第15話 回顧 ・決別の日 2

 決別の日 当日

 破壊者の降臨



 俺を見た二人は暫く動きを止めていた。

 何故俺がここにいるのか理解出来ないようだ。


 おっと、これはいけない。

 今からお話し合いをしなければならない。それはある意味戦いなのだし、腹が減っては戦ができぬというしね。


「お前達、飯は食ったか?俺はラーメン食ったけど、腹減ってないか?」


 俺は優しく尋ねる。


「えっ…?」


 二人とも現状を理解したのか、青ざめた顔をして、言葉を詰まらせている。


「大丈夫。知ってたよ。でも、家でやるのは止めて欲しかったな…」


 苦笑いしながら、話しかける。


「……っ!ご…ごめんなさぁぁい!!」


 麻衣子が泣き崩れた。


 まぁそりゃそうなるわな。

 この状況では誤解なんて言えないし、取り敢えず謝るしかないわな。

 でも、罪悪感の欠片も見せることが無くなっていたし、てっきり開き直るかもしれないと思ったから、そこは少しだけ意外だった。


 カズトくんは呆然と立ち尽くしている。

 目があちらこちらに泳いで、どうにか逃げ道を探しているってところか?

 パンイチの現状で、逃げ道なんか無いだろうに。


 なんだか妙に思考が冷静だ。

 自分で自分の態度に驚く。

 感情では分かっていても、目にすると少しは心が動くかもしれないとは思ったが、そんな事も無い。

 麻衣子の浮気を知ったあの時から、やはり今も変わらず、テレビの中を見ているような感覚だ。


「ああ、いいから。さて、どうしようか…あカズトくん、何か食べるか?食材があんまりないから出前でもどう?」


「あ…いや…。」


 そんな震えなくても。

 お客さんに対しての心遣いをしているってのに。


 カズトくんも、予想外の反応なのだろう。

 まるで異様なものを見るような、恐れを孕んだ目を俺に向ける。


 麻衣子は、俺が彼の名前を呼んだ事に反応し、目を見開いて俺を見て、震える口をひらいた。


「こ、これは…シ、シンが、出張って…さ…そ、そう…さ、寂しくて…」


「寂しかった?」


「う、うん。こ、この人がご…強引に…」


「なっ!お、おい!麻衣子!」


 カズトくんが叫ぶ。

 しかし、人の嫁を旦那の目の前で、しかもあられも無い格好をしながら、呼び捨てにするなんて、冷静ではないな。


 いや、冷静なのは俺だけか?

 やはり俺はおかしいんだろうな。


「うるさい!私はあんたに強引にされたの!ね、ねぇシン、こんな事初めてだし、お願い、もうしないから!」


「そ、そうだ!無理やりにした訳ではないけど、悪い事をしたとは思う。けど夫婦なら一回くらい許してやってくれよ!」


 なんだコイツらは。

 本当に出来の悪い三文芝居だ。

 強引に?初めて?一回くらい?呆れてしまうよ。


 男の方は、麻衣子を許してやれと言いながら、自分の責任を最小限にしようという考えが見え見えだ。


 知ってたって言っただろ?

 今初めて知ったとでも思ってんのか?


 今日は俺の誕生日なんだぞ?

 面と向かって言う最初の言葉がそれか?


