第11話 親友

 少年の手が千切れた時、少年は、自分の過ちを把握した。

 少年は、叫んだ。

 少年の心は、叫んだ。

 声にならない声で、叫んだ。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い──。

 少年は、彼女に別れを告げる決心をした。

 その日はいつものように笑ってはいなかった。少年の表情はどんよりとダレている。

 教室は、相変わらず、騒がしかった。

 いつぶりだろう。教室が騒がしいと感じたのは。

 それほどまでに、少年は、長い間夢を見ていた。

 ドロドロと自分の席へ向かう。

 少年の顔を見たクラスメイトは全員黙っている。

 それもそうだ。昨日まで教室に入るなり、大きな声で教室に向かって挨拶をしていたんだ。

 それが、急にドロドロになっているなんて。怖いとかじゃなく、絶句するだろう。

 そうだ。そのまま近付かないでくれ。

 少年は、そう思った。

 だが、男はそんなことお構い無しに、少年の前にくる。

「なに面白くない面してんだよ」

 少年は、男から視線を逃した。

 男はその視線の中に入ってくる。

 うざい。

「何があったか言ってみろ。友達だろ?」

 うざい。

「周りの奴らも心配してんぞ」

 うざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざい!!!!!

 少年は、男のことを突き飛ばした。

 男はよろけて、机と一緒に倒れる。

 少年は、はっと我に返る。

 幸い、頭はぶつけていなかった。

 危うく殺人犯になるところだった。

「ごめん」

 少年は、教室から飛び出した。

 廊下を走る。走る。走る。

 窓から覗くやつらがうざい。うざい。うざい。

 教室から怒鳴り声がしたが、少年には聞こえなかった。

 横断歩道まで走って、赤信号で止まる。

 強く脈打つ心臓が鬱陶しい。少年は目をぎゅっと瞑る。肩で息をする。右手で心臓の部分を握る。うざいぐらいに脈を打つ。

 青になり、肩で息をしながら歩き始める。

 そういえば、荷物を教室に置いたままだだた。どうしよう。だが、今から教室には戻れない。

 少年は、ゆっくりと家の帰路を歩き始めた。

 少年が家に着いた時、背中から声をかけられた。

 振り返ると、男が鞄を二つ抱え、肩で息をしている。

「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ」

 鞄を捨てて、ドスドスと歩いてくる。ものすごい形相だ。ただじゃ済まされないだろうな。

 少年が呑気にそんなことを考えると、襟首を掴まれる。

「てめぇは何がしてぇんだ」

 男の顔が、少年の顔に、ぐっと近ずけられる。

 少年が、曇った目で男の目を見る。

 男が、怒りに充ちた目で少年の目を見る。

 男は、少年を解放した。

「何があったか、何を考えてるのか、全部教えろ。突き飛ばした罰だ」

 少年はそっと頷き、家へ入る。

 男は少年の部屋に入ると、ほぉーと息を漏らした。

「お前の部屋、意外と綺麗なんだな。なんか、こう、もっとぐちゃあっとしてるかと思った」

 相変わらずズバズバ言うやつだ。嫌いじゃない。

 少年は、回転椅子に座った。

 男は、少年のベッドの上に座る。

「で、なんでお前は今そんなに暗いんだ」

 少年は人を不幸にする。

「それで、自分は彼女を幸せに出来ない、と」

 少年は彼女を不幸にしてしまう。

「で、クラスからヒューヒュー言われるとプレッシャーだと」

 少年は人を好きになれない。

「じゃあ、お前は今、好きな人間はいないってことか。俺も含めて」

 少年の過去には、不幸になった男性もいた。

「俺を突き飛ばしたのは、俺が嫌いだったからか?」

 少年が男を突き飛ばしたのは、近づくと不幸になると感じたからだ。

「彼女と別れるのか?」

 それしか手段がない。

「彼女はそれで喜ぶと思うか?」

 思わないが、少年と一緒にいて常に不幸になるよりも、別れた方が、賢明だと思った。

「お前は馬鹿だ」

 少年は何度学習しても、し足りない、馬鹿だ。

「お前が望むのなら、今のことは彼女にしっかり伝えろ」

 男は静かに怒っていた。

 少年に対して怒っていた。

「クラスメイトからも離れたいなら、明日の朝、教卓の前で彼女に伝えろ」

 少年は驚いた。なぜ教卓の前でなのか。

「当たり前だろ、近づいて拒まれると、人は傷つくんだ。距離を置くなら決別として、はっきりと別れろ」

 これは命令だ、と男は言った。

 男は「もう来ないだろうけど、お邪魔しました」と言って、少年の家を後にした。

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