第9話 写真
授業は夏季休暇に入った。
五十日間の長い休みだった。
少年はその間の三十七日間を一人ですごした。あとの十三日間のうち、十日間は男とその周りの人間と、あとの三日間を彼女とすごした。
彼女は実家に帰っており、夏季休暇の前半を実家ですごした。
男は課題に追われ、夏季休暇の後半を課題とともにすごした。
少年は課題を終わらせていたので、家でずっと本を読んでいた。ハードカバーの本を三種類、全て三回読んだ。
後半の三日間のうち、ひとつは、彼女とカラオケへ行った。ひとつは映画を見た。ひとつは遊園地へ行った。
全てはっきり思い出せるが、そのうち、遊園地へ行った時のことは、鮮明に思い出せる。
ジェットコースター、お化け屋敷、観覧車。一日を満喫した。とても充実した日になった。少年が被写体になることはなかったが、写真もたくさん撮った。
これは観覧車で撮った一枚。
彼女が退屈だと窓の外をぼんやり見ていた時の写真。これを撮ったあと、彼女は撮られたことに不満を言い、さらにふてくされた。そして窓の外を向いてしまった。
少年が失敗したと思ったら、彼女が外を指差し、はしゃいだ。少年が見ると、遊園地と、その周りの街の光が広がっていた。
少年は、はしゃぐ彼女にカメラを向けるが、撮るのを止めた。永遠のものにしたくなかった。カタチにしたら、意味を持たなくなると思った。
彼女を見ていると、何もかもを忘れた。
時間や、課題や、道に落ちてたゴミや、過去の少女の姿までも忘れられた。
ずっと一緒にいようと、ずっと幸せにしてあげようと決心した。
その写真を見ていると、涙が出てきた。
彼女が倒れた。夏季休暇が終わる一週間ほど前。家にいる時に、いきなり倒れたそうだ。深夜だった。
彼女とは、毎日ではないが、二日に一度は連絡をとりあってた。それが突然ぱたりと止んだ。そのまま学校が始まる。
学校に行けば会えるはずだと言い聞かせていたそれは、清々しいぐらいに音を立てて崩れた。
夏季休暇明けの朝。
教室に着くと、男が少年に気付き、ものすごい勢いで走ってきた。
「彼女は大丈夫なのか」
そこで初めて知った。彼女の家の前に救急車がいたこと。そして、彼女が救急車の中に運び込まれたこと。
少年はそれを知らなかった。今の今まで知らなかった。
少年は恐怖した。泣き叫びたくなった。おかしくなりそうだった。
彼女を失ってしまうかもしれないことが怖いのではない。自分の周りの人が、自分が好きになった人が、傷つく、不幸になる。その事が怖かった。
少年は、何度目かの恐怖に駆られた。
少年は、授業が始まる前に家に帰った。
少年は、携帯と荷物を放り投げ、布団に頭まで入れてくるまり、ガタガタと震えた。目が熱くなった。喉が焼けた。息が熱くなる。目を強く瞑る。叫び出さないように、目を、強く瞑る。
少年は、人を、愛する人を、不幸にした。
最愛の人を、不幸にした。
少年の周りでは、人が不幸になっていく。
自意識過剰だと思われるが、そう思わないといられなかった。少年は、とっくに狂っていた。
一人は、彼氏と別れた。
一人は、行方不明になった。
一人は、痴漢された。
一人は、レイプされた。
一人は、死んだ。
そして、彼女が倒れた。不幸にさせた。
少年は恐怖した。自分の周りでは人が不幸になる。何度もそう思った。何度も何度も自分を責めた。何度も何度も死のうと思った。
だが、また人を好きになった。なってしまった。
何度、好きになってはいけないと思ったことか。
何度、好きになってはいけないと、自分に言い聞かせてきたことか。
何度も何度も、学習したつもりだった。
まただ、また同じ間違いをする。
少年は、自分を責めた。
少年の喉は焼けるが、濡れている。
熱した胃酸が込み上げてくる。
少年は、頭を掻きむしった。
この爪が、肉を引き裂き、頭蓋を剥がし、脳をぐちゃぐちゃに、して欲しかった。
少年は、丸一日布団から出なかった。
二日間、部屋から出なかった。
五日間、家から出なかった。
学校なんてものは、頭になかった。
少年は、一週間かけて、学習した。
学習した。
学習した。
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