠心などは持っていないが、戦うしかないだろうか。

 しかし、何の為に?

 全く無意味に思えてならないが。

 連中が何人いるかは分からないが、私一人ではどうしようもない。

 辺りをもう一度確認し、一か八かで、すぐ近くの個室のドアを開ける。

 当然誰が使っているのかなんて、知らないまま。

 施錠されていることも、十分あったのだが。

 「・・・・・・!」

 鍵はかかっていなかった。

 そして、誰もいなかった。

 無人、である。

 私は急いで、室内でどこか身を隠せる場所を探した。

 大きな置時計が合った。

 窓側を向いて、置かれている。

 時計の下は、扉が合って、中を開けられるようになっているようだ。

 何も入っていない。

 人が一人、入れるくらいの空洞。

 此処を使わせてもらうか。

 狭いが、きちんと扉も閉め直せた。

 僅かに隙間があり、中から室内の様子が見える。

 此処でやり過ごそう。

 もしも奴らが、ここに入ってきたら。

 兎に角、出て行ってくれるまで待とう。

 扉を閉めた後、私は気付く。

 窓が、少し開いているということに。

 誰もいない部屋の窓が、開いている。

 それは一体、どういうことなのか。

 恐らく、初めから開いていたのではない。

 ということは?

 誰かが開けたのだ。

 もしもそれが、ならず者たちによることではないのだとしたら?

 大日本皇国軍兵士が、とも考えられた。

 しかし、私はそうではないと気付いていた。

 兵士ならば、連中のいないエリアまで行って、其処で身を潜めていればいい。

 幾らでも、隠れ場所はあった。

 現に、多くの兵士はそうしている。

 誰ももう、戦おうとはしない。

 懸命になる意味など、ないのだから。

 何しろ、この窓の向こうは外である。

 しかも、ただの外ではない。

 飛空艇は、飛行中である。

 高層ビルなど比べ物にならないくらいの高度で飛んでいる。

 そして、飛行中に人間が外に出ることを想定していない。

 つまり、窓の外は足場一つない。

 そんな危険な場所に、一体誰が何をしに出るというのか。

 何度も言うが、軍の関係者ならば、逃げる必要はないのだ。

 しかし、こうして窓を開けた人物は、逃げる必要があった。

 ならず者集団からだけではない。

 大日本皇国軍からも。

 それは要するに、大日本皇国軍に捕まっていた人物。

 心当たりは、ある。

 恐らく、二人。

 そのどちらかの仕業だろう。

 今此処でそれを判断するのは、難しい。

 しかも、危険だ。

 様子を見てみるしかない

 それからの確認で、良いだろうか?

