脅し文句は映画の受け売りそのままで

 バックヤードはバイトの募集のときに入ったからそんなに目新しいものはない。小さな事務スペースにはさっきの男の子と蛇ノ塚さん。それから知らないスーツの社員さんらしい人が難しい顔で座っていた。


 蛇ノ塚さんも黙ったまま座っていていつもの熱さは感じられない。変に暴れて疑いが深まるよりはいいんだけど、なんだか珍しいわね。


「今はどんな状況なの?」


「黙ったままで全然話そうとしないから困ってるんだよ」


「シリアルナンバーはなくなったものだったんですか?」


「もちろんだよ。僕がきちんと押さえておいたからね」


 昨日、蛇ノ塚さんがトラブルに巻き込まれて動転した千尋はそのときに入れ替わったらしい。その間にやることをしっかりと済ませてたってことは、もう一人の千尋は榊原さんと同じ推理をしていたってことね。


「本当に千尋とは思えないくらいなんでもできるわね」


「そんなことないよ。千尋だって同じことができるはずだから」


 シリアルナンバーは連番でなくなっていたわけだから、間違った数字を押さえていない限りこの男の子がクロで間違いない。それでもだんまりを決め込むくらいの理由があるのかしら。


「蛇ノ塚さんはさっきからどうしたの?」


「今はうちもまだ容疑者の一人じゃ。騒ぎたてるのは道理に合わん。黙って裁かれるのを待つだけじゃ」


「仁義ってあんがい柔軟性がないものなのね」


 容疑者が二人ともだんまりを決め込んでいるし、かといってそのまま警察に引き渡すにはちょっと早すぎる気もする。なんとも微妙な膠着こうちゃく状態に陥っている。


「それでは少しお話してみましょうか」


 榊原さんがわざとらしくこほん、と小さく咳をする。小さくても何かを説明するとなるとやっぱり風格が出るわね。


「シリアルナンバーの話はもうおわかりでしょう。ではこのカードを誰からもらったか、ですが」


「え、わかるの?」


「壮大な犯罪組織でもない限り、事情はいくらかのパターンに当てはめられます」


 そういうのに興味なさそうだと思ったけど、榊原さんはすらすらと自分の推論を述べていく。やっぱり賢いと知っている人はそういう語りもサマになるわ。


「容疑者はかなり有力な証拠があるのに黙秘を続けている。そういうときはこのカードそのものではなく、その裏にある事実を隠したがっているんです」


 うなだれて沈黙していた男の子がはっとして顔を上げた。榊原さんの言っていることは正しいみたい。でもすぐに何も知らないふりをしてうつむいて何も言おうとはしなかった。


「裏にある事実、ってなんなの?」


「それはわかりません」


 けろりとして言う榊原さんにわたしと黒羽根さんが揃って肩を落とした。自信満々に言ってたのに結局わからないの? それじゃ結局のところ追いこむにはまだ足りないってことね。


 結局振り出しに戻ってしまった。この後どうすればいいのかしら。無意味に集まってきたわたしと黒羽根さんはとっても居心地も悪い。できれば早く解放してほしいわ。


 誰も何も言えない雰囲気をぶち破るように、急に千尋が強く机に手を叩きつけた。大きな音が小さな事務所に響く。目の前の光景に驚いた顔をして容疑者の男の子は固まっている。


「ええかげんゲロったらんかい!」


「ひえぇぇぇ」


 必死に声を低くして恐ろしさを込めている。千尋の気迫に男の子は震えあがっている。普段の千尋を知ってるわたしからすると、無理してるのがわかってちょっとおもしろいだけなんだけどね。


「しらばっくれとったら指詰めるだけじゃすまへんぞ! タマとったるけえのう!」


 言葉の意味はわからないけどとにかくすごい剣幕だわ。女の子とはいえ年上の高校生。千尋の勢いに中学生くらいの男の子は震えあがっている。固まった顔が小刻みに震えている。ぽろぽろと大粒の涙が流れ始めた。


