第2話 少女
それはちょうど、二年前の今と同じぐらいの時期のことだった。梅雨に入り、暖かくなってきた頃。
その年は、梅雨入りの時期にも関わらず、まだ桜が散っていなかった。緑と茶と桃の色が混ざり、季節の分かれ目だと実感できる。
彼は、高校一年生だった。入学式が終わり、三週間程経った頃だった。
次第に打ち解けていった教室での出来事。
少年が、少女に告白した。
少年が、幸せを手にした。
少年は、とてもとても幸せだった。
少年は、世界で一番の幸せものだった。
少女のことが、とてもとても好きだった。
だが、少年はその時までに、一度も女性と付き合ったことがなかった。
彼女が欲しいというものは、できる限り買ってあげた。
彼女が見たいというものを、できる限り見せてあげた。
少年は、それでもとても幸せだった。
望みを叶えてあげたら、幸せそうにする少女がとても愛おしかった。
少年は、少女を幸せに出来るのは自分だけだと感じた。
少女は、他の人と帰る。と言って、一人の男と帰宅した。
次の日、その男が、学校に遅刻してきた。
少女は欠席。
少年は不安だった。これまでにない程、不安だった。
何度もメールを送った。何度も電話をかけた。
三日間、少女は学校を休み続けた。
三日後に、少女は学校に来た。
少年は、とてもとても心配で、少女に質問をした。
「三日もの間、連絡が取れなくて心配した。どうかしたのか?」
少女は告げた。
「体調を崩していた」
少年は安心した。
「無事でよかった」
少年はその日から、一人で家まで帰ることになった。
少女は毎回、何らかの理由で、学校に残っていた。
一度は先生に呼ばれて。一度は課題が終わらなかった。一度は委員会で呼び出しをされた。一度は追試を受けなくてはならない。一度は友人との約束が。
少年は、それでも少女のことを信じていた。
なぜなら、それほどまでに少女のことが好きだったからだ。
少年はそれまで、一度も女性と付き合ったことがなかった。
だから、それが普通なのだと思っていた。
次第に、少年と少女は話さなくなった。会う機会も減ってきた。
少女が体調不良を理由に休むようになった。
一週間、心配している。お見舞いに行く必要はあるか? そう聞き続けたが、少女からの連絡は来ないままだった。
少年は、諦めた。
少年は、信じることを止めた。
少年は、涙を流さなかった。
少年は、少女が幸せならいいと思った。
連絡をしなくなってから、一ヶ月が経った。
少女が学校に来た。
少女が学校に来ると、友達がその周りを取り囲んだ。
「おめでとう」
「羨ましい」
「お幸せに」
黄色い声が飛び交った。
少女の席は、教室の真ん中だったから、多くの視線が集まった。
二日で教室の全ての人が知ることになった。
『少女は、あの男と付き合うことになった』
少年の耳に入ってきたのは、少女が学校に来るようになってから二日後のことだった。
少年は、幸せそうに笑った。
少年は、嬉しそうに笑った。
少年は、少女に、おめでとうとメールを送った。
それから少年は、授業中、教室の端っこで校庭を眺める時間が増えた。
昼休みは、図書室へ行く時間になった。
帰りは、スマホと睨めっこをする時間になった。
教室では毎日、少女と男が中心のグループが、放課後の予定を騒ぎ合う。
少年は、少女を見ていた。
少女は、少年を見ることはなかった。
それでも少年は、幸せそうに笑っていた。
それでも少年は、嬉しそうに笑っていた。
少年にとって、少女は幸せの象徴だった。
少女が幸せそうに笑うと、少年はとても幸せになった。
少年は、とても幸せだった。
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