第11話 回顧 ・同棲生活

 決別の日から遡る事5年前

 同棲期間中


『日野 麻衣子』とは、知り合いの紹介で1年前から付き合いだした同い年の彼女だ。


 2ヶ月前から家に来て同棲を始めたが、どうやら麻衣子は結婚を意識しているようだ。


 自分の周りにいる人達が次々と結婚をしていると、何度も何度も聞かされた。

 つまり、そういう事だろう。


 俺は別に他人に合わせる必要はないと思うが、三十路を目前に控え、働く女の適齢期は20代後半だと友達に聞かされて焦っているのだろう。


 そもそもの話し、現在の年齢になるまで友達と遊ぶ事を優先したかったと言って、結婚を遠ざけていた彼女の、自業自得だと思うが。


 遊ぶ友達が先に結婚し、一人また一人と減っていくのが寂しく、悔しくもあったのだろう。


 とは言え、俺も良い年だ。

 普通の恋人なら、結婚を意識する年齢なのは間違いない。


 そろそろ考えるか。


 麻衣子の仕事は平日が休みだ。

 今日は土曜日なので朝から俺は一人家にいる。


 テーブルを見ると、彼女のケータイと手帳が置いてある。

 忘れて仕事に行ったのだろう。


 俺からすれば、携帯を忘れて仕事に行くなど考えられないが、麻衣子はこんな事が何度かあった。


 初めて忘れて行った時は、慌てて取りに戻ったが、何度目からかは忘れたけど、取りに戻って来る事は無くなっていた。


 何故だかは分かっている。


 俺が携帯チェックなどしないのを理解したからだろう。


 ぶっちゃけ、恋人の携帯をチェックするなど良い事がない。


 浮気の証拠が出てくるに決まっている。

 俺は確信している。


 それでも好きだと、傍に居たいと言ってくれるなら、構わなかった。


 恋人で終わるならね。


 徐に手帳を開いた。

 日記を書いているようだな。


 なるほどね、遊び相手としてたまに名前が出てくる『カズト』くんが浮気相手のようだな。


 彼の家にちょくちょく出入りしているようだ。


 他にはいないのか。


 て言うか、こんな事日記に書いちゃうかなぁ。

 俺の事も好きなんだと。


 はぁー。

 しゃあないよな。

 俺に魅力がないからだし、何より俺は女に期待もしてなければ信じてもいない。


 ショックは大してなかった。

 これ以上女性に失望したくなかったし、覚悟を決め、言うべき事を言わなければならないとそれ以降の日記を読むことを辞め、手帳を閉じた。


 正直、知ってしまった今、もはやどうでもいい。


 携帯を取りに帰らない日は、カズト君との約束が無い日なんだろうね。


 誰とも連絡を取る必要がないのだろう。


 今日は俺の誕生日だ。

 麻衣子は早めに帰ってくると言っていたから、外で食事する事になっていた。


 付き合って約一年、俺の誕生日でこの恋人と言う関係は終わらせる。


 そう決断し、麻衣子の帰りを待った。


 18:50

 いつもは21時位に帰ってくるので、本当に早く帰ってきた。


「たたいま!準備出来てる?ちょっと着替えてくるね!」


 仕事から帰ってくるなり、ニコニコと外に行く準備を始める。


「麻衣子、出る前にちょっと話があるんだ。」


「え?なになに?予約の時間大丈夫?」


 支度を終えた麻衣子が俺の前に座る。


 とても機嫌が良さそうにしてる。

 日記にも書いてあった様に、本当に俺の事も好きなんだな。


 いまからこの顔が涙で濡れるかもしれないな。

 しょうがない。彼女が望んだ事だ。


「麻衣子、あのな…

















 結婚しよう。」


 一瞬何を言われたのか分からなかったようだが、俺が言った言葉の意味を理解したのか、瞳に涙が浮かんできた。


 麻衣子の顔が嬉し涙に歪んでいく。

 感極まったのか号泣しながら抱きついてくる。


 恋人と言う関係は今日で終わりだ。

 これからは婚約者として、結婚に向けて準備をしていく。


「…はい!」


 涙を流しながら、とても幸せそうに麻衣子はプロポーズの返事をする。


 俺は優しく微笑みながら、心の中では冷めた目で彼女を眺めていた。


 俺は今、どんな顔をしている?

 ちゃんと笑えているのだろうか?


 浮気相手が一人だけならまだ健全だと思っている俺は、何処か歪んでいるのだろう。


 彼女の泣き顔を見ながら、ふと『こいつは誰だ』といつも見慣れているはずの女性の存在が、他人の様に感じた。それはまるで、テレビを見ているかのような感覚。俺は麻衣子が近くにいても、とても距離を感じる。


 俺はお前を幸せには出来ないだろう。

 何故なら、お前には俺以外にも必要な男がいるからだ。


 だから、お前は勝手に幸せを掴めば良い。

 俺は新たに女と関係を結んで、また裏切られるのも面倒なので、ここで手を打っておく。


 この結婚になんの意味があるのか。

 そんな事は俺にも分からない。

 ただ、もしかしたら、俺の事を好きだと言ってくれる麻衣子と一緒にいたら、幸せになれる可能性はあるのかもしれない。


 万に一つの可能性だと分かってはいる。

 いや、億に一つもないのかもしれないがな。


 彼女と俺の心の間に深いヒビが入っている事を、俺だけが何となく感じながらも、それから一年後、俺達は結婚をした。





 プロポーズをしたその日、俺の携帯に一通のメールが届いていた。

 毎年恒例のメールだ。


『お誕生日おめでとう。

 いつまでもあなただけを愛しています。』

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