 なんてな。そんな事はどうでもいいが。


 もう溜息しか出て来ない。


「だから、最初から知ってたんだって。結婚前からね。それに全然気にはして無かったから。」


 俺が言葉を紡いでいくと、麻衣子の目は大きく見開いていく。


 何処まで知っているのかという驚きが、見て取れる。


「な…なんで?私の事好きなんでしょ?だから結婚したんじゃないの?」


「そうだよ。今でも麻衣子の事は好きだよ?でもレスはちょっとしんどかったからさ、俺も最近は他でしてたし。おあいこ?って事で……ん?」


 不意にチャイムが鳴った。


 麻衣子の叫び声や、カズトくんの大声がうるさかったかな?ご近所さんの苦情かもしれない。


 俺は二人の横を通り抜けて、玄関に向かう。


「っ!どう言う事!浮気してたの!?」


 後ろからなんか声がかかるが、取り敢えず玄関を開ける。


「はい!御騒がせしてすみま…――チッ!…お前、これ狙ってただろ…」


 そこにはニッコリ微笑む花蓮が立っていた。


 花蓮は俺の横を通り、家の中へと入って行く。

 勝手に部屋の中に入る花蓮を仕方なく眺め、後からついて行った。


 突然現れた美女に、二人とも驚愕している。


 花蓮は、まるで汚物を見るかのような目で下着姿の二人を見回し、鼻で笑って、麻衣子に絶対零度の視線を向けた。


「あなた、シンに言う事はないの?シンの事が好きなら、まず最初に言う言葉があるでしょ?」


「な、なにを…」


 余りの状況の変化についていけない麻衣子は、その視線に震え上がって上手く口が回らないようだ。


 花蓮は自分の隣に並んでいる俺に向き直った。

 俺と視線を合わせた時には、先程の冷たい雰囲気を一変させ、愛しいものを見つめる熱を孕んだ視線で、一言一言に心を込めているように聞こえる言葉を俺に言った。


「シン、お誕生日おめでとう。

 いつまでもあなただけを愛しています。」


 花のような笑顔だった。


 その姿を見たカズトくんも、自分の状況を忘れ、見惚れているようだった。


 花蓮は俺の首に腕を絡ませ、熱いキスをする。


 しゃらくさいな。


 取り敢えず、させるがままにさせたが、冷静に考えてみろよ。

 この状況でまず初めに『誕生日おめでとう!』なんて事言う馬鹿はお前くらいだろ。


 ちょっと嬉しかったから、したいようにさせたが…


 麻衣子は唖然としてたが、ハッとして怒りに顔を歪ませた。


「なんなの!この女は!」


「ああ、さっき他でしてたって言ったろ?これがその他だ。」


「浮気してたのね!いつからなの!」


 凄いなこいつ。

 棚に上げるなんてレベルじゃないな。

 ほら、カズトくんも居心地悪そうにしてるじゃないか。


「いつからって…ほら、カズトくんが結婚してからレスになったじゃん?その後からかな?二人がセックスしてる時は俺達もセックスするようになったな。」


「なっ…!」


 カズトくん顔が青いな。素性がバレてる事に要約気が付いたようだな。

 それどころか、自分達の行動までバレてる事に恐怖しているようだな。


「監視…してたの?」


 麻衣子は怒りと恐怖がない混ぜになったような表情で聞いてきた。


「いや、俺はそんな事してないよ。大体お前らが何処で何をしてようと、興味なかったし。こいつがね、勝手にやってたんだ。」


 俺に絡みついて、もう汚物は見たくないとでも言うように、俺の顔をずっと見つめている花蓮に親指を指す。


「そ、そんなのデタラメよ!その女が適当に言ってるだけよ!」


 花蓮を睨みながら叫ぶ麻衣子。

 その麻衣子の視線を軽く交わし、封筒を落とす。


 所謂、調査報告書と言う物だった。


 色々な証拠や写真が入っているみたいで、それを見た二人はガタガタと震えている。


「花蓮、お前って奴は…」


 そんな証拠を集めているなど知らなかった俺は、呆れて花蓮を見る。


 相変わらず花蓮は幸せそうに俺に絡みついている。

 忌々しい。

 こいつの掌で踊らされているようで不快になる。


「俺は別に二人をどうこうするつもりは無いんだ。ただこうなった以上、もう夫婦では居られないだろ?離婚しよう。カズトくんはどうするんだ?最近は夜遅くまで会っていたようだし、泊まりまでしてたんだから、奥さんにバレるんじゃないか?麻衣子と一緒になるつもりでそうしてるのか?」


 それが気になった所だ。

 既婚者の割には自由に動きすぎてる気がしてたんだよな。


「あの、それは…すみませんでした!」


 やっと謝ったよ。

 いや、今はそうじゃなくてだね…


「彼の奥さんは妊娠してるのよ。それで奥さんは実家に帰っているの。」


 あー、なるほどなぁー!

