第30話 お姉ちゃんのオモイ

 後日、小嶋さんに呼ばれて彼の家を訪れた。


 経過を診る為に、数日入院をしていたものの、良好と言う事で退院したらしい。

 まだ無理は出来ないという事で、松葉杖を使ってはいるが、問題は無いそうだ。

 本当に良かった。


 彼の家のソファに対面で座り、一通り挨拶を交わした後、今回の件や、雫の事を話した。


 先ず例の男の事だが、雫と付き合う前に、小嶋さんの店で雪乃さんにも会っていたらしく、その時に一悶着あったと聞いた。


 逆恨みした男は、当時この辺で話題にもなっていた、通り魔事件を模倣する形で、雪乃さんを襲った。


 少し脅してやろうと思ってやったが、後で死亡していた事を知り、蒼白となった。しかし落ち込む雫を見て、これを利用する事を思いつく。慰める名目で近づき、交際まで漕ぎ着けた。


 その一方、人を殺してしまった事で、いつ警察に逮捕されるか、という恐怖もあり、精神的にはかなり不安定になっていたようだ。


 雫の前では誠実な人間を演じながら、裏ではその恐怖から来るストレスを、他の女に粉をかける事で誤魔化した。


 悪かったのは、その中にクスリをやっている女がいて、勧められるまま自身もそれを試すと、一時的にストレスから解放されたような高揚した気分になり、以来クスリにハマった。


 雪乃さんの事を殺害していたのは、完全に予想外であり、雫の事を思うとやり切れない思いに駆られた。


 最愛の姉を殺した相手と婚約するなど、知らなかったとは言え、相当に堪えているだろう。


「小嶋さん、雫は大丈夫ですか?」


「正直危なかったと思います。本当に自殺まで考えていたでしょう。」


 そりゃそうだろう。

 だって、婚約破棄をした時にですらそう思ったみたいだし、今回知った事はその比じゃない。さらに小嶋さんを刺して、俺まで殺そうとしたのだ。


 全てクズの自分勝手のせいだが、あの優しい女の子は、それを自分のせいだと思い、自責の念に押し潰されてしまうだろう。


「今は落ち着いているんですか?」


「ええ、少なくとも自分で命を絶つ事はしないと思います。」


 そうか、それは良かった。

 しかし何かきっかけがあったのだろうか。


「今の雫ちゃんに必要なのは、愛情です。俺は結婚を承諾してくれた雪乃と約束をしました。雪乃が死んでも雫ちゃんを守るって。でも…俺は雪乃が亡くなったショックで逃げ出してしまいました。料理の修行なんて言い訳をして。」


 本当に雪乃さんを愛していたんだろう。無理もない。何の準備もなくいきなり命が奪われたのだから。


「雪乃の誕生日に戻って来ると龍二達に連絡をした所、今回の件を聞いたんです。これは、雪乃が俺に知らせたんだと思います。今回は何とかギリギリ間に合ったのかも知れませんが、あの男との交際までは知らなかった。雪乃に合わせる顔がない。」


 小嶋さんは自分の不甲斐なさに悔いているのか、涙を浮かべて唇を噛み締めている。


 俺はこの件に巻き込まれ、命まで狙われた言わば渦中の人物なのだが、どうしても一歩引いて見ている自分に絶望していた。


 壊れている。俺は。


 雫の事は好きだ。

 だが、恐らく目の前にいるこの人のような、雫に対しての愛情は持っていないのだろう。


「今更ですが、俺は雫ちゃんを家族だと思ってます。雪乃との約束もありますが、家族として、これからは雫を守って行くと決めました。雫ちゃんの気持ち次第ですが…山口さん!」


 皆まで言うなってやつだな…

 俺達はただのセックスフレンドだよ?


