第26話 応援出来る?

 雫が来てから二日が過ぎた。


 今の所変わったことも無く、平穏な日々をおくっている。


 今日は『ぐっち』に行く事になっている。

 雫が大将から、師匠が帰ってくるからおいでと言われていた日だ。


 師匠と言うのは、雪乃さんの婚約者だった人の事だと教えてくれた。


 本当だったら今週末に帰ってくる予定だったのだが、雫の現状を大将に教えられて、予定を早めてくれたそうだ。


 帰ってくる帰ってくると言っているが、何処に行っていたの?と雫に聞いてみた。


「あ、すみません。そうですよね、お姉ちゃんの婚約者だった人は、『小嶋 明夫』さんと言います。飲食店を経営してたんですけど、料理の修行をやり直すと言って、海外に行っていたんです。」


 なるほど。しかし、お店の経営までしてたのに、修行をやり直すとは、気概のある人だな。


 大将は小嶋さんから料理を教えて貰って、今があるらしい。人に教える程の腕でありながら、まだ人から教えを乞うとは、なかなか出来ることじゃない。

 特に大人になればなるほど、素直に学ぶのは難しいものだ。固定観念や、今迄培ってきた経験を一先ず置いておいて、新たな知識を得る。自分のやり方と違う事をしているのを見ると、反感を覚えるのは仕方ない事だからな。



 俺は直接呼ばれた訳では無いが、雫が行くなら俺が行かない訳にはいかない。


 という事で『ぐっち』に到着した。


 カウンターに座って、大将と談笑している男がいた。


 男前だな。

 短く刈り込んだ髪。奥二重でキリッとした目。


 白いシャツに薄いブラウンのジャケット、細身のブラックジーンズ、濃いめのブラウンのローブーツ。


 シンプルでありながら、大人のオシャレを醸し出している。


「アキさん!お久しぶりです!」


 雫が嬉しそうにかけて行く。

 ああ、あの人が小嶋さんか!


 ほぁ〜、Theイケメンだ!


 ま、まぁ男は中身だからな!俺は中身もイケメンではないけどな!


 一応挨拶をしとくべきかな?

 雫の後をついて行ってみたが、彼女は久しぶりと言うこともあるのか、夢中で話している。


 うーむ、居心地悪いな…


 そんな俺に気が付いた小嶋さんが、苦笑いして雫を諭す。


「雫ちゃん、其方の方を紹介してくれるかな?」


「あ、ごめんなさい!私が凄くお世話になってるシンさんです。」


「山口 眞です。初めまして。お世話って程の事はしていませんが…」


 俺も思わず苦笑いしながら挨拶をする。

 今日は積もる話もあるだろうから、彼らとは別で飲むことにしよう。


「小嶋 明夫です。一応、龍二とスミレちゃんから話は聞いてます。この度は雫が大変おせわになり、本当にありがとうございます。」


 カウンターの椅子から立ち上がり、握手を求めてくる。真摯な態度だ。


 こりゃあ、男前だ!勝てねえわ。

 身長だって俺より10センチくらい高いかな?


