第27話 雫のキモチ

 シンさんの所に避難させて貰ってから、あのクズのせいでささくれ立ちそうだった心が、本当に救われてる。


 いや、シンさんと出会ってからと言った方が正しいかも。


 もちろん、スミレさんや龍二さんの存在はとても大きいし、二人がいなかったら私は…お姉ちゃんの後を追っていたかもしれない。


 シンさんと出会う少し前、私は本当にカラッポになってて、生きる目標と言うか、生きる気力を失ってた。


 唯一の肉親を失って、家族を作ろうとして裏切られ、一人の時間に怯えて、寂しくて寂しくてどうにかなりそうだった。


 そんな時に出会って、沢山甘えさせてくれた。


 シンさんも天涯孤独で、女性関係ではとても大変な目にあってて、それは私よりも酷い目に…


 それでも私を受け入れてくれたシンさんは、とても優しくて、穏やかで…あ、エッチの時は凄いけど。


 一緒に居ると凄く安心するし、居心地が良い。

 そんなシンさんを好きになるのは、自然な事だと思ってた。


 でもシンさんは、『今は状況が普通じゃない。だから後悔しないように、今の状況を乗り越えてから考えよう』って言ってくれた。


 確かに吊り橋効果とか聞いた事もあるけど、そういう事を言ってるのかな…

 よく分からない。


 初めて会った時から気になってるし、身体の関係を持ってすぐに、シンさんは自分の体験を話してくれた。


 それは、婚約破棄をした事がある意味良かったと思わせようと話してくれたみたいだった。


 シンさんも私がそう思いたいと感じて話してくれたはずだ。

 でも本当はシンさんの事が知りたくて、話を聞いてみたいって思ってた。


 一緒に暮らすと、もっとシンさんの事が分かると思って、不謹慎だけど嬉しかった。


 まだ二日しか経って居ないけど、色々分かった。

 好きな本、好きな食べ物、好きな音楽、表面上の事は沢山。


 内面は、まだまだ分からない。

 スミレさんが言ってたけど、シンさんは一歩引いて接するって。


 そんな感じは確かにする。もっと近づきたいって思うけど、それは寂しいと思う私の我儘かもしれない。



 アキさんが予定よりも早く帰ってくると聞いて、私は本当に嬉しかった。


 あのクズと別れて、お姉ちゃんが居なくなった時に、スミレさんがお姉ちゃんに聞いたことを教えてくれた。


 あのクズがお姉ちゃんにまで色目を使っていたらしい事。その時にアキさんがお姉ちゃんと私の事を家族って言って、手を出したら許さんって怒ってくれたこと。


 私にもまだ家族がいるんだって、凄く嬉しかったし、安心した。


 お姉ちゃんと付き合う前まで、私はアキさんに憧れてた。

 憧れの人がお姉ちゃんと結婚すると聞いた時、ショックを受けるかと思ったけど、それ以上に、お姉ちゃんが幸せになってくれる事の方が嬉しくて、全然ショックを受けなかった。


 アキさんに会えることが待ち遠しい。


 そして『ぐっち』で久しぶりに会った。

 私を心配して、早く帰って来たと聞いていたから、嬉しくてしょうがなかった。


 気が付いたら一人で喋ってて、シンさんを紹介する事も忘れてた。


 シンさんごめんなさい。


 私に気を使って、二人で話をしてこいと言ってくれたけど、アキさんに会えて嬉しい反面、シンさんに気を使わせて申し訳ない気持ちもあった。


 アキさんと話すと、お姉ちゃんと話してるみたいに安心して、ずっと笑顔だったと思う。


 そんな中、カウンターで飲んでいるシンさんにマヤさんが絡んでいるのが見えて、少し嫉妬した。


「雫ちゃん、山口さんとどう言う関係かって、龍二達から一応聞いてるよ。やっぱり好きなの?」


 シンさんを気にしていた事に気が付いたのか、アキさんからそう言われた。


「はい…でも、正直よくわからなくって。」


 そう、わからない。

 好きな気持ちは間違いない。だけど、優しさや居心地の良さに、依存しているのではないかと言われれば、否定も出来ない。


 それに、シンさんは人を愛する事が出来ないと言う。正直、自分がシンさんを愛しているだけで満足出来るかと考えてみても、それは多分満足出来ない。愛する人に、見返りを求める訳では無いけれど、私が考える夫婦は、愛し合っていないと、幸せだとは思えないから。