 シズクも小嶋さんも、お互い家族愛はあっても、恋愛感情は無いのようだが、今の二人はお互いに支え合える関係なのだろう。


 愛情が必要なシズクに、例え好きだとしても、愛する事の出来ない俺が傍にいる訳にはいかないよな。


 シズクには幸せな家庭を築いて貰いたい。

 だったらこの関係は、終わらせるべきだ。


 そもそも、シズクの恋人でもない俺に対して、小嶋さんが通す筋なんかない。


「大丈夫です。小嶋さん。わかってますよ…俺は雫を好きになりました。だから、幸せになって貰いたい。それを壊すような真似は絶対にしません。もう、会いません。」


「山口さん、ありがとうございます…」


「お礼なんて…そうだ、雫が落ち着いているきっかけって何だったんですか?」


「ああ、先日雪乃の誕生日だったんですが…」



 ◇◆◇◆◇◆


 私は、どうしたらいいんだろう…

 こんなに辛い思いはもうしたくない。


 お姉ちゃん…助けて。


 お姉ちゃんの誕生日をお祝いする為に、家にスミレさん、龍二さん、アキさんが来てくれた。


 皆で飲みながらお姉ちゃんの思い出なんかを話してるけど、今はそれがとても辛かった。


 心ここに在らずで、笑顔も作れない私にアキさんが話しかけてくれた。


「雫ちゃん、君の誕生日はまだ先だけどね、ちょっと渡したい物があるんだよ。」


「…はい。」


 アキさんはどんな顔をしてるんだろう。

 俯いて顔も見れない。


「雪乃と俺からのプレゼントだ。一緒に考えて、本当はあの年に渡す事になってたんだけど…遅れて悪かったね。」


 目の前に細長い包みが差し出された。

 お姉ちゃんと一緒に?プレゼント?


「開けてごらん?」


 アキさんは優しく言ってくれる。


 包を開けたら、綺麗な木箱が現れた。

 箱を開けると、可愛い封筒と包丁が入っていた。


「雫ちゃんが料理にハマって包丁を欲しがってるって聞いて、一緒に選んだんだ。」


 私は包丁が入っている箱をテーブルに置いて、封筒から紙を取り出した。


「…っ!」


 驚いて思わずアキさんを見つめた。


「雫ちゃん、ごめん。本当はもっと早く渡さないといけなかった。ごめん…」


 謝るアキさんを見つめて、何も言えずに再び紙に目を落とす。


 お姉ちゃんからの手紙だった。




『雫へ


 お誕生日おめでとう♡


 お父さんとお母さんがいなくなってから、雫には寂しい思いさせたかもしれないけど、お姉ちゃんは何時でも雫の事を思ってるし、雫の事を愛してます♡


 それと、お姉ちゃんの結婚をとても喜んでくれて本当に幸せだと感じてます。

 結婚しても、雫の事が一番大事だし(当然明夫よりも!)勿論一緒に暮らすんだから、何も変わらないし、何も心配しなくていいからね?

 いえ、雫の事を大事に思ってくれる家族がもう一人増えるんだから、もっと幸せにしてあげる♡

 これからは、明夫と一緒に、家族として雫を守るからね!


 雫、私の妹として産まれてきてくれてありがとう。


 愛してます♡ 』



「お、ねぇ、ちゃ〜ん」


 涙が溢れた。産まれてきてくれてありがとうなんて…


 私のせいでこんな事に…


「酷いだろ?俺よりも大事だって正面切って言うだからね。でも、そんな雪乃の事が大好きだったんだ。そして約束した。家族として雫ちゃんを守るってね。」


 次から次に涙が溢れる。声も出なくて、手紙を胸に抱き締める。

 そんな私の背中を優しく撫でてくれるアキさん。


「遅くなったけど、俺も雫ちゃんの家族にしてくれないかな?俺だって雪乃には負けるけど、君の事を愛してるんだよ?雪乃の妹として産まれてきてくれてありがとう。」


「わぁあぁぁ〜!あぎざぁ〜ん!」


 もう耐えられなかった。今まで抱えてきた悲しみを分け合える人が目の前にいる。


 私を愛して、最後まで私を思ってくれたお姉ちゃんがいた。


 お姉ちゃんの妹で良かった。

 私だってお姉ちゃんの事愛してる。


 私はお姉ちゃんの思いに応えないといけない。幸せにならないとお姉ちゃんは悲しむんだ。


 ありがとうお姉ちゃん。

 今までもこれからも愛してるよ。


 お誕生日おめでとう。


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