必殺技は男のロマン

「いやー、晴天じゃのう。絶好のスポーツ日和じゃ」


「だねー。練習試合は体育館だけどねー」


「和んでなんで試合の準備手伝いなさいよ」


 バレーボール用のポール立てに少し短いものを差し込んでネットを張る。ボールの準備に水分補給の準備に、応急処置キット。やることはたくさんあるんだから。


「よろしくお願いしまーす」


 なんとか準備が整ったところにちょうど相手校がやってくる。向こうもメンバーは四人。やっぱりマイナースポーツの部活って大変ね。


 審判はこっちの体育教師が担当してくれるみたい。スポーツ校だったこともあって、あまり知らない競技に詳しい先生が結構いるのよね。うちの担任は数学担当だけどアメフト好きだったはずだし。


「じゃあ最初は私と川上と」


「千尋ちゃん、いってみようよ」


「えぇ! 僕がいきなり出るの?」


 全然予想していなかったみたいで、千尋は滑ってこけたような情けない声を上げた。当然よね。わたしだって黒羽根さんが出るものだと思ってたもの。


「昨日も練習頑張ってたし、きっと活躍できると思うんだよね」


「そっか。じゃあ渡会さんよろしくね」


 昨日も頑張ってたっていうのは嘘じゃないけど、それってどちらかというと飛んでいったボールを自分で追いかけてたって感じだった。わたしにはわからないだけで黒羽根さんには千尋のすごさが伝わってるのかもしれない。


「うん。頑張ってみるよ!」


 周りにおだてられて千尋は勢いよく立ち上がる。その背中を見上げてもわたしには全然頼りになるようには見えないんだけど、黒羽根さんを信じるしかないわね。


「それではこれから試合を始めます」


「よろしくお願いします」


 相手もそれほど身長が高いということもなく、体格は同じくらい。さすがにみんな経験者みたいでコートでの立ち方もサマになっている。もう千尋が一人威圧されていないか心配になるくらいよ。


「大丈夫大丈夫。そのうち体もほぐれてくるよ」


「本当かなぁ」


 予想が当たったのはわたしの方で、千尋は飛んできたボールをいきなりネットの逆側に蹴り飛ばすと、顔を真っ赤にして周りの反応を気にしている。


「ドンマイ!」


「ご、ごめん!」


「やっぱりいきなりは難しかったんじゃない?」


 試合は相手のペースで進んでいる。千尋のフォローで二人は大変そうだし、千尋も緊張で動きがぎこちないし息が上がってきている。もう変わってあげた方がいいのかもしれない。


「ねぇ、やっぱり」


「いいの。ここで諦めてたらカッコいい男になんていつまで経ってもなれないよ。私がそうだったんだから」


 そっか。黒羽根さんはスポーツで活躍できなくなって女装して女の子に混じるようになったんだっけ。今の千尋が昔の自分に少し重なって見えているのかもしれない。


「まだ千尋ちゃんの心は折れてないから、大丈夫」


 その声は確信があるというより、願っているようだった。


「千尋ー! 頑張れー!」


 いてもたってもいられなくなって、わたしは立ち上がって声を上げた。これくらいしか今はしてあげられることはない。だからせめて出せる限りの声で叫んだ。


 千尋と目が合う。瞳の光が強くなる。わたしにだけ見えるように小さくピースマークを作っていた。


 ふわりと上がったボールが千尋の頭上に飛んでいく。アタックのチャンス。でも千尋はネットとは反対にそっぽむいてしまう。


「ちょっとそっちは逆」


 と言おうとしたところで、千尋が膝を曲げてぐっと体を沈める。その勢いで体をひるがえすと、ネットの遥かに上から鋭いアタックが相手のコートに突き刺さった。


「おお、オーバーヘッドキックじゃ! やりおるのぅ」


「やったぁ!」


 黒羽根さんは自分のことのように喜んでいる。あの千尋があんな動きができるなんて。


「って千尋は大丈夫なの?」


 コートの中央でなかなか起き上がらない千尋に駆け寄る。


「あっはは。着地に失敗しちゃった」


「ちょっと無理しないでよ」


「伊織ちゃんは心配性だね。頭は打ってないから大丈夫だって」


 この話し方ってことは、いつの間にか入れ替わってたのね。


「あなただったのね。勝手なことしないでよ。千尋の体なんだから」


「さすがに交代してもらおうかな。腕はすりむいちゃったかも」


 コートの外に引き上げて腕を見ると少し赤くなっている。傷が残ったりはしないはずだけど、やっぱり心配になるわ。


「しみるから我慢するのよ」


「はーい」


 おとなしく腕を差し出したもう一人の千尋に応急処理をする。たぶん平気だとは思うけど、やっぱり佐藤先生に見せた方がいいかしら。


「後は私に任せてよ。千尋ちゃんの仇はとってくるから」


「よっしゃー、いったらんかい!」


 さっきの千尋のアタックのおかげで相手はかなり驚いているみたい。守りを固めるために後ろに下がって警戒を強めている。そこに代わって入ってきた黒羽根さんの動きが合わされば、相手は翻弄ほんろうされるばかりだ。


「よーし、頑張って!」


 千尋は目を閉じて休んでいる。わたしと蛇ノ塚さんは完全に応援団員になってしまっている。でもなんだかチームになってきたみたいで楽しい。


「ありがとうございました」


 試合は勢いに乗ったこっちが終始ゲームを握っていて、実力差はなさそうだったのに、結果は圧倒的だった。間違いなく今日のMVPは千尋ね。


「ん~、あれ試合は?」


 片付けを済ませていると、ようやく千尋が目を覚ました。普段の千尋じゃ絶対にできない動きだったし、結構無理をしたのかもしれない。


「大活躍だったよ。今日の勝利は千尋ちゃんのおかげだね」


「え、僕が? なんだかよく覚えてないんだけど」


「渡会さん、よかったらこれからもうちの助っ人に来てよ。頼りにしてるから」


「え、えっと。役に立てたなら嬉しいかな?」


 よく覚えてないみたいで、千尋は周りから褒められてるのに他人事みたいに喜んでいる。


「確かに今日の千尋はカッコよかったわ」


「本当!? じゃあモテる男に一歩近づいた?」


「そうかもね」


 やったのは今の千尋じゃないけど、カッコよかったのは事実だわ。セパタクロー部の二人も喜んでるし、黒羽根さんの指導で本当にモテる男に近付いてるかもしれない。


「よーし、勝ったからカツ丼食べにいこうよ。ドン勝だよ!」


「なによ、それ。初めて聞いたわ」


 あまりカロリーの高いものはよくないけど、今日くらいはいいでしょ。勝った喜びで実質カロリーゼロよ。


 セパタクロー部の二人と並んで黒羽根さんのオススメのお店でお腹いっぱいカツ丼を食べた。二杯目にいった蛇ノ塚さんを追いかけておかわりしようとした千尋を止めるのが大変だったけど、楽しかったわ。


「よーし、これからも僕、頑張るからね!」


 千尋の笑顔にほっとすると同時に、どうしてあのタイミングでもう一人の千尋が出てきたのか。おみそ汁に反射するわたしの顔は少し不安げだった。

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