第12話 さよならの代わりにありがとうを
少年は、教卓の前に立っていた。
真っ直ぐ彼女の目を見ている。
覚悟はできた。
みんなを傷つける覚悟ができた。
端の席で音楽を聴いている男に言われた。
「別れる時はちゃんと別れろ」
彼女と、クラスメイトと、男と、少女から、少年は別れる。決別する。
少年は、周りを不幸にさせる。
自分を幸福にすると、周りが不幸になる。
周りを幸福にするには、自分が不幸にならなくてはいけない。
「別れよう」
少年は、彼女に告げた。
彼女は目を見開き、歪ませ、大粒の涙をこぼし始めた。
「ごめん、人のことを好きになれないんだ」
彼女は首を横に振り、拒絶している。
彼女はしゃがみこんでしまう。
「いやだ……。いやだよ……」
いつもなら背中をさすってあげに行くが、その時は見下すしか出来なかった。
クラスの女子が彼女の周りに集まり、背中をさする。
少年は、自分の代わりなどたくさんいる、と言うことをよく知っていた。
「……よ」
「……だよ」
「……やだよ」
小さな声が、女子の隙間から聞こえてきた。
嗚咽でところどころ聞こえづらかった。
背中をさする女子たちは、不安そうな目で彼女を見る。
「こいつは、クラスの、俺たちからも別れようとしてるんだってよ」
いつの間にイヤホンを取っていたのだろう。全員の視線が、男の元に集まる。
「それもてめぇが言わねぇと駄目じゃねぇか」
少年は、教卓の前で、教室中を見渡し、少し大きな声で、伝えた。
「みんなのことを、好きになれない」
教室中が、何を言っているのかわからない、という表情をする。
「このド阿呆は、自分が好きになった人間は、たちまち不幸になるとかよくわかんねぇ意味で、みんなと話したくねぇとか、仲良くしたくねぇっつってんだ」
男は大きな声でクラスに言った。
教室の空気は静かに重たくなる。
少年は、その教室に居ずらく感じた。
「──ってんだ……」
男の周りにいたやつの声が聞こえた。
「わけわかんねぇよ」
「勝手に決めつけてんじゃねぇ」
「お前は馬鹿だ」
「彼女が泣いてんじゃねぇか」
「訂正しろ」
「俺を誰だと思ってんだ」
波が押し寄せるように、少年への罵倒の言葉が飛んできた。
徐々に波が引いてくる。
「お前、これでも話さねぇっつうのか?」
少年は気圧された。
事前に相談し合っていたのではないかと錯覚した。
少年は、言葉がでなかった。
彼女の方を見ると、涙を拭いていた。
「ねぇ」
ふと呼ばれて視線を戻す。
パァーン……
少年の頬が叩かれた。
叩いたのは、少女だった。
表情は、怒っている。
「あなた、私の事嫌いになったの?」
少年は、訳が分からなかった。
「私は今でもあなたのこと好きよ」
少年は、訳が分からなかった。
「それよりも彼が好きなだけで、今でもあなたのことは好きなのよ」
最低なことを言っているのはわかっているわ、と言う少女の目は、少し潤んでいた。
「ここで言う話でもないけど、私の親って結構複雑なの。特に母親がね。
何度も好きな人のことを罵倒して、過去には本人を叩くこともあったわ。それで、何人もの人と別れることになったわ。
母親のせいであなたと別れるのが許せなかったの。だから、私から距離を置いたの。
彼は母親が唯一許した人。
今まではそんなこと無かったわ。
それから母親が、人が変わったように優しくなった。
彼は奇跡を起こしたの。
あなたとは今までの人みたいに別れたくなかった。
あなたから嫌いって言われたくなかった。
でも、あなたから言うなら、もういいよ」
少女は、真っ直ぐ少年の目を見て、全てを言った。真っ直ぐに泣いていた。少年の目を見て、真っ直ぐに泣いた。
少年は慌てふためいた。
男が少女の頭を胸に寄せる。
少年は、自分の手で泣かせてしまったと分かった。
ふと視線の端に彼女がいた。
彼女もこちらを見ている。
彼女が少年の胸に抱きつく。
「やだぁぁぁ!!!」
「やだやだやだやだ! 別れたくない! 別れたくない!」
彼女は泣き叫ぶが、少年の服に埋もれて、声がこもっている。
少年は、涙が出てきた。
少年は、恐る恐る彼女の背中に手を当てる。
触れた温もりはとても熱く、少年は涙が止まらなくなった。
まもなくして、チャイムがなった。
先生はまだ来ない。
「で、結局どうするんだ?」
男はにやりと笑う。
「この空気でそんなこと言えないよ」
少年は泣き止んで、彼女の背中をさすっていた。
「だろうな」
男は少年の元に歩き出す。
少年は彼女が胸にくっついているから動けない。
男に頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。
うおううおうと声が出てしまう。
「俺らは、喧嘩もするし、相手が望まないことも言う。だから、不幸になるとかならないとか、特に気にしねぇんだ」
「あなたの優しいところ、大好きよ」
少年は、頭を揺すられているから、よく聞こえない。
「まったく、心配したぜ」
「この埋め合わせは焼肉かな」
「私カルビ食べたい」
「俺は──」
教室は、いつものように、元気な会話が飛び交う。
彼女が、胸から顔をあげて言った。
「私は、君と幸も不幸も共にしたい。だから、別れるのはだめ」
少年は、彼女のことが、世界で一番愛おしく感じ、優しく頭を撫でた。
「うん」
彼女が背を伸ばす。
少年は少し猫背になっていた。
唇と唇が重なった。
少年は、その不意打ちで、目を丸く、顔を赤くした。
彼女はふにゃっと笑う。
「「「ふぅぅ〜〜〜!!」」」
黄色い声が鳴り響いた。
教室の前の扉が開かれる。
「遅れた遅れた。ん? なにやってんだ、席につけ」
先生が空気を読まずに入ってくる。
教室の雰囲気を見て、素っ頓狂な顔をする先生に、教室はどっと笑いだした。
「な、なんだよ! ほら、授業を始めるぞ!」
みんなが笑っているなか、耳まで真っ赤にして怒っている先生を見て、少年と彼女も笑いだした。
教室は、笑っていた。
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