 きっと、確かめられると思うのだ。

 すぐに、判明する。

 しばらく待っていれば、いいのだと思う。

 何故なら、この部屋の、あの窓の外に今。

 「一個一個、捜してくしかねぇかぁー」

 ぶつぶつ言いながら、男が二人、部屋に入ってきた。

 あの女の手下だ。

 話を聞いていないので分からないが、恐らく命令されたのだろう。

 ペンダントを持って逃げた少女を、捜して連れて来いと。

 それまでは、絶対に出て行かない。

 ペンダントを手に入れないで、なんて考えられないことだ。

 何が何でも、欲しい。

 そう思っている筈だ。

 問題は何故、連中を含め皆が、それを手に入れたがるのかだが・・・・・・。

 「けど、何でそんな子供が、この船に乗ってんだろーなぁ」

 と、尤もなことを、呟く。

 「色眼鏡の趣味かぁ?」

 下世話な話である。

 が、そう感じるのは仕方がない。

 他の理由を思いつく筈もないから。

 軍の偉い人の誰かのお嬢様が、あんなところでみすぼらしい服を着ている訳がない。

 「今でも、スラムじゃ奴隷が売られてるらしいからなぁ」

 「マジかよ。嫌な世の中だなぁ」

 ならず者の悪党が言う台詞ではない。

 しかし、

 「人はモノじゃないかなさぁ。やめてもらいたいわなぁ」

 「偉い方々には、ないんだろーさ。身分が低い奴も、同じように人間なんだっていう感覚が」

 というか寧ろ、偉い方々は、自分が人間なんだってことを忘れているのかもしれない。

 まるで神にでもなった感覚でいるに違いない。

 だから、平気で奴隷を使える。

 用が済めば、殺してしまえる。

 酷い話だ。

 「じゃ、女の子も奴隷か?」

 「そうなんだろ?可愛いって話なのになぁ」

 奴らは、直接少女を見ていないのだ。

 が、それでも捜せるだろう。

 この飛空艇には、恐らく少女は二人くらいしか乗っていない筈だ。

 あのペンダントを持って逃げた少女と、・・・・・・。

 「姐さんが言うには、ペンダントの持ち主だろうって」

 「その女の子が?へぇー」

 色眼鏡は、持ち主である少女から奪い取り、ちゃっかり自分のもののようにしていたのだ。

 見た目どおりに、図々しい男である。

 ペンダントなど、似合いもしないのに。

 「で、俺たちもその女の子から、ペンダントを取り上げるわけだなぁ」

 「気が進まないけど、しょうがないだろ」

 「ああ、姐さんの命令だしなぁー」

 「女の子が素直に言うこと聞いてくれりゃあ、いいわけだ」

 流石に、そんなに上手くいかないこと位、分かっている。

 だから、奴らは肩を落とす。

 「子供は傷つけたくねぇわなぁ」

 悪党らしくない発言だが、そう思うのは当然なのだった。

 ならず者だが、真っ当な感覚の持ち主である。

 少将や色眼鏡の方が、そういった意味でどうかしていると言えた。

 勿論、本人に指摘するつもりはないが。

 「けど、一体何処に行ったんだろーなぁ」

 まだ空の上だから、飛空艇から出ることは出来ないのだ。

 本来ならば、もう皇都に到着している時間である。

 しかし、緊急事態なので、それは出来ないのだろう。

 とはいえ、燃料だって無限ではない。

 連中は早々に切り上げたい筈だ。

 もたもたしていれば、増援が来てしまう。

 目的のペンダントを持った少女が見つかれば。

 何故、連中がペンダントを欲しがり、色眼鏡が少女から取り上げたのかは謎のままだ。

 やはり、そういう価値があるのだろうが。

 私には、分からない。

 だから、単純に言えないのだ。

 早く少女が見つかれば良いのに、とは。

 だが、この状況が永遠に続くものも困る。

 一番良いのは、連中も色眼鏡も、ペンダントを諦めることだ。

 無理な相談とは承知の上で、言いたい。

 多分、人の物を本人が嫌がっているのに奪ってはならない。

 小学生だって、それを悪いことと知っているのに。

 知っていて、それでも自分の都合を優先して構わないという考えだろうか。

 だとしたら、本当に救いようのない世の中である。

 「飛んで逃げるわけねーし・・・・・・?」

 何気なかったのだろう。

 ふと窓の方に歩いていった。

 癖のようなものだろう。

 何となく、窓の外を見てみたくなる。

 窓を開けてみたくなる。

 物凄い風と分かっていながら、外の空気に触れたくなる。

 どんなに空調が聞いていても、自然の風より心地よいものはないから。

 それはきっと、人間もその自然の一部だからなのだろう。

 ならず者の男も、それに倣うように窓を開けた。

 そして、顔を少し外へ出す。

