脳筋のデートプラン

 翌朝、わたしは千尋の家の前に張り込んでいた。普段は着ない黒っぽい服を選んできた。髪もツインテールをやめてお団子にして帽子で隠している。たぶんぱっと見たくらいじゃ私とは気付かれない。少なくとも千尋には絶対に無理でしょうね。


「黒羽根さんの性格なら、約束の時間は早いと思うのよね」


 前に朝からランニングしているって聞いたし、朝型の人間のはず。お昼からゆっくり出かけようなんてタイプじゃない。だからわたしはこうして千尋の家の角で待ち構えているのだ。


「あ、出てきた」


 わたしの予想通り、八時半に千尋が家を出てくる。今のわたしとほとんど変わらない黒シャツにジーンズ。また男のときの服を引っ張り出して着ているみたい。それにしてもわたしがダサいと思っている服とまったく同じじゃ千尋のセンスに悲しくなるわ。


 千尋はちょっと急いでいるように足早に歩いて駅へと向かった。どうやら待ち合わせはここみたい。出かけるとしてどこに行くのかしら? 黒羽根さんならスポーツ観戦とか?


「そういえばどっちの格好で来るんだろ?」


 尾行が見つからないように物陰に隠れながら黒羽根さんの姿を探す。休日の朝の駅前はまだ人の数も多くない。中規模都市の外れの駅ならこんなものだわ。その中にすらりとした後姿を見つける。


「いた。やっぱりスタイルいいわね」


 スポーツをしている人って痩せるために運動しているわたしとどうしてあんなにイメージが変わるのかしら。探すときは簡単に見つかって助かるんだけどね。


 ボーダーのカーディガンにグレーのパンツ。シンプルだけどスタイルの良さを生かしているから悪くない。このちょっとした違いが印象をガラリと変えるからファッションはおもしろい。


「どこに行くんだろ?」


「そうじゃな。さすがに聞き出せんかったわ」


「きゃあ!」


 わたしが叫び声をあげて振り向くと、口元に指を当てて黙るようにジェスチャーしている蛇ノ塚さんがいた。


「ストーカーとは自分ええ趣味しとるわ」


「ここにいるってことは同じ穴のむじなじゃない」


「うちは一回目じゃ。自分は二回目じゃろ」


 やっぱり蛇ノ塚さんには喫茶店にいたことがバレてたみたいね。あれだけ緊張してたのにしっかり周りが見えてるわ。


「並ぶとなかなかお似合いじゃな」


「身長のバランスはね」


 千尋はわたしたちより一回り小さいから誰と並んでもサマになるのよ。榊原さんはさらに一回り小さいからお人形みたいな感じになる。


 時計の前で合流した二人は連れ立ってそのまま駅の構内に消えていく。その後ろからわたしと蛇ノ塚さんがちょっと離れてついていく。ちょっとおもしろくなりそうね。


 絶対にスポーツ関連だと思っていた黒羽根さんのデートコースは意外なほど王道を行くプランで、市街地の中にあるショッピングモールに入った映画館へと向かっていった。


「映画とは意外だったわ。なかなかやるじゃない」


「話題を作るにはええ手段じゃな」


「言いたいことだけ言ってコーヒー飲んで一人で帰ってた人が言ってもね」


「半日連れまわしても言い出せんやつよりはマシじゃけどのう」


 それに関しては本当に当たっているだけに言い返せないわ。モールの中だからスクリーンは一つみたいで、次の公演はアメコミを原作にしたちょっぴりシリアスなファンタジーになっている。


「はようせんと始まるぞ」


「え、わたしたちも見るの?」


「当たり前じゃ。二時間もこんなところで見張ってられんじゃろうが」


「それだとわたしたちもデートみたいじゃない」


 言ったところで蛇ノ塚さんは顔色一つ変えない。千尋ならちょっとくらい顔を赤くしてくれるかしら。それとも何も考えてないように普通に笑って喜ぶだけかもね。


 運よく離れた席に割り当てられた。そのうえスクリーンの真正面。最前列でもない特等席。思わぬ幸運だけど、目的は映画じゃなくて尾行なんだけどなぁ。


 黒羽根さんが選んだ映画はアクション要素の中に主人公の心の暗さが混じっていて、ちょっぴり自分を投影してしまった。言いたくても言えないこと。それは誰にもあることだけれど、どこかで吐き出さないといつか飲み込まれてしまう。


「ええ話じゃったのう」


「泣かないでよ。目立つじゃない」


 場内が明るくなる前にわたしもそっと涙を拭っておく。これで言い返されたら押し負けそうだもの。黒羽根さんが出ていったのを確認して追いかける。


「いい映画だったねぇ。ちょっと感情移入しちゃった」


「評判いいのは聞いてたんだけど、想像以上だったよ。千尋ちゃんも喜んでくれてよかったよ」


 おもしろい映画は二人の話題を尽きさせることはない。ファストフードで昼食を済ませて二人はエスカレーターで下の階に向かっていった。


「どこ行くのかしら?」


「思ったより普通に楽しんどるのう」


「そういうあなたも十分楽しんでると思うわよ」


 蛇ノ塚さんの手にはさっきの映画のパンフレットにキーホルダー。すっかりハマっちゃってるじゃない。もう一回見に行こうと言い出しかねない蛇ノ塚さんを連れてエスカレーターを降りると、千尋がスポーツ用品店に入っていくのが見えた。


 追いかけると、仲良く話している声が聞こえてくる。


「何か欲しいものあった?」


「欲しいっていうか、プレゼントかな」


 野球のグラブにテニスラケット、サッカーボール。ここにあるほとんどすべてのスポーツに精通していると思うと、黒羽根さんのすごさがわかる。その中をまっすぐに突っ切って、ジャージが並ぶ一画へと千尋を連れていった。


「ジャージ? 新しいの買うの?」


「うん。ほら、千尋ちゃんって助っ人に行くときも学校のやつ着てるでしょ」


「今までろくに運動なんてしてなかったんだもん」


 山のように積まれたジャージを眺めながら、千尋は頬を膨らませる。放課後のトレーニングも学校のものを使っている。家でも中学のジャージをよく部屋着に着ていたから学校指定のジャージ以外は持ってないんじゃないかしらね。


「普段から運動してないから持ってなくてもしかたないわよね」


「うちも特にないぞ。学校ので十分じゃろ」


「丈夫だけど、やっぱり校章が入ってるのはちょっとね」


 烏丸高校は特別優秀な生徒が集まってるわけでもない。恥ずかしくはないけど、自慢げに校章をつけたまま着るものでもない。


「だからさ、筋肉部でお揃いのやつ買おうと思って。もちろん伊織ちゃんと七緒ちゃんの分もね」


「そっか。僕たちのユニフォームだね。どれがいいかなー?」


 ジャージの山に圧倒されていた千尋の顔が明るくなる。千尋のセンスで選ばれるジャージに不安はあるけど割り込むわけにもいかない。わたしは祈るような気持ちで答えを待つしかなかった。

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