女装男子探偵団(仮)
千尋が蛇ノ塚さんを連れて来たのは夜の七時を過ぎた頃だった。ご飯を食べて片付けを済ませて、時間つぶしにストレッチをしているところだった。まだ一日目だっていうのに蛇ノ塚さんはすごく暗い顔をして黙っている。
狭い部屋の小さなローテーブルにお茶を出してあげると、蛇ノ塚さんはのどが渇いていたみたいで一気に飲み干した。
「男気はどこいったのよ」
「こればっかりは簡単じゃないのう」
「仕事が大変すぎる、って感じじゃないわね」
根性の塊みたいな蛇ノ塚さんが忙しいなんて理由でこんな顔をするはずがない。どんなに辛くても顔には出さずに耐え忍ぶはずだもの。
「七緒が泥棒だって言われたんだよ」
「えぇ。なんでそんなことになったのよ? まだ初日なのに疑われるようなことも何もないでしょ」
「蛇ノ塚を知っとるやつがおったんじゃ。物がなくなったとたんうちが犯人扱いじゃ」
ヤクザの息子、いやスーパーでは娘だと思われてるからってことね。いくらなんでもバイト初日でそんなこと言われるなんて言いがかりもいいところだわ。まだ何かしたわけでもないのに。
千尋の話を聞くと、今お店でスクラッチキャンペーンをやっていて、レジでお客さんにそのカードを配っているらしい。そのカードからカードのポイントや割引券が出てきて、次のお買い物のときにお店で使えるというよくあるイベントだった。
「そのスクラッチカードがなくなってたんだ」
「バックヤードとかにあったやつだったの?」
「ううん。空いてるレジに置いてあったのがなくなってたって」
ちょっと不用心だけど、本物のお金じゃないしちょっと緩くなっているのはしかたないのかしらね。レジの脇に積んであったカードの束から真ん中あたりがごっそりとなくなっていたらしい。
「持ち物のチェックとかされなかったの?」
「もちろんされたよ。七緒のカバンからは何も出てこなかったよ」
「それなのに疑われてるの?」
「一人が蛇ノ塚がヤクザの家じゃって言っただけでこれじゃ。まだ疑いじゃし、総菜係の先輩はうちをかばってくれたんじゃ。シロじゃと証明できんのはくやしいのう」
唇を噛んで蛇ノ塚さんは肩を落とした。思ってた以上に深刻な感じね。それなら早く解決してあげないと。でもいい方法なんて思いつかなかった。
「入って早々に真犯人探しなんて面倒な話ね」
「誰も信じてくれんなら辞めりゃあええが、信じてくれる人がおるなら潔白を証明せにゃおえんのじゃ。仁義を通すんがうちのやり方じゃ」
「そうだよ。七緒に罪をなすりつけてる人がいるってことなんだから」
「そうよね。とにかく明日わたしも様子を見に行くわ。あ、友達だって言うのは内緒ね」
人事の人には顔を憶えられてるかもしれないけど、まずは状況を確認しないと千尋は興奮していて説明が抜け落ちてるかもしれないし。外から見て何か原因を探してみれば案外簡単に犯人も見つかるかもしれない。
黒羽根さんと榊原さんも連れていこうかしらね。わたし一人より絶対に役に立ってくれるはずだしね。
「絶対犯人を探し出して、七緒に謝ってもらうんだから」
千尋のやる気にわたしも蛇ノ塚さんもイマイチ乗っていけない。こういうときの千尋って空回る気がするのよね。こっちにも用心しておかなきゃ。
「じゃあ明日ね。蛇ノ塚さんもちょっと我慢しててね」
「うちが先に折れるわけにはいかんわ。最後まで戦ったる」
犯人が見つかったらそのまま突撃しそうな勢いね。こっちのコントロールは千尋に任せよう。いつの間にか仲良くなったみたいだし。
二人並んで帰っていく背中を見送りながら、ちょっとだけ疎外感を覚えてしまう。
「忘れよ。気のせいよ」
途中だったストレッチに戻って、妙な考えを体から外に追い出した。
次の日の放課後。千尋はチャイムと同時に教室を飛び出していく。少しでも証拠を探しておこうってことなんだろう。何か見つかってくれるかしらね。
「や、伊織ちゃん。何か大変みたいだけど、私で力になれるの?」
「蛇ノ塚さんもたくさん味方がいた方が安心でしょ」
「そうだね。頭使うのは苦手だけど、それでもいないよりいいよね」
「それに、生贄は多い方がいいからね」
千尋にくっつかれるのは嫌だけど、いつもわたしにべたべたされても疲れちゃうもの。榊原さんの相手は持ち回りで担当してもらわなくちゃね。
「何か言った?」
「ううん、なんでもないわ。榊原さんのところに行きましょ」
榊原さんが外に出るところなんてまだ一度も見ていない。もしかしてこの先の問題解決よりも大きな苦労があるんじゃないかしら、なんて考えながら、黒羽根さんと二人、いつものように理科室へと向かった。
「ボク、研究はしていますが、推理はできませんよ?」
「いいのよ。人がたくさんいた方が蛇ノ塚さんも安心できるでしょ?」
「そういうものですか。そういうことでしたら、学校のどこですか?」
「学校でバイトできるわけないじゃない。市内のスーパーよ」
さっきまで思った以上に乗り気に見えた榊原さんの顔が真夏の夕立よりも早く曇っていく。昨日の蛇ノ塚さんに負けないくらいの大きく重い溜息をついて、定位置になっている理科室のイスに座り込んだ。
「残念ですが、お力にはなれそうにありません」
「どうしたのよ、急に?」
「ボクは学校より外に出ていくだけの体力はないので。おとなしくここで待っています」
「じゃあどうやって家に帰ってるのよ?」
水しか入っていないビーカーをガラス棒でくるくるとかき混ぜている榊原さんは冗談を言っているようには見えない。
確かに理科室から出ているところを見たことはないけど、だからってずっとここに住んでるわけじゃないでしょ。座敷童みたいに住み着いてたらさすがに学校の怪談に数えられてそうよ。
「じゃあ私がおんぶしていってあげようか?」
「そういう問題じゃないでしょ」
わたしもそろそろ溜息をつきたくなってくる頃よ。ツッコミにもそろそろ疲れたと思っていたんだけど、榊原さんはキラキラとした目で黒羽根さんの顔を見つめている。
何かスイッチが入る要素があったみたい。
「それはとっても魅力的な考えですね!」
「そうでしょ? 詩栄理ちゃんちっさいし、私なら軽々連れていけるって」
「学校の外に行くなんて久しぶりです。さあ早く出かけましょう!」
そう言うのが早いか、榊原さんは黒羽根さんの背中に飛びついた。しゃがんだ背中に登るように体を預けると、気持ちよさそうに頬ずりなんてしている。
「千尋さんや伊織さんの膝に勝るとも劣らないこの安心感。最近皆さんのおかげで心の
神様も安い働きで感謝されてありがたいでしょうね。黒羽根さんも特に気にしてないみたいだし、そのまま電車に乗れちゃうみたいね。
男同士でおんぶなんて目立ちそうなものだけど、この二人ならじゃれ合ってる女の子同士に見える。かわいいって得だわ。
「じゃ、千尋たちのバイト先に行ってみましょうか」
「おー!」
なんだか子守りが増えたみたいでわたしの苦労は尽きなさそうだ。
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