第7話 彼女

 授業が終わり、クラスメイトが帰り始める。

 少年は、男やその周りの人に一緒に帰らないかと誘われた。

 少年は学校が楽しいものだと思った。

 遠くの人たちが、同じところに集まる。そんな学校が楽しいものだと思った。

 少年は、丁寧に断った。ありがとうと断った。ごめんねを言った。

 男は悲しむ素振りを見せなかった。

 悲しんでいなかった。

「また今度」

 男と周りは、少年に手を振った。

 少年はここのところ、笑顔だった。

 少なくとも、学校にいるときは常に笑顔だった。落ち込んだ顔を見せなかった。

 少しすると、教室はすっからかんになった。

 深呼吸して、一人微笑む。

 空気が美味しい。いい香り。

 日が傾きかけてた頃、教室の前の扉が開いた。委員長が入ってきた。

「おまたせ」

 委員長は、生徒会の書記を務めていた。

「ごめんね、呼び出した側が遅くなって」

 少年は、大丈夫と言った。

「もう遅いし帰りながら話そうか」

 彼女は窓の外を見る。

 外では野球部が走っている。

 彼女は吹奏楽部だった。サックスを吹く。

 外では吹奏楽部がマーチングの練習をしていた。

「部活はいかないのか」

 彼女は外を見渡す。

「今から行っても大して練習にならない」

 彼女は扉へ向かって歩き出した。

 少年もそれに続く。

 日は傾き、空は赤くなっていた。

 舗装された道は、一人で歩くには広かったが、二人で歩くにはもう少し幅が欲しかった。

 少年が女性と帰宅するのは、彼女が初めてではなかった。少女が初めてだった。

 少年はそれを思い出し、苛立つ。

 また、過去の過ちを繰り返すかもしれないと、恐怖もした。

 彼女はずっと下を向いて歩いていた。

「話ってなに」

 少年は、頭の中を取り替えるために質問をした。ずっとそんな思考だと、いいことも起こらないと思った。

「えっと」

 彼女は言葉を濁す。

「話す機会が欲しかった」

 彼女は俯いたまま呟いた。

 少年は理解ができなかった。

「休み時間がある」

 少年は言い方がきつくなってしまったことを後悔した。学習した。

「別にいつでも構わない」

 少年は、精一杯傷つけないように気をつけた。

「大切な話がしたかった。そのためにこの機会を設けた」

 彼女は立ち止まった。

 少年は立ち止まった。

 彼女はまっすぐ少年を見つめる。

 少年は嫌な予感がした。

「好き」

 少年の嫌な予感が的中した。

 少年は、初めて人から告白された。

 少年にとって少女はただの委員長だった。

 人のために自ら率先して働く、可哀想な人間だった。

 少年はわからなかった。

 普段全くといっていいほど話さない相手から告白されたのだ。

「なぜ」

 少年の疑問は溢れ、口から漏れた。

 彼女は言った。たくさん言った。

 少年が窓をぼんやり見ている時の表情が儚げで、今にも壊れてしまいそうだったこと。

 高校に入ってからすぐの時は、周りの人間とわいわいやっていたのに、ある日を境に変わってしまったこと。

 そして最近になってまた明るくなってきたが、それでもまだ心の中が読めないこと。

 彼女はたくさん言った。少年が気づいていなかったことも、彼女は沢山知っていた。

 少年は怖くなった。彼女のことが怖くなった。自分のことが怖くなった。

 彼女は少年の表情を見て、安心したように微笑んだ。

 少年は、悲しそうに笑っていた。

 少年は、彼女と付き合うことになった。

 少年は、彼女のことが好きではなかった。だが、嫌いではなかった。

 ただ一緒に、ただそばに、そばいてくれるだけで良かった。

 少年は安心できた。

 少年は、久しぶりに幸せになった。

 裏切られたっていいとは思わなかった。

 彼女と付き合うようになり、彼女のことがよくわかってきた。

 勉強をしているときに、真面目な顔をすること。時折、横髪をかきあげること。

 髪がサラサラなこと。薄くトリートメントの香りがすること。

 眠い時は甘えてくること。その時に笑うと、ふにゃってなること。寝顔が可愛いこと。

 少年は、彼女のことがもっと知りたいと思った。

 告白される時怖いと思ったが、そんなことは思わなくなった。だが、完全に思わなくなった訳では無い。

 裏切られることは、相変わらず怖かった。

 だから、少年は彼女から極力距離を置いた。好きにならないために距離を置いた。

 好きにならないように距離を置いた。

「ねぇ」

「私の事好き?」

 少年は戸惑った。

 なんと答えるべきか悩んだ。

 少年は好きだと答えた。自分に正直になれた。

 少年は彼女のことが好きになった。

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