 窓が最初から、少し開いていたことには気付かない。

 細かいことを気にしないのだ。

 気にしていたら、やっていられない商売だろう。

 「んー!」

 暢気に、伸びまでしている。

 やはり、大日本皇国軍の飛空艇に乗り込んでくるというのは緊張するのだろう。

 向こうは命を奪うことを躊躇しないだろう。

 平気で、侵入者を殺すだろう。

 そうすることを当然としているので、心も大して痛まない。

 悪いのは侵入者の方で、その侵入を阻もうと行った行為は総て、処罰の対象にならない。

 つまりは、射殺しようが何をしようが、なかったことにさえ出来る。

 それが法律でも決まっているのだ。

 この国はそういう国なのだ。

 分かっていて、それでも乗り込んできた。

 ペンダントを手に入れる為に。

 ある意味、勇敢だ。

 勿論、あの女が怖いから言うことを聞いているだけ、なのかもしれないが。

 兎に角、窓のところで二人揃って男が、伸び伸びしている。

 私の隠れたところで伸び伸びされなくて、良かった。

 思わず、息が漏れてしまいそうだから。

 「ふーっ!じゃあ、捜すかなぁ」

 のんびり言った。

 「あと捜してないのって、・・・・・・」

 「あー・・・・・・えーと?・・・・・・」

 と言い合っていた二人の男の動きが、止まる。

 同じ方向を向いて。

 窓の外へ、顔を出した状態のまま。

 固まっている、と表現するのが正しいだろうか。

 何かが見えたんだろうか。

 それでなければ、説明がつかないけれど。

 「・・・・・・」

 私には、分かっていた。

 やはり、想定したのと同じ光景を連中は見たのだ。

 窓が少し、開いていた理由。

 それは、其処から外へ出たから。

 誰が?

 決まっている。

 一人、か二人しかいない。

 軍に捕まっていた人物。

 すぐにも、逃れたい人物。

 それは、パルチザンの代表『星姫』か、あの囚われの美少女か。

 私の感覚では、当然、

 「あああああーっ!!」

 と、男が遂に声を上げた。

 指まで指して。

 「姐ちゃーん!」

 と、大きな声で呼ぶ。

 「いたーーーー!!」

 何がいたのかは、明らかだ。

 私が思っていた通りだから。

 やはり、あのペンダントを持って逃げた少女が、其処にいたのだ。

 この部屋の窓から外へ、出たのだ。

 飛行中の飛空艇から、外へ。

 自殺行為である。

 しかし、おとなしく捕まったままでいるわけには、いかなかったのだ。

 逃げなくてはならない理由があった。

 ペンダントは、誰にも渡せなかった。

 飛び降りて逃げるつもりだったのか。

 ただ、侵入者がいなくなるまで、身を隠す必要があるのなら、こうすることはなかった筈。

 当然、そんなことをすればただでは済まない。

 この高さだ。

 死んでしまう。

 たとえ命を落としても、此処に留まるよりは良かったのか。

 色眼鏡に捕まったままでいるわけにはいかなかったのか。

 「姉ちゃーん!いたよおー!!!」

 「姐さん!早く!!」

 叫びながら、男たちがいっぱいに手を伸ばしている。

 少女を捕まえようとしている。

 身を乗り出しているので、見ていて危なっかしい。

 連中の方が、先に下へ落ちてしまいかねない。

 が、私には奴らを助ける義務はないので、手は出さない。

 勿論、連中がいないのなら、私は少女を助けたかった。

 とは言っても、私も軍所属の兵士なので、余計彼女は逃げてしまうだろうが。

 「ちょっ・・・・・・落ちちゃうよぉ!?」

 と、男が叫んだ。

 悲鳴にも似た声だった。

 「!!」

 思わず、私は飛び出していた。

 別に、奴を助けようとしたのではない。

 つい、少女のことが心配になり、隠れていたのに出て行ってしまったのだ。

 「な、何だぁ!おまえー!?」

 と言われようが、構っていられない。

 「煩い!黙ってろ!」

 私は怒鳴る。

 「邪魔だ、退け!!」

 思い切り、突き飛ばす。

 派手な音を立てて男二人が、倒れる。

 男なのだから、多少怪我などしても平気だろう。

 「痛てててっ!」

 「ああああ。血が出たぁー」

 弱々しく声を上げるが、

 「男だろう!小さいことに拘るんじゃない!!」

 生きてるんだから、血が出て当然だ。

 擦り傷一つで大騒ぎなんて、何なんだ、こいつらは。

 呆れて物が言えない。

 此処の兵士を制圧したのは、多分あの女だろう。

 あの女以外は、大したことがないかもしれない。

 つまり、あの女が来る前に、私は少女を助けて、此処から立ち去ればいい。

 が、出来るか?