「だって、こうしないと警察に言うって」


「誰がそんなこと言ったの?」


 一度溢れ始めた涙はそう簡単には収まらない。涙で聞き取りにくい声をなんとかほどいていくと、ようやく話の筋が見えてきた。


「前に、お店でお菓子を盗んで、呼び止められて、それで」


「前にも万引きしたことがあるってこと?」


「それで、言うことを聞けば警察には言わないって言われて、それで」


 いっそうあふれ出る涙の量が増えていく。ここから先は話を聞くのに時間がかかりそうだ。泣き崩れた男の子を一度休ませることにすると、榊原さんは得意そうな顔で鼻を鳴らした。


「ボクの考え通り、後ろに隠れていた事実がありましたね」


「また失敗しました、っていうのかと思ったわよ」


「問題は黒幕が誰なのか、ですが、それは彼が落ち着けばすぐにわかるでしょう」


 千尋がすごんだせいでそれは時間がかかりそうだけどね。まったくあんな声出して後で喉が痛んだらどうしてくれるのよ。


「あれ? 犯人見つかったの?」


 当の千尋はというと、元に戻ったおかげで何をやったのか全然覚えてないし。任侠映画を山ほど見てたからそれを真似したんだろうけど。


「うむ。ええ口上じゃった。威勢とはったりは脅すのには重要じゃけえのう」


「そんなこと言ってるから周りから変な疑いをかけられるのよ」


「七緒はもう大丈夫なの?」


 ちょっとズレてる千尋はとりあえず放っておいて、容疑が晴れた蛇ノ塚さんの扱いはどうなるのかしら。ヤクザの息子であることは変わりないから、もしかするとクビになっちゃうのかしらね。


「ああ、うちは千尋の男気が見られて満足じゃけえ。漢になったんじゃな」


「いや、千尋は女の子だから」


 ただでさえ今、千尋までヤクザの子なんじゃないかって疑われてそうなんだから、これ以上誤解を増やさないでほしいわ。さっきから青い顔をしてこっちを見てるんだけど。


「とりあえず私たちの仕事は終わったわね。まったく人騒がせなんだから」


「あとはうちが片付けとくわ。少なくとも千尋には面倒はかけん。助けてもらった恩は必ず返しちゃる」


「別に千尋は働かなくても大丈夫なんだけどね」


 言ったところで蛇ノ塚さんは聞かないことくらいわかってる。せめて上手くいくように願っておくわ。


 事務所を出ると同時に、緊張して一言も話さなかった黒羽根さんが大きく伸びをしながら息を吐いた。


「ふあ~、全部解決してよかったねぇ」


「何もしてなかったじゃない」


「こういう頭使うのは苦手なんだよ。私はほら、動くの担当だから」


「お菓子買って食べてただけなのに、よく言うわ」


 まぁわたしの代わりに榊原さんの生贄として働いてもらったしね。さすがにおんぶして町の中を歩くのはわたしにはできないわ。


「もしかして伊織ちゃんって大人の男の人でも全然平気なタイプ? すごいねぇ」


「ボクも疲れました。知らない人と話すのは大変ですね」


 榊原さんはコミュニケーション能力が足りないんだから。だからわたしと違って女装してることがなかなかバレないんだろうけどね。


「じゃあさ、ハンバーガーでも食べにいこうよ」


「さっきお菓子食べてたじゃない」


「頭を使うとお腹が空きますからね。たまにはそういうものもよいでしょう」


 ジャンクフードはお肌に影響が出るからあんまり食べないんだけどね。榊原さんの言う通り、たまにはいいのかもしれないわ。


 それに友達と一緒に、なんてなかなかないものね。スマホの容量を確認する。大丈夫、まだ写真を撮るくらいは残っている。


 先導する黒羽根さんに置いていかれないように、ちょっと小走りに背中を追いかけた。

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