 花蓮、すげぇなお前。マジで筒抜けじゃねーか。


 証拠を見て呆然としていた麻衣子が突然縋り付いてきた。


「遊びだったの!こんな男よりあなたの方が大事なの!シンも私の事が好きなんだよね?」


「そうだね。麻衣子の事は変わらず好きだよ?」


「だったら!やり直そ!シンもこんな女と別れて!二人でやり直そう!愛してるのはあなただけなの!シンもそうなんでしょ?」


 今更そんな事言われてもなぁ。

 あー、めんどくさい。

 あの時からこの女をずっと他人の様に感じていた。結婚してても、他人と暮らしているような感覚で、俺の口調もあまり知らない人を相手にしてるような口調が抜けなかった。


 最後くらい素の俺で話しても良いか。


「はぁ?無理に決まってんだろ。俺さ、お前の事好きだけど、出会ってから一度も愛したことはなかった。愛してるって言ったことないだろ?」


 急に変わった俺の口調に、驚いて固まってしまった。


 花蓮が麻衣子に近づいて耳元で何か囁いているかと思ったら、麻衣子が目を見開いて震えだし、号泣し始めた。


 何言ったんだこいつ。

 花蓮は満足そうに俺の隣に戻ってきた。


「それと、そこのお前。麻衣子とはどうするんだ?俺と結婚する前から続いてるんだ。ちゃんと責任とれよ?じゃないと、俺じゃない誰かからこの証拠があらゆる所にばら撒かれるぞ?」


「あなたの奥さんの実家って良い所にあるわよね?」


 花蓮は俺に続いてそう脅し…いや、お話する。


「は?えっと…どうすれば…」


「今と同じペースでこれからも会う事を続けるか、会わないなら何処かから郵送される封筒でバレるか、お前が自分でバラすか。三択だろうな。」


「そんな…」


 そうだ、どれを選んでもバレる。

 責任とれよ?

 聞いた話によると、こいつは逆玉に乗っているらしく、実家も含めて妻側に依存している部分がかなりあるらしいし、バレると不味いのだろう。


 じゃあこんな事してんじゃねえよ。

 別に麻衣子と愛し合っているわけでもあるまいし。


「シン、今日は誕生日プレゼントがあるの!」


 そう言って花蓮から小さな封筒を渡された。


「じゃあ、予定通りお泊まりしに行きましょ!」


 予定通り?今からか?


 誕生日プレゼントって多分これ全部の事言ってんだな。


 花蓮にもらった封筒から出した、離婚届にサインをして、出て行く事にする。


「麻衣子、今迄ありがとう。幸せになってくれ。じゃあな。」


 号泣している麻衣子に向かって最後の言葉を掛け、この歪んだ夫婦生活を粉々に破壊した破壊者と共に自分の家を後にした。



 花蓮はとても高いホテルを予約していた。

 そこで、俺ではまず自分から食べる事の無いとんでもなく高いコース料理を食べ、スイートルームに泊まり、朝方までセックスをして、いつの間にか眠っていた。


 目を覚ますと花蓮の姿はなく、手紙が残っていた。



『おはよう。もう私は必要ないと思うので、帰ります。また必要なら、いつでも私を使って下さい。愛しています。』




 気に食わんが、良く分かってるじゃねーかよ。


 今回の事で、俺は分かった事がある。

 浮気をされた側の戦いは、プライドを取り戻す戦いだと。

 花蓮があの二人の前に姿を現した意図は、麻衣子から見たら、自分よりも優れた容姿の女に旦那を奪われたという敗北感を植え付け、カズトくんから見たら、自分の不倫相手である麻衣子よりも、ずっと格上の女と不倫している俺に対する敗北感を植え付けるという事だったのかもしれない。


 俺には理解出来ない感覚だし、愛してるのなら誰と比較する様なものでもないと思うが、あの二人は愛し合っているわけでもないので、堪える事なのかもしれないな。


 少なくとも花蓮はそう判断したのだ。

 俺のプライドを取り戻す為に。


 小賢しい奴。


 まぁ、ありがとうな。

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