第13話 回顧 ・決別前夜

 決別の日前夜

 結婚生活崩壊直前


 花蓮が俺に逢いに来てから、俺の生活も変わった。


 麻衣子に対しては、いつも通り接していたが、彼女の態度は、俺に対して少しずつ硬化していった。


 今では彼女からは、必要な事しか声をかけられなくなった。


 これでも俺が、他に男がいる事に気付いていないと思っているのが不思議でならない。


 必死なんだろう。彼の心を繋ぎ止める事に。


 俺は意図せず麻衣子の情報を得るようになっていた。

 全て花蓮からの情報だ。


 花蓮は金にものを言わせ、彼女や彼の情報を次々と入手していた。


 俺よりカズトくんを選んで、それでも俺と婚姻関係を継続しようとしている事に、かなり怒りを覚えているようだ。


 そして『シンを一番愛しているのは私』などと嘯く。


 花蓮からの情報では、麻衣子とレスになった頃にカズトくんが結婚をしたそうだ。


 カズトくんに執着したのは、恐らく独占欲だろう。


 だから何もしなくても傍にいる俺より、離れて行くかもしれない彼の方に愛情の天秤を傾けた。


 麻衣子が何処で何をしようと、俺を好きならそれで良いと思ったが、それもそろそろ怪しくなりつつある。


 残業と言って遅くなる事も頻繁になっているし、彼女が休みの時に一人で外出する事も多くなった。


 何をしているかは花蓮からの連絡で全て分かっていたので、その度に俺も花蓮と逢い、セックスをした。



 今日は麻衣子が帰ってこない。

 今迄聞いた事はないが、社員旅行だと言って、支度を終えていた。


「帰りは明日になるから。」


 とても簡素な説明をして、俺から逃げるように玄関に向かう麻衣子の背中に声をかけた。


「楽しんでおいで。」


 何時の間にか上手くなっていた作り笑いで、麻衣子を送り出す。


 麻衣子はこちらを振り返り、満面の笑みで頷き、一言。


「行ってきます。」


 麻衣子のその笑顔を見て、完全に理解した。

 欠片もなくなったんだな。

 俺に対しての愛情も、罪悪感すら。


 多分、麻衣子が俺との結婚生活を続けている理由は、世間体だろう。

 後は、生活を保証してくれる保険みたいなもの。

 ほんの少しの独占欲もあるのかな。


 それがわかっても特に絶望することも無いし、だから俺は、最初から信用していない相手の行動で、あの男のように自分の人生を終わらせようとする選択もする筈がない。


 別に今、事故かなにかで死ぬのは構わないんだが、自分から死を選ぶ事はしないと約束をさせられているからだ。



 ゆっくりと扉が閉まっていき、俺は一人部屋に取り残された。


「社員旅行…ククッ…社員旅行ねぇ。」


 まぁ花蓮には筒抜けなんだがな。


 しかし、カズトくんの所はどうなっているんだ?良く嫁さんにバレないもんだな。


 程なくして、花蓮が俺を迎えに来た。

 黒塗りのハイヤーに乗り、麻衣子の社員旅行の事を伝えるが、やはり花蓮はその情報を掴んでいた。


「シン、じゃあ私達は明日お泊まりしましょ?」


「ハッ!お前が決めるなよ。お前は俺に使われてるだけだろうが。」


「うん。ごめんね。幾らでも使ってね。明日どうする?」


「まぁいい。明日は出張と言う事にして泊まるぞ。」


「うん!楽しみにしてる!」


 花蓮は俺の言う事は何でも聞く。

 愛の奴隷なんだそうだ。


 知ったことか。


 何で何時までも俺に拘るのか、さっぱり分からん。

 愛しているからだと?じゃあなんで…


 いや、もう終わった事だ。

 どうでもいい。花蓮も麻衣子も。


 明日か。

 また俺の誕生日は妻に祝われない。


 しゃあないよな。

 本当にしゃあない。



 翌日、麻衣子に出張だとメールを送り、仕事が終わってから花蓮に連絡をした。


「ごめんなさい。今日はどうしても行けない用事ができたの。」


 花蓮から断られたのは初めてだった。

 どのような感情かは分からないが、ごめんなさいと言う花蓮の声には何かが込められている気がした。


 俺の誕生日の予定は、無くなった。


 出張は無くなったと言う事にして、家に帰る事にした。


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