実に簡単な推理だよ、伊織ちゃん

 スーパーの売り場は前に来たときよりはいくらか人の入りは少なかった。近くに学校もないからか、制服姿はわたしたちだけでちょっと浮いているような気がする。まして片方はなぜかおんぶしてるんだからなおさらよね。


「おっきいところですね。オムライスはどこでしょうか?」


「買い物に来たわけじゃないのよ。っていうか理科室に山ほどあるじゃない」


「そうでした。久しぶりだったのでつい」


 何のために来たと思ってるのよ。レジの周りを見てみると、確かにお客さんになにかカードみたいなものを渡している。あれが千尋の言っていたスクラッチカードってやつね。


「あれ、一枚欲しいですね」


「五百円の買い物ごとに一枚だって。何か欲しいものあったかしらね」


「じゃあ私おやつ買いたい!」


 お菓子の並んだコーナーに黒羽根さんが早足に向かっていく。わたしは何か必要なものあったかしら。安いなら日用品でも少し買っておこうかな。


 結局安かったハミガキ粉に黒羽根さんがカゴいっぱいに入れてきたお菓子を足すと、カード二枚をもらうことができた。よくあるキャンペーンのスクラッチで十円玉で擦って出てきた金券を使うことができる。


「ふーむ。これが盗まれたんですか」


「そうみたいね。小さいし、隠されたらわからないかもね」


「でもすぐにお店の人も気付いたんだから一枚や二枚ってわけじゃないんだよね?」


 買ったばかりのポテトスナックを開けて、黒羽根さんはカードを覗き込んでいる。買い食いは禁止なんだけどさすがに先生たちもこんなところまでは見回りに来ないでしょうね。


「結構な数を持っていったみたいよ」


「だったらどうやって隠したんだろうね?」


 持ち物チェックされたのはたぶん蛇ノ塚さんだけだったんでしょうね。盗みがあってそこにヤクザの娘がいた。しかも入ったばかり。そっちにばかり目が行くのもしかたないのかもね。


「ふーむ。なるほどなるほど」


「どうしたの? いい額が出たの?」


「いえ、ちょっとここを見てください」


 榊原さんが指差したカードの端を覗き込む。細くて白いきれいな指先にあったのは小さな文字で書かれたシリアルナンバーだった。


「盗まれたカードにも同じようにシリアルナンバーがついていたはずです」


「ほれっへ、ろういうほと?」


「食べてるときに話さないでよ」


 ハムスターみたいに頬を膨らませている黒羽根さんにポケットティッシュを押しつける。そんなにお腹が空くような時間でもないと思うんだけど。油でべとべとの手でそこらを触ったりしないでよね。


「本物のお金なら他のお店で使えばいいですが、金券だとここのお店でしか使えません」


「ほんとだ。有松駅前店のみご利用可能って小さく書いてあるね」


「つまりそのなくなったシリアルナンバーの金券を持ってきたら犯人ってことね!」


 やっぱり頭のいい子を連れてきたのは正解だったわ。早速千尋に報告しなきゃ、と言うより先に黒羽根さんが走り出した。


 スタッフ以外立ち入り禁止の事務所の方へ走っていく。追い返されなきゃいいけど。


 さすが運動神経じゃ勝ち目がないわね。早ければ早いほどいいのには違いないけど。


「わたしも行った方がいいかしらね」


「あ、ちょっと待ってください。ボク、失敗しました」


 立ち上がったわたしの袖を榊原さんが引っ張る。もしかしてわたしがおぶっていってあげなきゃいけないの? と思ったけど、どうやら違ったみたい。


「説明する順番を考えるべきでした。今の仮説は金券が目的だった場合です」


「でも他に目的なんてある?」


「七緒さんに罪をかぶせるためだった場合です。七緒さんの家のことを知っていて解雇してもらうためにやった可能性があります」


 そっか。採用担当の人が知らなくても働いてる人の中には蛇ノ塚の名前を知ってる人がいてもおかしくない。いきなりヤクザの娘だって言ってもあの蛇ノ塚さんを知ってたら信じてもらえないかもしれないものね。


「問題を起こしてから家のことを言えば、周りも信じてくれるってわけね」


「そうです。その場合はもうこのカードに用はありません」


 それじゃ変に騒ぎたてると蛇ノ塚さんの疑いは深くなるかもしれないってことね。


「じゃあ黒羽根さんを止めに行かないと!」


「もう行ってしまいましたよ」


「そうだったわね……」


 とりあえず今からでも追いかけるしかないわね。ちょっとぐずる榊原さんの手を引いて、レジに立つ千尋の方へと向かった。


「見ぃつけた~」


 わたしが辿り着く前にねっとりと絡みつくような千尋の声が聞こえた。


「このシリアルナンバーは盗まれたやつね。さ、どこで手に入れたのか教えてもらうからね」


 レジに立った千尋がカードを見せつけながら、買い物に来たお客さんの手をつかんでいる。あまりに大胆で人違いかと思っちゃうくらい。


「もしかして気付いてたの?」


「もちろんよ、伊織ちゃん。僕を誰だと思ってるの?」


 あの千尋が、と思ったけど、話し方を聞いてすぐにピンときた。


「またあなたなのね」


「千尋が困ってたら助けるのは僕の役目だもの」


 前は女装男子が好きだからって出てきてたのに。いつからそんな役目が追加されたのよ。それにしても見つけたってことは、この男の子が持ってきたってことよね?


 もう一人の千尋に腕をつかまれているのは中学生くらいに見える男の子。悔しそうに千尋を睨んでいるけど、振りほどけるような雰囲気はない。


「さてと、じゃあマネージャーのところに連れていってくるわ」


 千尋がレジを一度閉じて、男の子を連れてバックヤードへと向かっていった。


「これで一件落着しそうね」


「ん~、なんか拍子抜け?」


「あ、帰ってきたのね」


「なんか怒られて追い出されたよ」


 そりゃ関係者じゃないんだから当たり前よ。でもこれで解決してくれたら助かるわ。別に推理小説の探偵役じゃないんだからこんなものよね。


「いえ、まだですよ。あの人はここで働いている人じゃないんですよね? それならまだ誰が盗んだかはわからないですから」


 トカゲのしっぽ切りみたいに簡単に見捨てるものかしらね。弟とかなんじゃないの? そう願っているけど、千尋はなかなか戻ってこない。ちょっと不安になってくるわ。


 お店から少し離れて様子をうかがっていると、十分くらいしてようやく千尋が戻ってきた。キョロキョロと辺りを見回していたかと思うと、わたしたちを見つけて駆け寄ってくる。


「いたいた。ちょっと来てもらっていい?」


「どうしたの?」


「なかなか口を割らないんだよ。それでカードのこと説明してもらおうと思って」


 部外者がいろいろ並べ立てたところで効果あるのかしら。とはいえもう一人の千尋が呼んでるってことは何か考えがあるってことよね?


「じゃ、ちょっとだけ。お願い」


「何を考えてるのかわからないけど、下手なことしないでよね」


 釘を刺しても少しも手ごたえがない。やっぱりこっちの千尋は捉えどころがないわ。

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