第18話 心のスキマ

 モーニングセット。


 ホットサンド、ミニサラダ、ヨーグルト(ブルーベリーソース)、お飲み物はコーヒ・紅茶・オレンジジュース(100%)の三種類から一点。


 500円也×2

 サービス価格だな…


 ホテルで朝食を摂った後、未だに元気が無い雫とシャワーを浴びる。


 ベッドに誘い、対面で膝の上に雫を乗せてギュッと抱きしめる。


「雫、さっきの事から先に片付けようか?なんで彼はいたの?」


 これは大切な話だ。

 セックスフレンドとして、セックスを楽しみ、セックスに集中出来るようにする為には、他の事に気を散らせるのは宜しくない。


 雫は俺の首に腕を絡ませて、首元に顔を埋めている。


「なんでいたかは、分かりません。ただ最近急に連絡があって、知らない番号だったから出たらあの人だったんです。」


「それで?なんだって?」


「とても興奮してたみたいで、自分にはお前しかいないとか、お前は俺の物だとか、兎に角話にならなかったんです。それでその番号を着信拒否して。」


 小刻みに震えながら話している。

 首に絡めた腕も力が入っているようだな。


「自分で壊しといて、何言ってんだか…雫、大丈夫?話すのは辛いかも知れないけど、ちゃんと解決させる為にも話してみて?それとも、ちょっと時間置こうか?」


「…はい。シンさん!」


 雫は不安そうな顔で俺を見つめ、唇を合わせてくる。


 あ〜、平日に会いたがってたのは、怖かったんだな。


 女の子が、最も嫌っている男から、いきなり訳の分からない感情を叩きつけられたら、そりゃ恐怖しかないわな。


 そんな事で女は落とせないぞ。馬鹿だろ。


 平日に会った時のセックスは、それはそれは激しいモノだった。

 貪られるような、と言うよりは、体温を感じて安心したかったのかな?


 そして今も、凄く密着している。

 重ねた唇も、ずっと離さない。

 少し離れたかと思うと、『シンさぁん…』

 って呟くように俺の名前を呼ぶ。


 そりゃね、普通ならこんな可愛い子から貪られるなんて、感慨無量ですよ。


 でもさっきの件があって、今は必死に不安を払おうとしてるようにしか感じられない。


 はぁ〜。これは守ってあげたくなる。

 だから激しく応えた。激しくキスして、強く抱きしめる。


 少しでも不安を払えたら、また後で続きを聞こうとは思うが――


 これは諸刃の剣だな…

 恐らく、宜しくない。




 行為が終わっても離れようとしない雫を、腕枕して落ち着くのを待つ。


「あ、シンさん、ちょっと待ってて。」


 不意に雫がテーブルまで行って何かを取って戻ってきた。


「はい、あーん!」


 雫が取ってきたのは俺の煙草だった。

 一本取り出して咥えさせてくれ、火を着けてくれた。


 深く煙を吸込み、吐き出す。


「ありがとう。」


 ニッコリ笑って例を言うと、雫も微笑み返してきた。


「私、シンさんが煙草吸ってる姿、結構好きなんです。見てたらこっちも落ち着いてきます。」


 俺の胸板に頬を寄せながらそんな事を言って見上げてくる。


「ははは、それなら良いけど、最近世の中は喫煙者に厳しいからね。嫌だったら言ってね。雫の前では吸わないようにするから。」


「嫌です!吸って下さい!お互いに遠慮がないこの関係が心地良いんだから…それにその姿を見るの好きだって言ってるじゃないですか。」


「そっか。じゃ、遠慮なく!」


 少しは落ち着いたようだな。


「えっとさっきの話の続きですけど、と言うか、さっき話した以上の事はないんですけど。」


「なるほどね。多分連絡が付かなくて痺れを切らして家まで来たって所かな。」


「多分…でも今更何の用なんでしょうね?」


 何の用と言うより、異常な独占欲なんだろう。


 厄介な。

 独占欲と、愛やら恋やらを勘違いしている輩は、大概厄介だ。元嫁然り。

 勿論、独占欲の無い愛情なんて無いだろうし、その欲を持てない相手が彼氏彼女なら、その相手に愛情があるのか、疑問符が付く。

 しかしながら、こういった輩はその方向性がおかしい。

 相手の事を考えない、いや、下手をすれば、自分の所有物だとでも勘違いした言動や行動をとる。


 ちょっと、いや、結構危険だろうな。


「相談出来るとしたら俺か、川口家だな。雫、暫く川口家にお世話になるとか出来ないか?」


 家を知られているなら、一人で居たり会社帰りは、接触される恐れがある。


 警察に相談は、一応したほうが良いだろうが、現段階では何もしてくれないだろう。


「それが、実はスミレさん達の家は、ウチの二件隣なんです。」


「は?え?同じマンションなの?」


「そうなんです。お姉ちゃんとスミレさんが一緒にマンションの見学会まで行って、一緒に買ったらしいです。」


「あちゃ〜、そうかぁ。じゃあ川口家に世話になったとしても、帰って来るマンションは同じなんだ。本当だったら心強いんだけど、今回の件ではその手は使えないか…」


「はい。あ、来週なんですけど、ちょっと予定が入ってて…大丈夫ですか?」


 眉を寄せて、申し訳なさそうにしているが、そんなに気にする事ないのに。


「大丈夫ですかって、大丈夫だよ?どうしたの?」


「だって…溜まっちゃうじゃないですか…そんな時にマヤさんなんかに誘われたり…ダメですよ!約束したんだから!」


 途中から暴走気味の発言になった事に苦笑いして、頬を掻く。


「そんな、十代じゃないんだから、一週間や二週間大丈夫だって。」


「えぇ〜、二週間は辛いなぁ。」


 エッチ好きになったなこの子。


「予定があるならそれを優先してね?」


「ありがとうございます。来週はお姉ちゃんの誕生日なんです。」


 ああ、それは大事だわ。


「お姉ちゃんの婚約者だった人がお姉ちゃんにお線香をあげに来たいって言ってて。スミレさんとか龍二さんも知り合いだから、一緒に誕生日パーティをするんです。あ、シンさんもどうですか?」


 どうですかと言われても、俺は君の彼氏ではないからね?お姉さんに通す筋も無いし、そういう場は、家族や、親友達と過ごす場所なのだろうさ。


 それにしても、そう言う事なんだよな。


「俺は遠慮しとく。お姉さんの好きだった人達とお祝いしてあげて?」


「あ…そうですよね。はい!ありがとうございます!」



 雫のお姉さんが亡くなり、天涯孤独になった雫を慰めると言う形で、あの男は近づいて来た。


 ある意味反則的な、恐らくそれは計算尽くの、あまり褒められたやり方ではない。


 心の隙を作るなと言う方が無理な話だ。


 ただ、それに近い事を、今の俺がしてやしないかと言うのが、どうしても気にかかる。


 今の雫には支えが必要で、本来頼るべき人から裏切られ、こんな事が無ければ、俺はただのセックスフレンドで居たはずだ。


 だからこそ思うのだ。

 現状で、俺の存在は、諸刃の剣になっていると。

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