第20話 ユミさん

 こんな時に、お姉さんが居れば心強かっただろうが、残念な事にそれはどうしようもない。


 雫のお姉さんである雪乃さんは、妹の事を溺愛していたという。

 こんな事になっているのに自分が居ないなど、さぞかし無念だろう。


『ぐっち』からホテルに戻って来た。


 店では眠そうにしていたが、ホテルに入ってからは楽しそうにしている。


 さて、大将から一週間時間をくれと言われたが、どうしたものか。


 雫と話し合って、来週は仕事帰りに『ぐっち』で待ち合わせて、雫の家まで送り届ける事にした。

 雫は申し訳なさそうにしていたが、大した手間ではないと言って、俺が押し切った形だ。


 川口家の協力で、一週間後何かしらの結果が出るのかな?


 しかしあの男、何をしたいんだ?

 もう関係を修復する事など出来るわけがないし、それにあんな態度で靡く女など、いるはずもない。

 ちょっと壊れてるんじゃないだろうか。


 聞く所によると、ほかの女にも粉をかけているようだし、雫に拘る必要も無いはずだが。

 それもこれも、おそらく独占欲のせいだろうな。


 これは執着ではないと思う。

 執着とは、忘れられない思いの事だ。


 あの男のそれは、思いでは無いだろう。

 自分の物を、他者に取られる事が許せないのだ。


「あまり向かい合うのは嫌だろうけど、今後の事も考えて色々と確認しようか?」


「はい。なんか私の問題に巻き込んでしまってすみません。」


「気にしなくて良いよ?っても無理か。じゃあ、身体で返して貰おうかな?」


「はい!喜んで!」


 笑顔になったな。雫には笑顔が似合う。


「シンさんやっぱり優しいですね…」


 クックック、何を勘違いしているのか、俺は本気で身体で返して貰おうと思ってるからな。


 しかし今は目先の問題だ。

 あの男と別れてからは、会う所か連絡もしていなかったそうだ。


 それでは何故今更会いに来たのか。自分の物なのに、連絡も取れない事に怒っている、とかいうクズな思考なのだろうか?


 わからんな。情報が無さすぎる。


 今朝初めて姿を現したとはいえ、電話を何度もかけてきたりしたようだし、ストーカーになりかねないよな。

 どんな心境なんだろうか。ストーカーになる奴や、ストーカー被害に合う人は。

 俺には無縁だから、考えが理解出来ない。


 やっぱり大将の結果を待たないとダメかな?


「あ、一つだけ探れる方法があるかも…」


「ん?どんな方法?危険はないの?」


「多分、大丈夫だと思います。ユミさんと連絡取ってみようかと。」


 ユミさん?誰だ?


「あの…例の、あの男とどういう関係なのかって詰め寄ってきた女性です。」


 ああ、ある意味ファインプレーの女性か!

 この人が居なかったらあの男と結婚してたんだからなぁ。


 もう夜だし、いきなり電話すると失礼だからと、メールを送ってみますと言い、雫は携帯を取り出す。


 メールを送って暫く、雫の携帯が鳴った。

 ユミさんから電話がかかってきたようだ。


 なんだか割と親しげに話している。

 それから今回の事情を話して、俺にも聞かせる事を了承してもらい、スピーカーで会話をする事になった。


「ユミさん、初めまして。山口 眞です。わざわざ夜遅くにすみません。」


『あ、はいはい。初めまして。私も雫ちゃんに連絡しようか迷ってたからね。ちょうど良かった。あのクズに迷惑かけられてるらしいね?』


「俺じゃなくて、雫がですけどね。」


 あのクズって、この女性は歯に衣着せぬタイプなのだろう。好感が持てる。


「ユミさん、あの後なんですけどあの男…あのクズと会ったりしてたんですか?私は連絡も取らなかったんですけど。」


 雫もクズって言い直したな。どうやら今後あの圭一さんとやらの呼び名は『クズ』で統一されるようだ。


『それがね、あのクズしつこくてしつこくて、もう一度会う事にしたの。最後に文句言ってやろうと思ってさ。』


「ユミさん凄いですね。私なんかもう二度と顔も見たくないって思いました。」


『あはは、正直さ、最初こそあんな出会いだったけど、その後の私に対する態度とか、あのクズの誠実さみたいなのに惹かれて付き合ってたんだけど、ほら、セックスだって全然良くなかったでしょ?』


「はい!全く良くなかったです!セックスもクズでしたね!」


 ちょっ…笑っちゃダメだけど笑いそうになるな。

 クズの誠実さってなんだよ。女どうしの会話はえげつないな。


『結局その誠実さも嘘で、騙された事に対する怒りが強くて、ぶん殴りたくなったから会っただけなんだけどね。』


「それで?会って文句言ってぶん殴って来たの?」


『うん、ぶん殴りはしなかったけど、文句は言ってやったかな。でもね、あのクズは凄く反省してるように見えたの。それで、これからはお前だけに尽くすって言われてね。結局それも嘘で騙されたんだけど。』


 ユミさんは騙されやすいタイプなんだろうか?それで一度は許したと言うのか?

 懐が広いというか、ちゃんとした男の人と付き合ったら良い恋人になれるだろうに。


『ここからがクズのクズたる所以なんだけどね、あのクズのセックスがそれから凄く良くなったのよ。』


「えぇ〜考えられません!」


『でしょ?明らかにおかしいと思ったわよ。やってる事は変わらないんだから。』


「それは、心境の変化とかなのかな?女性って気持ちが昂ると感じやすくなるって言うだろ?」


『確かに好きな人とセックスすると、感じやすくなるのはあるけど、その時はまだマイナスの感情が強かったから、そういうのじゃなかった。』


 そうなのか。これはちょっと不味い展開なのかもしれないな。


 男が待ち伏せしてるだけでも面倒なのに…

 俺の中の警戒レベルが上がった。


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