おしゃれなデートプランのわけ

 いくらセンスがないって言ってもジャージにそこまで違いはない。黒羽根さんと千尋はあれやこれやと話し合った後、ジャージを四つ手にとってレジに向かった。ラインの色がそれぞれ違うけど、最初に言っていた通りのお揃いのもの。


 黒羽根さんが水色で、蛇ノ塚さんが赤。千尋が黄色で、わたしはピンク。


 みんなのイメージに合っている。四人分のジャージが詰め込まれたビニール袋を千尋が持って、二人はお店を出た。


「なんじゃあ、まともな感じじゃな」


「思った以上に正統派でびっくりだわ」


 失敗してほしいって思っていたわけじゃないけど、手慣れている感じがしてびっくりしている。もっと考えるより体を動かそうって感じのタイプだと思ってたわ。


 モールを出て繁華街の中をするすると進んでいく。だんだん体力差が目に見えてきた。黒羽根さんはともかく千尋にも後れをとっているのがちょっと悔しいわ。


 軽やかに人の波の中を糸を縫うようにして進んでいく。その後ろを少しバタついたわたしたちが追いかける。


「次はどこ行くのかしら?」


「喫茶店で告白じゃな」


「それはあなたのコースでしょ」


 あんまりそういうタイプに見えない、と言おうと思ったけど、よく考えたらさっきから黒羽根さんっぽくないのよね。もちろん深くまで知ってるわけじゃないけど、びっくりするぐらいいいデートプランなのよね。手慣れてる感じがするわ。


「あ、あのお店に入るみたい」


「なんかこじゃれとうのう。うちには似合いそうにないわ」


「マスターのところだっていい雰囲気のお店じゃない」


 ちょっと嫌がる蛇ノ塚さんを連れてお店に入る。隠れ家っぽかったハムスターハウスと違って、繁華街の二階にあるカフェは窓から通りを見下ろすことができる。人気のあるお店みたいで待ち列こそないものの席はいっぱいになっていた。


「ちょっと遠いかな?」


「なんとか聞こえんこともないじゃろ」


 ウェイトレスさんを待つ間に、スマホでお店を検索してみる。ここはパンケーキで有名なお店みたい。結構人気店みたいだけど今は穴場の時間なのかもね。よく調べてるわ。


「じゃあせっかくだからわたしパンケーキ食べるわ」


「うちはコーヒーでええわ」


 生クリームの乗った写真を見ただけで口をもごもごと動かしながら蛇ノ塚さんは渋い顔をした。こういうのは太っちゃうからあんまりよくないんだけど、有名って聞いたらわたしは食べないわけにもいかないわ。


「欲しくなったら一口あげるわ」


「遠慮する。甘いんはどうもいかんのじゃ」


 らしいと言えばらしいわね。嫌がる相手に無理に食べさせるものでもない。わたしは注文を済ませると、耳をそばだてて千尋のいる席へと意識を向ける。


「素敵なお店だね」


「そう? 気に入ってくれたならよかった」


「薫ってこういうお店とかも詳しいんだねー」


「私のことなんだと思ってたの?」


 そう言いながら黒羽根さんはくすくすと笑った。パンケーキを小さく切って口に運んでから体を震わせておいしさを表現している。


「まぁ実際正解なんだけどね」


「正解ってどういうこと?」


「映画もこのお店も友達に教えてもらったんだ。部活の助っ人のお礼ってことで。あ、お揃いのジャージ買うのはちゃんと私が考えたよ」


 黒羽根さんは照れて赤みの増した頬を掻きながら、ごまかすようにはにかんだ。


「誰かと一緒に遊びに行くなんてなかなか経験なかったし。それも二人きりだなんて。自分じゃ全然決められなかったよ」


「薫は友達多いもんね。羨ましいなぁ」


「そんなことないよ。いつも助けてもらってる、って言ってもらえたのは嬉しかったけど、やっぱり助っ人は助っ人なんだよね。だから、千尋ちゃんには感謝してるんだ。私と、いてくれて」


 なんだか黒羽根さんが話すたびにドキドキする。いつ言うんだろうかと思うと、じらされてるみたいで落ち着かない。パンケーキに乗った生クリームが少しずつ溶けているのに、なかなかそっちに手が伸びなかった。


「僕も女の子みたいってずっとからかわれてたから。こんなに友達ができるなんて思ってなかったよ。やっぱり伊織には感謝しないとね」


「伊織ちゃん?」


「薫も詩栄理も伊織が連れてきてくれたんだよね。七緒と会ったときも友達になれるようにしてくれたのは伊織だった。ずっと僕は伊織に守られてきてるんだ」


 わたしの名前に黒羽根さんは少しひるんだみたいだった。二人のときに別の女の話をする男は嫌われるっていうけど、まさに今その理由がわかった気がするわ。千尋の場合は少しも気付いていない鈍感なだけなんだけど、心に刺さりそう。


「顔がにやけとるぞ」


 苦々しい顔をして蛇ノ塚さんはわたしに苦言をこぼした。コーヒーが苦いわけじゃない。千尋に信頼されているってわかっただけでも嬉しいなんてものじゃない。


「やっぱり、千尋ちゃんにとっての一番は伊織ちゃんなのかな……」


 小さく漏らした声はここまで届いたのに、わたしよりずっと近くに座っている千尋に届かなかったみたいだった。


 ここで決めようと思っていたのかもしれない。いい雰囲気の喫茶店でおいしいパンケーキと一緒に告白。うーん、今までの感じだとちょっと違うかな。きっと告白スポットも誰かに聞いているはず。


「そろそろ食べんと追いかけられんくなるぞ」


「そうだったわ。あ、写真撮っとかなきゃ」


 もう生クリームが半分くらい溶けちゃっている。ナイフとフォークで見栄えを整えてからわたしはスマホで数枚撮った。あとでSNSにあげておこう。スイーツ系はあんまりアピールしてないから新鮮でいいかもね。


 甘い甘いメイプルシロップがたっぷりかかったパンケーキは有名なだけあってとってもおいしかった。千尋の言葉がさらに甘さをプラスしてくれた気もする。


「さて、そろそろ出るみたいね」


「腹が重くて動けんなんて言わんじゃろうな」


「そんなこと言うわけないでしょ。さ、いきましょ」


 お店を出たところで少し話すかもしれないわ。慎重に行きましょ。甘いものを食べたおかげで頭が少し冴えてきたような気がする。周囲を警戒しているのを変な人を見るように視線を尖らせる店員さんに愛想笑いを浮かべながら、わたしたちはまたミッションへと戻っていった。

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