「いえいえ、本当に大した事はしていないので。雫も、今日は積もる話もあるだろ?俺は向こうで飲んでるから、気にしないでいいからね?」


「あ、シンさん…はい。ありがとうございます!」


「小嶋さん。それじゃ、失礼します。」


「はい。山口さん。今度一緒に飲みましょう。」


 一通り挨拶を済ませると、雫と小嶋さんはテーブル席に移動した。


 俺は俺で、何時ものカウンター席に座りボトルを出して貰う。


「シンちゃん、ありがとうね。気を使ってくれて。」


「スミレさん、いいって。それよりさ、雫ってもしかして小嶋さんの事好きなんじゃないの?」


「シンちゃんは雫の事を好きになった?」


「はい?今俺が雫の事聞いたんだけど…まぁいいか。そうだね、好きだよ?」


「結婚しても良いくらいに?」


「…スミレさん。分かってるだろ?スミレさんが俺に役割を与えてくれたんだから。俺は雫が好きだから、幸せになって貰いたい。」


「はぁ〜。まったく、私はシンちゃんならいいかなって思ってたんだけど……明夫さんの話だったわね?雫は明夫さんの事が好きだったわ。雪乃と付き合う前からね?」


「やっぱりなぁ。笑顔が違うよね?」


 心・技・体 が揃ってるあんな人なら納得だわ。


「今は知らないわよ?色々と話さないといけない事もあるんだけど、あの二人に、もしその気があるのなら、シンちゃんは応援してくれるかしら?」


 なんだかなぁ。多分それが一番収まりがいいんだと思う。


 俺は飽く迄も繋ぎだ。


「もちろん!あの人に任せとけば大丈夫なんだろ?」


「ええ。間違いないわ。ありがとうシンちゃん。ごめんなさい。」


「謝らなくていいよ。俺はお役御免だな。」


 スミレさんが言うには、現在の二人の状態は、兄と妹の様なものらしい。

 天涯孤独の雫には、とても大切な家族であり、小嶋さんにとっては、亡き婚約者から守って欲しいと言われていた大切な妹。


 川口家としては、この二人に一緒になってもらいたいと、そういう事みたいだな。


 今すぐに付き合うだとか、恋人のような感情を持つのは難しいだろうが、二人の間には確かな絆があり、穏やかな愛情を築いていくものだと思われるそうだ。これは、お見合いのようなものだと。


 そして、その穏やかな愛情こそが、雫にとって、何よりも求めているものだと、そう思っているようだ。


 雫をよく知る川口家の言う事だ。間違いないのだろう。


「女の子紹介しようか?マヤちゃんなんてどう?」


「断わる!」


「ちょっとシン!聞こえてるからね!」


「ああ、マヤいたのか。」


「スミレさぁん。私にこんな枯れた男紹介しないでよぉ〜。」


「枯れてねぇよ!カッチカチだぞ?色々と!」


「マヤちゃん、シンちゃんは凄いらしいわよ?」


「え…?マジで?ちょっと一発試す?」


「馬鹿か?女が一発とか言うなよ。」


 雫がどう思ってるのかはわからないが、俺の役目も終わりそうだな。


 少しの寂しさはあるが、これで雫も幸せに近づくなら、本当に祝福したい。


 テーブル席で楽しそうに話してる二人を眺めてると、気持ちが優しくなっていく自分がいる。


 スミレさんから提案があった。小嶋さんは、帰って来て一番最初に雪乃さんの位牌に手を合わせたかったらしいが、こんな状況で雫が俺の家に居た事もあり、まだそれが出来ていない。だから、今夜は小嶋さんと雫はマンションに帰って貰えば良いと。

 スミレさん達も店が終わってから合流して、みんなで飲むことにするらしい。


 なるほど。じゃあ俺は雫の荷物を届けてやるか。明日以降、雫の傍に小嶋さんがいるなら大丈夫だろう。


 俺も彼女の荷物を自分の家に置いておく事に、なんとも言えない気持ちになるし。


 雫と小嶋さんは先にマンションに向かう事になった。


「あ、あの、シンさん。後で連絡します!」


 申し訳なさそうな顔で、そう言いながら帰って行った。


「あれあれ〜、シン。寂しいの〜?」


「うるさいぞ。このオッパイが!」


「ふへへ。揉む?」


「じゃあ、失礼して…」


「マジで揉もうとするな!」


 こういう時にこいつは役に立つな。

 喧しくて良い。


 不意に大将が奥に引っ込んだかと思うと、苦々しい顔をして戻ってきた。


「龍ちゃん、何かあったの?」


「ああ。シンちゃん、例の男なんだけどな、警察は動いたけど、奴の住所には既に居なかったそうで、俺の方で動いて居場所は特定させてたんだ。それが逃げられたらしくて、今は行方がわからん。」


 マジか…て言うかさ、警察に見つからないのを特定とか…

 いやいや、今はそれどころじゃないか。

 またしばらく警戒しないとな。

 あ、もしかしたら俺はもう関係無くなるのかな?


 今日の所は荷物を持って行ってやろう。

 ちょっと多いからな。


「おい、マヤ!行くぞ!」


 荷物運びを手伝わせよう。


「は?どこに?ホテル?」


「いや、俺の家だ。」


「ええ!マジで?ヤッちゃうの?」


「ヤラねぇよ!荷物運び手伝え。手伝ったら奢ってやるから。」


「はぁ〜?なんで私が…いいよ?」


 いいのかよ!こいつ本当に良くわからんやつだ。面白いからいいけど。


 自宅の住所を教え、マヤを伴って馬鹿話をしながら俺の家に向かう途中、携帯が鳴った。


 雫からだな。後で連絡するって言ってたけど早くない?


「もしもし?」


「シンさん!アキさんが、アキさんがぁ!」


 悲痛な声が携帯から響いた。


 明らかに異常事態だ。

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