第3話 ヤラせてください
飲み物が無くなったので新たにおツマミと焼酎を追加注文。どうせ飲むのだからと、ボトルを入れる。
『あかるい農村』
ラベルと名前はアレだが、大将に勧められてハマっている。
マヤは、それちょっと頂戴と言って俺と自分の分をロックで作る。
こいつは…まぁいいけど。
「じゃあ、浮気に対しての罪悪感とか嫌悪感とかはないんだ。」
グラスを俺に渡しながら、話を続ける。
「いや、罪悪感は無いが嫌悪感はめちゃくちゃあるな。吐き気すらする。」
俺はそう言いながら、思い出したくない事を色々と思い出してしまう。
やっぱり、引き摺ってるんだな。
これは思い出なんかじゃない。だとすれば何だろうな…俺が今現在も生きている事を含めて、呪いだな。
「うわぁ、シンって勝手な奴?」
一瞬、思考の迷路に囚われていたが、マヤの言葉に引っ張り出された。
うわぁ、とか言いながらニヤニヤして聞いてきやがって。どう思ってるかはわかってるよ。自分は浮気するのに、相手が浮気するのは絶対許さないってクズの考え方だと思ってんだろうな。
いや、自分が浮気したから相手も浮気していいなんて考え方もクズだ。
と言うか、浮気なんかする時点でクズに成り下がるのは間違いないな。
別にどう思われても構わんがな。
「マヤが思ってる事とは、前提条件が多分逆だと思うぞ。」
目の前のオッパイは、分からないって顔してしばらく、それから小さく『あ…』と呟いた。
「あー、相手が浮気したのが分かったから浮気するって事ね。んー、なんかそれって…」
「別に仕返しとか思ってじゃないぞ。たまたまそう言う状況になって、その時にまぁいいかってなっちゃったんだよな。」
「もうそれ付き合ってる意味無くない?」
その通りだ。お互いに信じ合っているから恋人や夫婦は成立する。
夫婦はまたそれだけって訳でもなくて、色んな打算や妥協があって、複雑ではあるが…
「だから、相手の事を好きだと言う感情だけで付き合ってる時に、気付いた。こいつの事世界で一番好きだ。自分以外ではってな。」
俺は自分の事があまり好きでは無い。
人の事を本気で愛する事がなかなか出来ない。それでも無意識に自分の事が一番大事なんだ。
「はぁ〜、わかるわ。自分よりも相手を大事に出来る事が愛してるって気持ちなら、確かに浮気しないよね。自分が可愛くて、自分が良ければいいって考え方が無意識にでもあるから、浮気するんだよね。」
でもそんな深く考えないで付き合ってる人ばっかりだよね…と言いながら二杯目を作っていやがる。そうか!タダ酒か!いいですね!
煙草に火をつけながらジト目で睨む。
笑ってやがる!おほほ…じゃねえし。
そこにツマミを持ったスミレさんが現れた。
「お待ち遠様。なんか深いような浅いような話ししてるわね。」
深いような浅いようなってそれってどんな話なんだ。
ニッコリと微笑むスミレさんは美しい。
「おいマヤ、スミレさんに女子力を分けてもらえ。」
まったく、いつもいつも絡んでくるなら、カラカラに渇いた俺の心に潤いを与える位の女子力を身につけてから絡んでこい、って睨むな睨むな!
「スミレさぁん!この男酷くないですか!」
「あらあら、マヤちゃん可愛いじゃない。シンちゃんも女を見る目を養った方がいいわよ?」
マヤを抱きしめてヨシヨシしながら慰めている。
「そんな事よりスミレさん、あちらの女性はもういいの?」
あんな若い女性が、居酒屋で一人飲みしてる違和感を感じながら、そんな事!?と、怒りを含む声を上げるマヤを置いておき、相談は終わったのかと聞いてみる。
「あ、うん。相談は終わり。そうだ、シズク!」
その女性はシズクさんと言うらしい。
え?と驚いた顔で振り向いて、スミレさんに手招きされた事で此方にやって来た。
可愛い!
黒髪ロング、パッチリとした猫目。身体にフィットしたニットにフレアスカート。
清楚な感じで、んんー、益々居酒屋一人飲みに違和感バリバリ。
あれ、今日ってこの居酒屋美女率高いな。
「この子はシズク。私の親友の妹で、私も自分の妹みたいに思ってる子よ。」
「初めまして。シズクです。シンさんとマヤさんですよね?」
その後三人で飲む事になった。
なんでも、さっき俺たちが話していた内容が聞こえて、スミレさんに俺達の事を聞いたそうだ。
わざわざ席移動した意味!とか思ったが、こうして明るく話せているなら問題ないだろ。
時刻は22時半を回った所だ。
マヤは明日も仕事だと帰って行く。
当然二人になったが、会話が気まずくなることも無く楽しく飲めた。
シズクさんも楽しそうで、お酒もかなり進んでいるようだ。
ふと、シズクさんの頬に紅が差した。
お酒のせいか?
「あの、シンさん。お願いがあるんですけど…」
お願い?
何か言いづらいのか、二の句がつげない様子のシズクさん。二人の間に暫し沈黙が流れる。
「どうした?お願いって?俺に出来る事?」
シズクさんはしばらく俯いていたが、意を決した様に顔を上げ俺を見つめる。
なんか耳まで真っ赤になってる…なに?
向かいに座っていたシズクさんが立ち上がって俺の方に来て、小声で耳打ちをする。
「あ、あの…ヤラセてください」
………………今なんて?
スミレさんがカウンターの向こうから此方を見て微笑んでいた。
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