第6話 店長

 少年は、男とよく話すようになった。

 少年は、嘘をつかない相手を見つけた。

 少年は、嘘をつかないでいい相手を見つけた。

 少年と男は、休日にカフェへ行った。

 少年は、初めてカフェへ行った。

 少年は、そこのカフェの雰囲気がとても気に入った。

 男は、カフェの店長と顔なじみで、静かに、でも楽しそうに話していた。

 男が店長に少年のことを紹介した。

 少年は、学校の先生以外で、大きな大人と話すのは初めてだった。びっくりした。

 優しそうな人だと思った。いい人そうだと思った。

 少年は、次の日もその次の日もカフェを訪れた。

 店長はいつでも快く迎えてくれた。

 しばらく通っていると、少年は店長に心を許した。信じた。

 少年は、店長に過去のことを話した。

 店長は静かに聞いていた。

 店長は目を伏せていたが、頷いてくれていた。

 少年は、話しているうちに涙を流した。

 店長は静かにハンカチを貸してくれたが、少年が泣いている理由は店長が思っていることとは違った。

 少年は、静かに自分の話を聞いてくれる人がいて、嬉しかったのだ。

 少年はたくさんたくさん泣いた。

 店長が背中をさすってくれたから、どんどん泣いた。今まで凍っていた水が、店長の体温で溶けていった気がした。

 店長のハンカチは少し重たくなった。

 泣き止んで、お礼を言って、謝って、会計をして、店を出た。店長はおまけしてくれた。

 ふと見ると、店の前の看板にはCLOSEと描かれていた。

 少年は家の方向に向かって歩いていった。

 少年が空を見上げると空は星が少しだけ光っていた。あとは、月も光っている。

 月の周りに星はない。

 少年は立ち止まり、ぼんやりと月を眺めた。明るく明るく、うんと明るく、月が光っていた。

 少年の身体の中の空気が空に逃げていった。少年は、深呼吸する。

 最近はずっとこうしてるな。

 少年は笑ってしまった。

 周りに人がいなくて良かった。

 いたら変な目で見られるだろうな。

 ポケットから店長のハンカチを取り出した。たたみ直す。綺麗に、シワなく、丁寧に。

 店長にはとても感謝した。

 男にも感謝した。いい人と会わせてくれてありがとう。

 また男と一緒に来ようと考えた。

 たたみ終わったハンカチをポケットにしまう。

 少年の心には、モヤモヤがスッキリ晴れていた。

 夜の空気がとても美味しく感じた。

 向こう側から、男と少女が歩いてきた。

 手を繋いでいる。

 少年は月を見ていた。

「なにをしているんだ」

 男は少年に声をかけた。

 少年は気づく。手を繋いでいる。

 男は気づく。手を離す。

 少年は少女と目が合った。

 少女は目を離す。

「カフェの帰りだ」

 男は微笑んだ。

「気に入ってもらえたみたいで良かった」

 あれから結構な頻度で行っていると言うと、男は声を出して笑った。

「そんなに気に入ったのなら、勧めた甲斐があった」

 男はとても幸せそうに笑う。

 少女が男の服の裾を引っ張った。

 男の笑いが終わる。

「そろそろ行く」

 男は寂しそうに微笑んだ。

 男と少年はすれ違う。

「手を繋げよ」

「悪いな」

 少年は苛立った。

「悪くねぇ」

 少し離れた男に、大声を出した。

 男は笑うが、少年にそれは見えない。

 男と少女は手を繋いでいた。

 男は繋いでいる反対の手を上で揺らした。

 少年はそれを確認すると、振り返り歩き出す。

 少年も笑っていた。

 清々しかった。

 やっぱり月は綺麗に綺麗に少年たちを照らしていた。

 世界はとても優しいんだ。少し嫌なところもあるけど、優しいところもあるんだ。

 少年は店長と男のことを想像した。

 店長の挽いたマンデリンは、そこそこ苦かったが、酸味が少ない分、飲みやすかった。

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