 窓の外へ身を乗り出す。

 其処に、確かに少女の姿が。

 あの少女で、間違いない。

 暴風の中で、今にも下へ落ちてしまいそうだ。

 「掴まれ!」

 と、手を伸ばす。

 「・・・・・・!」

 当然の結果だが、それは拒まれた。

 声もなく、ただ首を横に振られた。

 大日本皇国軍の兵士の手など、掴めない。

 私個人が嫌われたわけではないだろうが、其処まで信用のない軍って何なんだと思う。

 少女への扱いが、酷すぎた。

 というより、軍人や政府の関係者などが、堂々と奴隷を持っていることが問題なのだ。

 首輪や鎖で何人もの少女を繋いで連れ歩いている現状。

 それは、明らかに間違った世の中だ。

 恐らくこの少女は、大人の男の腐りきって汚らしい性的欲求を嫌っているのだ。

 そして、そういう対象にされかねない自分を身を、自分で守ろうとしているのだ。

 しかし、私はそんなつもりなど全くない。

 そういう欲求を持つことそのものを、罪のように感じてしまう。

 少女と目が合った瞬間に。

 綺麗なままでいたいと思った。

 穢れたくない。

 手を伸ばすのは、純粋に救いたいから。

 他の感情も欲求もない。

 そういう想いでしか、彼女に触れてはいけないのだと知った。

 「早く!落ちてしまうか・・・・・・ら」

 「・・・・・・!!」

 それでも、少女は私の手を掴んではくれなかった。

 余程警戒していたのか。

 或いは、もう間に合わないことを知っていたのか。

 体力が、限界に来ていた。

 本当は、もう少女はしがみ付いているだけで精一杯だった。

 手を伸ばされても、掴めるだけの力がなかった。

 一ミリだって、動けなかった。

 「!?」

 めりっ、と音がした。

 嫌な音だ。

 もう少しで、私の手が少女に到達する。

 懸命に力を振り絞る少女の手が、僅かに触れた。

 指先が傷つき、出血していた。

 爪も割れていた。

 少女がしがみ付いていた壁に、血塗れの手の跡がついていた。

 落ちそうになる度、必死に掴んでいたのだろう。

 が、もう限界だった。

 「ぁ・・・・・・・・・・・・!?」

 少女が足場にしていた出っ張りが、遂に抜けた。

 崩れ落ちたのだ。

 怪我をした手一本では、もう身体を支えられない。

 掴むものなど、其処に何もないのだ。

 落ちる時は、一気だ。

 咄嗟に手を掴むことなど、出来はしない。

 一瞬で、少女の姿が消えた。

 暗い暗い闇の底へ、落ちていった。

 全く見えない。

 遥かな下界へ、吸い込まれるように消えた。

 声もなく、少女は闇の中へ。

 「ああああああっ!」

 「落ちたぁー!!」

 と、すぐ横では、男二人が大騒ぎ。

 「姉ちゃんーっ!女の子、落ちちゃったよぉーっ」

 漸くやってきた女に、訴える。

 「窓の外に居てぇー。だけど、逃げられちゃってぇー。其処の人に俺、突き飛ばされてぇー。女の子が、落ちた!!」

 と、分かるような分からないような、やはり分からない説明をする。

 私が少女を落としたみたいな言い方である。

 断じて、私はそんなことはしていない。

 少女は力尽きて、落ちてしまったのだ。

 「どーしよ、どーしよ!!」

 わたわたしている男に、イラッとする。

 幾らなんでも、反応が幼すぎる。

 見たところ、二十代半ばくらいなのに、まるで幼稚園児だ。

 どうしよう、なんてパニくってる場合ではなく、

 「早く助けに行かないと・・・・・・!」

 もう一人の男は、まだましだが。

 それでも、助けに行くって何だ?

 此処からどうやって、行くのだ?

 それ以前に、此処はお前たちの船ではない。

 もうそろそろ、出て行ってくれないか?