「今は時期が悪いかもなぁ。スミレちゃんも突然あんな事言うし…」


 知らないうちに、色々と考えてしまっていたみたい。

 アキさんが何事か呟いたのが聞こえて、我に返った。手に持っていたレモン酎ハイをコクリと飲み、気になった事を訪ねた。


「スミレさんが何か言ってたんですか?」


「いや、何でもないよ。そうだ、雪乃に手を合わせたいんだ。本当は帰ってすぐにそうしたかったんだけどね。」


 何かを誤魔化すように苦笑いしながら、アキさんは言う。


「すみません。聞いているとは思いますけど、避難させて貰ってて。えっと、なんだったら今から行きます?」


「いいの?そうして貰えるとありがたいけど。」


「はい。ちょっとシンさんに言ってきます!」



 お店を出て、二人で家に歩いていると、ある場所でアキさんは立ち止まった。


 夜は本当に人通りが少ないこの道。

 そう、あの日お姉ちゃんが通り魔に襲われた場所だ。


「アキさん…」


「ごめんね。雫ちゃんにもつらい場所なのに…」


 立ち止まって、少し沈黙が流れた。

 色々と思い出してしまって、泣きそうになる。アキさんも多分思い出しているんだと思う。


 だから気が付かなかった。

 背後から人が近付いているのに。


 気がついた時には、アキさんの背後にナイフを持った男が迫っていた。


「アキさん!!」


 絶叫に近い声でアキさんを呼んだ。


「……?!」


「お前、やっぱりあの時の奴だな。覚えてろって言っただろ?」


 アキさんの足に、ナイフが根元まで刺さっている。そして、その場所は…

 恐怖で呼吸が出来なくなって、へたり込む。


「ぐあぁ!お前ぇ!」


 アキさんの顔が痛みで歪んでいる。

 いやだいやだいやだ!


「おい、雫!来い!お前は俺の物だろうが!」


 元婚約者だった男は、以前より痩せて、目が血走っているようだった。

 暗闇でもわかるその赤い目のせいか、まるで人ではないような悍ましい化物に見える。


「お前も、あのクソ女も、俺達の邪魔しやがって!あのクソ女と同じになれて良かったな!まさか、死ぬとは思わなかったけどな!」


 何を言ってるの?

 死ぬとは思わなかった?


「お前、まさか、雪乃を?」


 アキさんは足を抑えて、その悍ましい化物を凝視している。


「知るかよ!雫!来い!」


 いやだいやだ!

 私の腕を力一杯引っ張って立たせようとする。脚に力が入らない私に苛立ったのか、思い切り平手打ちをされ、乱暴に髪を掴まれた。


 ブチブチと髪が引きちぎられる音を聞きながら、その痛みに呻いている私に、顔を近づけて叫んだ。


「立てよ雫!後もう1人ぶっ殺す奴がいるからな!アイツの家に行ってただろ?知ってるぞ!」


 もう、何を言ってるか分からないよ。

 アイツってシンさん?

 シンさんも殺す?


「お前ぇ!雫から離れろ!」


 脚を引きずりながら、アキさんが覆い被さるようにして化物を殴りつけてる。

 もう、なにがどうなってるのか訳が分からない。


「くそっ!また邪魔するのか!なんなんだ何奴も此奴も!あぁぁぁあ!!お、俺の言う事を聞けよ、ば、馬鹿どもがぁ!!……ユミも、会社も、俺が悪い様な事ばかり言うんだよ。悪いのは俺の思い通りに動かない奴のせいだろ?ふふふっ…まぁいいか。し、雫、また後でな。アイツを殺して、迎えに来るからな!アハハハハハハハハハ!!」


 口内を切ったのか、ブクブクと血の混じった泡を撒き散らしながら、独り言のように呟き、激昂する姿が恐ろしくて、震えが止まらない。


 アキさんは、刺された場所を抑えて、私を背にかばい、守ってくれている。


 その化物は、一度嫌な目で私を見詰めた後、鼻と口から血を流しながら、逃げ去って行った。


「ぐうっ!し、雫、大丈夫か?」


「あ、え?」


「雫!しっかりしろ!」


「あ、…あぁぁ」


「雫!このままじゃ山口さん殺されるぞ!」


「!!だ、ダメ!アキさん!脚が!」


「大丈夫だ。雫は山口さんに連絡をするんだ。俺は…取り敢えず、警察と救急に連絡するか。いってぇ〜。」


 未だ混乱している頭で、アキさんに言われた通り、シンさんに連絡をした。


『もしもし?』


「シンさん!アキさんが!アキさんがぁ!」


 助けて!もう誰も死なないで!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る