第4話 据え膳食わぬは紳士の恥

 どうしてこうなった…


 今俺は、シャワーを浴びて腰にタオルを巻き、ラブホテルのベッドに座っている。

 一見落ち着いているように見えるかもしれない。しかしながら、内心はドキドキとワクワクとモヤモヤが綯い交ぜになっている状態であり、とても複雑な心境である。


 シズクさんは今、バスルームでシャワーを浴びている。


 やはり、落ち着かない。居た堪れない気持ちで部屋の中をウロウロとし、テーブルにある冊子等を読んでみるが、内容が全く頭に入ってこない。


 あのとんでもないお願いを聞いて、思考が停止している間にスミレさんがやって来てお勘定を済ませ『ごゆっくり。シズクの事お願いします。』そう言われた気がするが…

 記憶が曖昧だ。


 大体何故だ?

 初めて会った相手で、しかもオッサンだよ?聞くと、シズクさんは23歳。おいおい、一回り違うんだぞ?干支一緒じゃねーか!


 しかも男から女性にあの台詞なら、まだわかるが、女性から、しかもあんなに清楚な感じで可愛らしいシズクさんから言われるなんて。


『居酒屋ぐっち』を出てから聞いてみた。


『シズクさん、冗談だよね?何処か遊びに行きたいの?』


『冗談じゃありませんよ?嫌ですか?』


 そんな顔を真っ赤にさせて潤んだ瞳の上目使いで若干震えながら言われたら、理性飛びそうになるんだが。


 普段からこうなのか?

 スミレさんも了承してるみたいだが、どうなってんだ?


 頭が混乱してるし、釈然としない。

 心境としては、初めてラブホに来た童貞が、シャワーを浴びている相手を待っている感じだ。初めてラブホに来た童貞という以外はそのままだが。


「お待たせしました。」


 色々考えてる間にシズクさんが出て来た。

 バスタオル一枚で細い太ももが晒されている。

 ゴクリ…


「あまり見ないで下さい。自信ないので…」


 顔を俯かせて俺を見ようとしない。

 やっぱりおかしい。

 自分からあんな事言っときながらする態度ではない。何か事情があるんだろう。紳士としては冷静に対処しなければならない。


 とは言え、心と身体は別であり、こんな可愛らしい人がこんな格好で目の前に居ると、反応してしまうのは仕方がないだろう。

 今の俺は腰に巻いたバスタオル一枚。これは良くない。何故なら、反応がダイレクトに晒されていまうからだ。幸いシズクさんは俺を真面に見る事も出来ないでいるのだ。さり気ない仕草で、一番近くにあり座れる場所であるベッドの端に座り、脚を組む。


「シズクさん、君は本当はこんな事したくないんじゃないか?何か事情があるなら相談には乗るから、今日の所は止めとかないか?」


 飛びそうになる理性を必死でつなぎ止めながら、彼女を説得する。


 正直さ、普通に考えたらこんな美味しい話し無いんだよ。一回りも歳の離れた、彼女のように可愛らしい女性とこんな事に成るなんて、問答無用でご相伴にあずかるのが健全な男の思考だ。


 幸い今の俺は健全とは言い難い。

 だから何とか理性を保っていられるが、これ以上はいけない。


 そりゃそうだろ、こんな状況で手を出さない男は男では無い。それは相手にも失礼にあたるからだ。


 ここで断る事が出来る男は、まさに今日話していた内容の『愛している人』がいる場合だけだな。


 そもそも『愛している人』がいるなら、こんなセックスをする為だけの施設に、他の人と入ることも有り得ないが。


 色々ごちゃごちゃと考えているのはあれだ。

 頭を回転させていないと、途端に思考がピンク色に染まってしまう気がするからだ。


「さん…は辞めて下さい。シズクって呼んでくれると嬉しいです。」


「…っ!」


 ヤバいヤバい!破壊力パネェ!


「じゃあ、シズクちゃん。話してくれるかな?」


 内心の動揺を隠して、優しく聞く。大人の男が相談に乗るよ?という構えを取るのだ。タオル一枚なのが、悲しい所だが。

 て言うか、ここに入る前に聞くべき事だったんだが、いきなりの事でしかもスミレさんから畳み込まれて、おめおめとここ迄来てしまった。


「…はい。そうですね。私色々おかしいですよね。」


 漸く話す気になったようだ。

 ホッとして若干緊張が解れた。

 

 そうだよ、どんな事情があるにしても、勢いだけでこんなオッサンに抱かれたら、絶対に後悔するんだから。

 俺に抱かれて後悔する姿を見せられでもしたら、俺の方もダメージがデカい。


 お互いの為にこれで良いのだ!


「でも私、覚悟を決めてここ迄来たんです。」


 …はい?覚悟?


「後悔なんかしません。後でちゃんとお話しますから…」


 あれ?瞳を潤ませてこっち見てるけども。

 

「今は何も聞かずに抱いて貰えませんか?シンさん…」


 シズクちゃんの身体からタオルが落ち、白くて美しい身体が晒される。


 先程まで、俺の思考に必死にしがみついていた理性というシルクハットを被った紳士は、現状では万歳をしている。お手上げなのだろう。


 ここ迄させて、ここ迄言わせてつなぎ止める理性なんぞに何の意味があるのか!先程まで理性というシルクハットを被っていた紳士は、それを脱ぎ捨て、男という物を熱く語ってくる。


 据え膳食わぬは紳士の恥だ!

 そして女の恥にもなるのだ!


 俺の中の紳士がシルクハットを蹴飛ばし、理性は遥か彼方に飛んで行った。


 紳士は理性という帽子を脱ぎ捨て、エロ紳士に変身した。

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