第5話 その人

 少年はベッドに横たわっていた。

 枕はそこらへんに落ちている。だが、少年はそれを気にしなかった。

 目を瞑ると、過去の出来事が浮かんできた。

 それは、中学生だった頃の出来事だった。

 少年は初めて失恋をした。

 少年は告白をしていなかった。

 好きだったその人の口から、少年の陰口を言われたのだ。

 少年は、それまでその人に尽くしていた。

 課題をやった。

 掃除をした。

 代わりに怒られた。

 少年は、頼られていると感じていた。

 その頃の少年は、とてもとても馬鹿だった。

 その人はこう言っていた。

「便利な道具」

「ただの奴隷」

「壊れたら捨てるだけ」

 そして、馬鹿な少年は学習した。

 自分にとっての幸せについて、学習した。

 少年にとって幸せとは、自分が尽くして後悔をしない相手を好きになることだった。

 そしてまた、失敗をした。

 今度は、嘘の告白をされたのだ。

 少年は、昼休みに大切な話があると言われた。

 廊下の端に呼び出された。

 そこで、少年は告白された。

 少年は嬉しかった。

 少年は自分が好かれることが初めてだった。

 少年は了承した。

 そこまではよかった。

 その人は、いきなり笑いだした。

「これは嘘だ」

 教室から、その人の友人が出てきた。

 全員笑っていた。

 少年は、馬鹿だと言われた。

 少年は理解できなかった。

 その人たちは、教室に戻っていった。

 教室がいきなり賑やかになる。

 少年は、理解出来なかった。

 少年は悔しかった。

 少年は笑った。

 泣いてはいけないと思った。

 泣いたらさらに笑われると思った。

 少年はその日、早退した。

 ベッドで一人、泣いていた。

 悔しかった。

 好かれていたと勘違いした自分を蔑んだ。

 罵った。

 馬鹿だと怒った。

 少年は、学習した。

 少年は、少年が好きになった人と一緒に居られれば幸せだと学習した。

 しばらくして、少年はその人と出会った。

 とても愛おしく、可愛らしかった。

 少年は一目惚れを初めて経験した。

 少年は勇気をだして連絡先を交換した。

 その人は遠くで暮らしていて、少年がいるところには、旅行で来ていた。

 少年は、勇気をだして連絡先を交換出来たことがとても嬉しかった。

 少年は、たくさん話したいと思った。

 おはようからおやすみまで言った。

 好きなものや、好きなことを聞いた。

 二ヶ月話していた。

 いきなり、その人からの連絡が途絶えた。

 少年は不安だった。

 何度連絡しても返事は来なかった。

 どこに住んでいるのかは聞いていなかった。

 事故にあってしまったのか、事件に巻き込まれてしまったのか。少年は、呼吸をすることが辛くなった。

 少年は、初めて学校をサボった。

 先生には、頭痛だと言った。

 二ヶ月が経った。

 その人から、連絡がきた。

 少年は学校を早退した。

 理由は、頭痛だと言った。

 少年はとても嬉しかった。

 少年は、涙を流して笑った。

 とてもとても嬉しかった。

 それから一週間、沢山話した。

 その人が、スマホが使えなくなったこと。そしてまた使えるようになったこと。これからもこういったことが起こるかもしれないこと。

 少年はそれでもいいと言った。

 無事ならそれでいいと言った。

 その人はまた音信不通になった。

 そして、また使えるようになると、沢山話した。

 また使えなくなった。

 少年は、ずっと待った。

 半年が経った。

 連絡はこない。

 少年は、諦めた。だが、まだ好きだった。

 少年は、涙を流したかった。

 だが、涙は出なかった。

 少年は思い出した。

 その人は、他に好きな人がいると言っていたことを思い出した。

 少年は、涙を流した。

 少年はまた学習した。

 自分にとっての幸せとは、自分の好きな人が、自分を好きになることだった。

 何度も何度も失敗した。

 その度に学習した。

 少年は、頭が良くなった。

 何度も何度も学習して、今にいたる。

 少年は、ベッドの上で涙を流した。

 今の少年は幸せではない。過去の過ちを繰り返したのだ。

 少年は、涙を流した。

 少年は、後悔した。過去の、これまでの行動を悔いた。

 少年は、涙を流した。

 少年は、怒りに震えた。自分に対する怒りに震えた。

 少年は、また学習した。

 だが、どうせまた失敗する。少年は、自分の心臓に杭を打ち込んだ。

 少年は、これなら忘れないと思った。

 抜けないように、深く、深く、打ち込んだ。

 少年は、人のことを信じなくなった。

 唯一信じるものは、自分の本能だけになった。

 何度も何度もそうやって同じことを考えた。

 両手では収まりきらない数を後悔した。

 両手では収まりきらない数を学習した。

 少年は、ベッドから起き上がった。

 今は、夕食の時間だと自分に言い聞かせた。

 少年は涙を拭った。

 少年の目に涙はなかった。

 少年は、自分を嫌いになった。

 少年は、自分がすごい人間だと思った。

 少年は、自分以外の人間を好きにならないと心に決めた。杭を打った。

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