第16話 お邪魔しました

 取り敢えずこんな所かな。


 実際は、離婚するのにもう少し手間がかかったし、協力してくれた女性とは話したけど、花蓮の名前も出していない。しかし大体こんな感じだった。


 色々と思い出しながら語ったが、終始シズクの事は見れなかった。


 浮気された話をしたのだが、結局俺も浮気した話になっているし、彼女の顔が嫌な感情を浮べる事を想像すると、なんとなく見れなかった。


 自分で話していて、やはり浮気している事を知っていて結婚したのは、愚かでしかないとつくづく思った。


 結婚生活が、全て無駄な時間になってしまった。


「シンさん。」


 暫く沈黙が続いた後、漸くシズクが言葉を発した。


「話してくれて、ありがとうございました。私は…シンさんのその体験に言える様な言葉は持っていません。そのうちいい事ありますよ、なんて適当な事も言いたくありません。」


 あ、いや…

 俺が話した趣旨が違うよね?


 なんと言うか…別に不幸自慢をしたかった訳じゃないんだぞ?


 シズクの気が少しでも軽くなれば、彼の浮気を結婚する前に知って良かった、そう思って貰えればと話したんだけどな。


 シズクが落ち込んでいる理由が、何となくだが分かる。今も引き摺っていて、悲しくなるのは、漠然としたものでは無いように思えるのだ。ただ好きだった彼に裏切られたショックだけではなく、恐らくは結婚にケチが着いたことの方が辛いように感じる。


 結婚に対しての考え方が、俺とは全く違う。

 結婚に抱く期待や希望は、人によって千差万別で、全く同じ思いを持った人って居ないはずだ。

 それでも、上手く噛み合って夫婦となった二人が幸せを掴める。


 例えばだ、金目当ての結婚だってあるだろう。

 男の方が金を持っているとは限らないし、麻衣子の不倫相手だったカズトくんも、逆玉に乗った。

 どちらかが金を持っていたから結婚したとは言え、そこに愛情が無いとは言えない。


 優先順位が違うだけだろう。

 自分の幸せに金が一番必要で、自分の好きな人は金持ちだから、結婚したいと。

 ただ、それをわざわざ口にする事は無いし、お互いに好き合っていて、幸せなら何の問題もない。


 と言うか、他人が口出すものでもないしな。


 顔が好きだからとか、性格が好きだからというのも、結局は同じだ。


 そこに愛情があればだがな。


 シズクの望む事は、家族を作り、暖かい家庭を守る事だったのだろう。


 浮気は、愛情のある相手を裏切る、最低の行為だ。

 どんな形であれ、家族となった、或いはなる相手がやっては行けない事だ。


 そういう意味では、相手が不倫していて、レスになっていたとはいえ、同じ事をした俺もクズだ。


「シズク、いいんだ。何か言ってもらおうと思って話した訳じゃない。と言うか、俺の場合は浮気を知っていて結婚したけど、例えばシズクが彼の浮気を知らずに結婚してたら、酷い目に合ってたかもしれないって、だから良かったんだって思って貰えるように話しただけだ。」


 シズクは多分、何か俺に声をかけたいけど、それが思いつかず、悲しそうな顔をしているようだが、しゃあないよ。


 君はまだ若い。時間をかけて色々な経験を積み、やっと出てくる言葉もあるんだ。


「だから、色んな人の色々な話を聞いたり、辛い経験もしながら、少しづつ過去を噛み砕いて行けばいい。」


「…ありがとうございます。」


 あらら、シュンとしちゃった。

 お説教おじさんみたいになってしまったな。


「なんだか随分長く話し込んでしまったな。そろそろ帰るよ。ご飯、ご馳走様でした。」


 いつの間にか午後3時になろうとしている。

 俺も昨日からスーツのままだし、家に帰って着替えたい。


 ソファから立ち上がって玄関に向かう。


「あ、あの、シンさん!」


 シズクは慌てて立ち上がり、玄関まで送ってくれるが、急に呼び止められた。


「今日も『ぐっち』に行きますか?」


「あー、どうだろ。夕飯作るのめんどくなったら行く、かも?」


「分かりました!今日は色々ありがとうございました。」


 じゃあまたね、と扉を開けた時に、一人の女性と目が合った。


「この人は、お姉さん?」


「あ、あはは、そうです。姉の雪乃です。」


 やっぱり、リビングで見た写真の人がお姉さんだったんだな。


「山口 眞です。お姉さん、お邪魔しました。」


 無言でやさしく微笑んでいるけど、心を射抜かれるような思いだな。


 シズクのマンションから俺の家は、歩いて帰れる距離だ。


 歩いたら30分はかかるが…


 ゆっくりと家まで歩きながら、色々と考えていた。


 今日の出来事、過去の出来事。


 俺の女運、どうなってんだ?

 んー、結局さ離婚の時にもあまり精神的ダメージを受けなかったのは、自分の気持ちをセーブしてたからだ。


 もう、女性に深入り出来ない精神構造が出来上がってるのだろうな。


 辛くはないが、寂しい人生だ。


 歩いているのは、閑静な住宅街だ。所々『痴漢注意』の張り紙が貼ってある。


 夜になると人通りも少なくなるだろう。

 ふと上を見ると、街灯が多い事に気が付いた。

 まだ新しい街灯が、夜になると暗い場所を照らし、通りを歩く人達に安心感を与える筈だ。


 考え事をするにはちょうど良い場所かもしれないな。


 あ、今日の夕飯どうしよう。

 今から帰って、掃除をして、洗濯をして、クリーニング屋に行って〜、ダメだ。


 作るのがめんどくさい。

『ぐっち』に行くか。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 第一章は終了です。

 幕間を挟んで、第二章に続きます。



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