第10話 森山家
ホテルから出て取り敢えず、朝食には遅く昼食には早い食事を摂る事にした。
何処に行こうかと迷っていると、シズクが自分の家に来ないか?と提案してくれた。
食事を作ってくれるらしい。
初めて会って、翌日に彼女の家に行って良いのか迷ったが、折角の好意なので受ける事にした。
「お話も途中だったし、落ち着いて話が出来る所が良いかなって。」
急速に距離感が近づいてる気がする。
話し方も打ち解けてきているな。良い傾向だ。
しかし、年下の女の子が一人暮らししている部屋にお邪魔するなど、実際は楽しみでしょうがない。
タクシーを拾い、15分程で彼女のマンションに到着した。
20階建て位はありそうで、セキュリティもしっかりとしてるようだな。
但し、マンション名が少し気に入らないがな。
『Elegance TACHIBNA 』
直訳すると、可憐なたちばな?
誰が付けたんだこんな名前。
この街にいる限り、ついてまわる存在だが、まったくもって不愉快だ。
「あの、シンさん?どうかしましたか?」
おっと、不愉快さが顔に出てしまったのだろうか。シズクが不安そうな顔をしている。
「あぁいや、なんでもないよ?」
それはさておき、こんな良いマンションに一人で住んでるのだろうな。
そりゃ寂しいわな。
10階にある彼女の部屋の前に着くと、表札がある。
『森 山』
「あ、森山シズクさんって言うんだ!」
シズクは、へ?と言う顔をして、ふと我に返った。
「そうでしたね。改めまして、森山 雫です。よろしくお願いします!」
ニッコリと笑顔で自己紹介された所で、俺も本名名乗ってないやと思い至った。
「山口 眞です。よろしくお願いします!」
「あはは、お互いの名字も知らないで、凄い事してますね。」
「確かにね。でもまぁ、ちょっと普通とは違う関係なんだから気にしないでいいんじゃない?」
「ですね!じゃあ、お入りください!」
お邪魔します、と言いながら部屋に入る。
やっぱり女の子の家だな。俺の煙草臭い部屋と違い、良い香りがする。
2LDKかな?
ローテーブルと、ソファがあるリビングに通され、彼女は着替えてくるので、ゆっくりしてて下さい、と自分の部屋に入っていく。
ソファに座り暫くは所在なくあちこち眺めていた。
大き目のテレビ台の上に、テレビと写真立てが乗っている。
シズクより少し年上に見える女性と、二人で写っている写真。
この人がお姉さんかな?
シズクに似てるが、シズクが可愛いならお姉さんは綺麗な感じだな。
「今からご飯作っちゃいますね?」
着替え終わったシズクが部屋から出てきた。
Aラインのチュニックにレギンスか。
可愛い部屋着だな。
キッチンに移動し、テキパキと料理を作っていく姿は、普段から料理している事が伺える。
あーあ、圭一さんバカな事したな。
良い嫁になっただろうに。
「なんか手伝おっか?」
お邪魔しておいて、何もしないのは気が引けるので、キッチンに行き尋ねてみる。
「大丈夫です!簡単な物を作ってるので。シンさんは寛いでて下さい。」
笑いながら答えてくれた。
「でもありがとうございます。そんな事男の人から言われた事ないので嬉しいです。」
ぐぬぬ…寛いでてって言われても、初めて入る部屋だし。
キッチンからリビングを一望して、再びシズクに目線を戻す。
楽しげに料理している姿を見ると、ホテルで見たコーヒーを入れてくれる姿を思い出した。
「やっぱりこういうの良いよな…」
ボソッと呟いてしまったのが、聞こえたのか聞こえなかったのかシズクは不思議そうな顔をして此方を見ている。
正直、萌えた。
なので、軽くキスをしてシズクを見つめる。
「じゃあ、よろしく。」
シズクに微笑みかけて、リビングに戻る。
シズクも嬉しそうにして、『もう少し待ってて下さいね!』と答えてくれた。
ソファに戻って暫くボーッとしていて、意外と寛げる事に気が付いた。
居心地良いな、この部屋。
さて、昨日シズクに言った、俺が浮気された時の話しをするっての何処まで話して良いものか。
結構エグいからな。
まぁいいか。彼女に自分だけじゃないって思って貰う為に、全部話してあげよう。
どっちを話そうか。
やっぱり元嫁の話しの方が良いだろうな。
結婚前にわかって良かったって思って貰えれば成功かな?
「お待たせしました。朝食っぽくなりましたけど…」
遠慮がちに出してくれたお皿を見て驚いた。
え?凄くない?あんな短時間で?
それは女子共が良く行くという『オシャレなカフェ』で出される様なランチプレートと呼ばれる物じゃないか?
小さなおにぎりが二つと玉子焼き、鮭の切身を半分に切った焼き鮭、赤と緑の漬物?
和食だけど、一つのお皿に普通の食材が綺麗に盛られるだけで、こんな見栄えが良くなるんだな。
「本当に簡単な物ですみません。お味噌汁はインスタントですし。」
「いやいや、凄いよ!めちゃくちゃ美味そうじゃん!料理好きなんだね。」
「ありがとうございます。好きなのもありますけど、お姉ちゃんの影響が大きいですね。」
そう言えばお姉さんの職業ってフードコーディネーターって聞いたな。
ソファの隣に座るシズクといただきますをして食べ始める。
たわいも無い話をしながら、あっという間に食べ終わる。
「男の人には物足りなかったですよね。」
お茶を入れながら申し訳なさそうにしてるが、全然大丈夫だ。大変美味しかったです!
「シズク、ちょっとベランダ借りていいかな?」
「え?良いですけど、どうしました?」
「オレ、ニコチンチュウドク」
「あ、なるほど。別にここで良いですよ?」
「いや、ダメダメ。こんな良い香りの部屋で吸えないよ。ちょっとベランダ借りマース!」
ベランダに出て携帯灰皿を準備し、煙草に火を着ける。
10階ってやっぱり高いな。そこから見える景色を眺めながら煙を深く吐いた。
この街で一番高い建物も、『たちばな』の名前がついていた。俺はその建物のいちばん高い場所で景色を見た事がある。
「まぁ、流石にあそこよりは高くないが…」
こういった場所にいると、いつも心が冷たくなる。
ベランダから下を眺めながら、落ちれば全てが終わると考えてしまうのも、もはや癖のようなものだ。
しかし、今日は少し違う気分だ。
人肌の温もりを感じたばかりだからかも知れない。昨日から怒涛の展開だ。夢を見てる様な気持ちだな。
今から話す内容で、一気に夢から醒めるだろうけどな。自嘲した。
わざわざ話さなくて良いんだけど、彼女は興味があるらしい。
なんで聞きたがるんだろ。
自分だけじゃないって思いたいから?
いや、俺はそう思って欲しいから話すんだけど。
彼女自身の聞きたい理由はそうじゃない気がする。
うん、わからん!いいや。約束したし話すって事で。
部屋に戻ると、シズクはあと片付けを終えていた。
「おかえりなさい。」
ニッコリと微笑みながら迎えてくれた。
「……」
「どうしました?」
「いや、何でもない。」
おかえりなさい、か。
ソファに座っているシズクの横に腰を下ろす。
「じゃあ、約束通り例の話しをしようかな。」
真剣な眼差しで此方を見るシズク。
話し終えたらどんな顔になるだろ。
俺の事嫌になっちゃうかもな。
「交際期間二年、結婚期間四年だったんだ。話は交際期間に遡る…」
俺はシズクの顔を見れずに語りだした。
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