ピンチの助っ人に入ればモテますか?

 ブラをつけさせた効果は意外なところに現れた。


「なんか千尋ちゃんの走るフォームがよくなったね」


「そうかな? あんまり変わらないと思うけど」


「確かに今日は息が上がっとらんのう」


 体力がついてきたってこともあるだろうけど、言われてみると今日は最後までへにゃへにゃした千尋は見られなかったような気がする。


「これならもしかしていけるかも?」


「何の話?」


「実は今週末の練習試合に助っ人に行くんだけど、人が足りなくて」


「千尋で役に立つの?」


「伊織って僕を何だと思ってるの」


 わたしが言うのもなんだけどやっと走れるようになっただけで運動神経はほとんど眠ってるのよ。最終的にはモテるために運動もできてほしいんだけど。


「いきなり部活の助っ人なんて荷が重いんじゃない?」


「大丈夫。マイナー過ぎて部員がいなくて困ってるところなんだよ。とにかく練習試合で実績作らないと廃部の危機だって」


「そりゃ助けてやらんと男がすたるもんじゃ。何部なんじゃ?」


「セパタクロー部」


「セパ、何部?」


 黒羽根さんから聞いた聞き慣れないスポーツの名前をスマホで検索してみる。


「セパタクロー。足でやるバレー?」


 用語解説サイトにさっと目を通して、今度は検索結果に並んだ動画を一つ開いてみる。サッカーボールより一回り小さなボールを器用に足や頭を使って相手のコートにボールを撃ち込んでいる。


「オーバーヘッドキック! かっこいい!」


「真似しないでよ。頭打ったら危ないんだから」


 プロの選手だから毎回バレーのアタックのように華麗なキックで相手コートに素早いボールを撃ち込んでいるけど、高校生、しかも選手人口からしてここまでハイレベルなことにはならないわよね?


「それで部員は何人いるの?」


「二人」


「交代要員どころかスタメンもいないじゃない」


 動画を見た感じだと一チーム三人なんだけど。そりゃ廃部も秒読みになるわよね。


「こりゃ一大事じゃ。うちは手を貸したるで」


「助かるよー。交代できないと辛いからねー」


「困ってる人を助けるのもモテる男の条件だよね」


 これだけ乗り気なのにわたしだけいやっていうわけにもいかないわね。


「ありがとう。じゃあ今週末に向けてセパタクローの特訓も追加だね」


「え、追加?」


 今ランニングをなんとか耐えきって解放されたばかりなのよ。練習するならせめてランニングは減らしてもらわないと、本番になる頃にはボロボロになってるわ。


「じゃあわたしボール借りてくるね。練習用に外で使うボールがいくつかあったと思うから」


「しかも今日からなの?」


「時間は少ないからね。大丈夫。飛んできたボールを上に蹴られればそれでなんとかなるから」


 黒羽根さんの基準だとすぐできるのかもしれないけど、それをわたしたちにやらせるのは無理な話よ。千尋はもちろん、顔色をうかがった蛇ノ塚さんさえも青くなっている。


「大丈夫じゃ。気合と根性と男気があれば乗り越えられるはずじゃ」


「そんなこと思ってる表情じゃないわよ」


 乾いた笑いを浮かべる千尋の頭を撫でながら、わたしは地獄の特訓へのエネルギーを補給していた。


「じゃあ練習するよー。腕と手に当たっちゃダメだから。サッカーと同じね」


「ヘディングはできるから頑張りましょう」


 黒羽根さんはボールと二人しかいない部員、藤野さんと川上さんを連れてきた。二人とも目がキラキラしている。今まで試合の人数すら足りなかったのに、一気に二チームできたんだから無理もないわよね。


「上に蹴ればいいんだよね?」


「だからってホームランにすりゃええもんとちゃうわ!」


 校庭の端を借りて即席セパタクロー部の開始。でも足でボールを狙って蹴るなんて簡単にできるような運動神経はしてないのよ。


 コートのラインを引くまでもなくあっちこっちにボールが飛んでいく。これじゃ試合どころか練習もままならない。ボールを拾いに行くたびにランニングで疲れた足が重くなっていく。


「なんか試合も勝てそうな気がしてきました」


「今の状況でどうしてそんな言葉が出てくるのよ」


 さすが廃部寸前の部活は肝のすわり方が違うわね。この逆境でも前向きなことはお手本にしたいわ。


 ボールを使っているのに練習なのかランニングなのかわからないくらいに転がったボールを追いかけ続けていると、いつの間にか下校時間が近づいていた。


 わたしと蛇ノ塚さんはなんとか真上付近にボールを上げられるようになったけど、千尋の方は心配ね。


「ふへー、つかれた」


 気の抜けたサイダーみたいな声で千尋はその場に座り込んでいる。今日のホームランは十本超え。野球なら大活躍なんだけど、コートの中に入ってくれないと意味ないのよね。


「千尋、大丈夫?」


「週末までになんとかできるようになるかなぁ?」


 冷静に考えれば、部員が二人に黒羽根さんがいるんだからチームはすでに完成してる。わたしたちは観戦と応援と緊急時の補充要員になればそれでいい。


 でも千尋がやる気になってるのに、そんなことを言って水を差したくなかった。


「大丈夫よ。嫌でも黒羽根さんができるようにしてくれるわ」


「千尋ちゃんがやる気で助かるよ。じゃあ練習試合の前の日に体育館を使えるようにちょっと交渉してみるよ」


「おっしゃ、週末はうちのもん連れてきて応援団も作っちゃる」


「そんなことしたら二度と練習試合組めなくなるわよ」


 いくら廃業を考えていると言ってもそれなりの見た目のお兄さんたちでしょ。蛇ノ塚さんは平気かもしれないけど、相手校にどう思われるかわからないわ。


「よーし。筋肉部最初の大仕事、がんばろー!」


「筋肉部?」


「だから千尋プロデュース部だってば」


「任侠部じゃ!」


「もう何でもいいから早く帰ろうよぉ」


 好き勝手に言い放題のわたしたちに千尋の弱音が重なる。部活の名前は別にして、この四人で行動するのにも慣れてきた気がする。


「週末、ちょっと楽しみね」


「うん。僕も楽しみ」


 わたしのひとりごとに千尋の同意が重なった。

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