第4話 男
少年は、委員会で学校に残っていた。
教室にいるのは、少年と、少年が好きな少女の彼氏の男だった。
少年はまったく気まずいと思わなかった。
男はずっとそわそわして、落ち着かない様子だった。
首をかいたり、髪をいじったり。
その中でも、とくに貧乏ゆすりが酷く、少年はそれがとても嫌だった。
「あのさ」
先に口を開いたのは男だった。
「お前は俺を恨んでいないのか」
少年はその言葉が理解出来なかった。
少年は、男になにかされた覚えはなかった。
「なぜ」
少年は聞いた。
男は黙った。
「俺はお前の好きな人を奪った」
少年はその言葉が理解出来なかった。
少年は奪われたとは微塵も感じていなかった。
少年は、自分よりも少女のことを幸せにしてくれる人が現れたと感じていた。
少年は、少女が幸せならそれでよかった。
「お前と付き合っていた少女を、俺は奪った」
少年には理解出来なかった。
「今は幸せだ」
少年は男に言った。
男は目を丸くした。
少年は、自分の考え方は男にはわからないと思った。
委員会の仕事は首尾よく進んだ。
仕事が終わり、帰ることにした。
「お前が望むなら、俺は少女と別れる」
少年は、それが許せなかった。
「それはだめだ」
少年は、男に、またはそれよりもいい人に、少女を好きになって欲しかった。
少年は、それが幸せだと考えていた。
「そうか」
男は、教室を出た。
少年は、少し教室の空気を吸ってから、教室を出た。
少年は、心の中で、教室にありがとうと言った。
「この後用事はあるか」
男は楽しそうに聞いた。
少年はないと答えた。
「ファーストフード店にいこう」
男は腹を空かせていた。
少年には、断る理由がなかった。
男はたくさん注文した。
少年の倍の数を食べた。
「奢りなんだからもっと頼め」
男はたくさんお金を持っていた。
少年は、人にお金を出してもらい食べることがとても久しぶりだった。
少年はとても嬉しかった。
だが、少年は申し訳ないと思い、安いものを選んだ。
「お前はいい人だ」
男は飲み物を片手に、少年へ言った。
「俺は憎んでいい相手だ。なのにお前は俺に優しく接する」
少年は、少年が男を尊敬しているということは言わなかった。
代わりに男に問いた。
「君は少女と居て、幸せなのか」
男があまりにも否定的になるものだから、少年は心配になっていた。
「あぁ」
とても幸せそうに頷いた。
「お前は一人で居て、幸せなのか」
少年は、一人ではないと思った。
「あぁ」
少年は、少女の幸せと男の幸せが同じものだと感じた。
少年は、疎外感を感じた。
少年の幸せと、少女たちの幸せは、別のものだと感じた。
少年と男は、ファーストフード店を後にした。
店の外は日が暮れていた。
男は駅へ向かう。少年は手を振った。
少年は、男が見えなくなるまで手を振った。
見えなくなった時、少年は身体に溜まった空気をたくさん吐き出した。
少年は、夜の空気が好きだった。
昼間の暖まった空気ではなく、夜の少し冷えた空気が好きだった。
少年はもう一度空気を吸い込んだ。
肺が膨れる感覚が、窮屈さが辛かった。
少年は空気を吐き出し、さらに吐き出した。
一人でいる時にしか味わえない空気の味を、少年は知っていた。
少年は、夜の街をゆらゆらと歩き出した。
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