 「慌てるんじゃないよ!馬鹿弟どもが!!」

 ポカッと、殴る。

 女は弟(?)たちの頭を次々に殴り、溜息をつく。

 「落ちちまったモンは、しょーがないだろ」

 極論は、そうなる。

 「ペンダントがないなら、もう此処にいる必要はない。とっとと、回収に行くよ!」

 「えーっ!!??」

 明らかに弟は不服顔。

 「女の子は?落ちちゃったんだよ!?」

 「何だい?あたしにも、一緒になって心配しろっていうのかい?」

 だが、そんなことをしても意味はない。

 結果は、同じなのだから。

 「この高さじゃ、バラバラだよ。遺体なんて、見つかりゃしない」

 「えーっ!やだぁー、そんなの!!」

 それを女に言っても、どうにもならないと思うが。

 何と言うか、本当に子供である。

 「あたしらの目的は、あのペンダントなんだよ!死体はバラバラでも、ペンダントはどっかにあるんだ!捜しにいくよ!!」

 愚図る弟を、べしゃり、と叩く。

 無理に首根っこを捕まえ、重たいので、ずるずると引き摺る。

 「全く、図体ばっかでかくなりやがって!いつまで子供のつもりだい!?」

 全くその通りである。

 「姐さん!」

 残った方の弟が、

 「この男は、どうする?」

 と、私を見ている。

 どうすると言われても・・・・・・どうするのだ?

 戦うのか?

 だが、それは無駄である。

 「知らないよ!」

 と、女が怒鳴る。

 「誰だい、そいつは?」

 「此処の兵士!」

 まあ、間違ってはいない。

 個人名など、名乗っていないし関係ない。

 「関係ないね!」

 と、言い捨てる。

 「あたしの知ったことじゃないよ!忙しいんだから!とっとと来な!」

 モタモタしている弟を、叱りつける。

 本当に、凄い姉だ。

 というよりも、駄目すぎる弟だ。

 「いいの?」

 引き摺られ中の弟が、訊く。

 「そいつ、敵だよ?」

 「知らないね」

 と、もう此方も見やしない。

 「別にあたしたちの邪魔なんかしてこないだろ。だったら、あたしも何もしないね。関係ないし、そんな時間なんかないんだから」

 仰るとおりである。

 つまり、瞬時に見定められたのだ。

 こいつは無害で、しかも敵にはなり得ないと。

 向かってこようとも、倒せる相手だと。

 私も、あの女に挑んだところで勝てる気が全くしない。

 簡単に言えば、潜り抜けてきた修羅場が違うのだ。

 百戦錬磨のような女。

 いろんな意味で、凄すぎる。

 「早く!置いてくよ!!」

 「・・・・・・今行く!」

 男としては、納得できないところだが、姉に言われたら仕方がない。

 姉に逆らってまで、一人で残る意味もない。

 駆け足で、去っていった。

 私はそれを、追わなかった。

 そうしてところで、捕まえられはしないと分かっていたのだ。

 連中は、来る時に乗っていた小型機で、去ってゆくのだ。

 しかし、私にはそれを追いかける手段がない。

 飛空艇に小型の飛行機が積まれていないわけではない。

 しかし、私はそれを操縦できない。

 訓練は受けていないし、その予定もない。

 私は、兵役についているだけの元は一般人だ。

 期間が過ぎれば、軍を出る。

 有事の際には、呼ばれることもあるだろうが、その時はその時だ。

 小型飛行機を操縦する任に就いている兵士は別にいるのだ。

 彼らの機体に勝手には触れられないし、動かし方すら分からない。

 よって、追ってもしょうがない。

 「・・・・・・」

 私は、もう一度窓の外を見た。

 やはり、少女の姿はない。

 暗い暗い闇の世界があるだけだ。

 だが、私はあの少女が死んだとはどうしても思えなかった。

 この高さから落ちれば、まず助からないのに。

 バラバラになって死ぬなんて、有り得ないと思っていた。

 理由は分からない。

 あの瞳が印象的だったからなんだろうか。

 奇跡のように美しい少女。

 一瞬で心を奪った少女の瞳の色は、虹の色。

 宝玉の様な瞳の中心には、七色の星がひとつ、光っていた。

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