天才と変態は紙一重
「まだかなー、まだですかー?」
パウチに話しかける背中に回り込んでそっとその平らな胸に手を添えた。
「うーん、どうしたんですか?」
胸を触られても全然反応がない。やっぱりわたしの記憶は間違ってなかったみたい。
「あなた表彰されてたときは男子制服だったじゃない」
かわいい名前なのに、男の子だったからびっくりした覚えがある。わたしも名前で女の子に間違えられることはたくさんあるから一緒だ。
「そうでしたっけ? ボク、実験以外はあんまりよく覚えてないので」
「普通は三年間同じ制服を着てるものなのよ」
最近わたしの幼馴染は制服を変えたけどね。それは超例外の話よ。
「目についたところにあった方を着るのでよく覚えてませんね」
「なんですぐ目につくところに制服が両方あるのよ」
「お姉ちゃんの趣味、ですか?」
「わたしに聞かないでよ」
首をかしげながらあいまいな答えを返す。自分の服を自分で考えないってどんな気分なのかしら。わたしはそれができなきゃ生きていけないかもしれないから、そんなこと考えたこともなかったわ。
「伊織ー、ここにいるの? って何やってるの!?」
「あ、千尋。いや、これはね」
榊原さんは男の子なんだけど、千尋からすればわたしが見知らぬ女の子に抱きついているようにしか見えない。
っていうかつい最近まったく逆の立場でもう一人の千尋に怒ったばっかりなんだから今の千尋の気持ちはよくわかる。
「そのね、この子は榊原さんって言って、その」
「あ~あ、千尋を泣かせちゃダメじゃない、伊織ちゃん」
「あなた、まだ出てきたのね」
千尋にはできなさそうな軽やかなステップでわたしの方へとやってくるとわたしごとまとめて榊原さんに抱きついた。
「こんなにかわいい女装男子が二人もいたら出てこないわけがないじゃない」
「どなたですか?」
「僕のことはなんでもいいの。詩栄理ちゃん? 制服にぶかぶかの白衣がとっても似合ってるねー」
柔らかな千尋の腕の感触が首筋にこそばゆい。一応体は女の子なんだから、スキンシップもほどほどにしてほしいところなんだけど。
二人に抱きしめられて暑苦しいはずの榊原さんは少しも顔色を変えることなくビーカーの中身を見つめている。
「あ、そろそろ温まりましたね。さっそくいただきましょう」
さっきまでぼんやりしていたはずの榊原さんは急に立ち上がると、わたしの体を振り切ってお皿にパウチを開ける。最後にケチャップをかけて完成したのは出来たてのようなオムライスだ。
「オムライスはすばらしいです。完全食品のたまごを主軸においしさを併せ持つまさに完璧な食べ物。これをいつでもどこでも食べられるようにすれば世界が平和になりそうです」
「いや、そこまでオムライスに力はないわよ」
わたしの答えなんて全然聞いていない。榊原さんは一心不乱にオムライスを口に運んでいる。
「なんだか変わった女装男子なのね」
「あなたには言われたくないと思うわ」
もう一つあるオムライスには悪いけどみんなと帰らないといけないのよね。
「あ、そうだ。みんなを呼んでくればいいんだよ。女装男子の会、楽しそうじゃない?」
「楽しいのはあなただけでしょ」
「きっと千尋も喜んでくれるよ」
「そうかなぁ」
それよりも呼んでいる間に榊原さんが食べ終わっちゃいそうなことのほうが心配だけど。
「じゃあ、連れてきたら?」
「僕はここで詩栄理を愛でてるから」
「わたしが行ってくるの?」
もう一人の千尋は榊原さんに抱きついたまま全然動く気配がない。黒羽根さんと違って嫌がってる様子もないから無理に引きはがすのもなんだか違うし。しょうがない。二人を呼んできた方が力になってくれそうだわ。
暗い廊下を先生に見つからないようにゆっくりと進み、わたしは多目的室から二人を連れて戻ってきた。
「へぇ、結構女装してる人っているんだね」
「人間生きとったら女を演じねばならんときがあるもんじゃ」
「いや、わたしたちが圧倒的に少数派よ」
黒羽根さんと蛇ノ塚さんを呼んで戻ってくると、榊原さんは当然のように二皿目に突入していた。隣では待っている、といったはずの千尋が元に戻って一緒にオムライスを食べている。
「このオムライスおいしいね」
「なんでそんなになじんでるのよ」
「千尋さんは素晴らしい考えの方ですね。オムライスの素晴らしさがわかるなんて」
なんかいつの間にか仲良くなってるし。今までは女の子みたいだからってどうしても自分に自信がないところがあったけど、最近の千尋は正真正銘の女の子になったせいか少し開き直ったところが見えてきている。
もしかすると、もう一人の千尋の性格が何か影響を与えてるのかもしれない。
「それに詩栄理ってとっても賢いんだって。だからこんな時間に理科室を使ってても先生に怒られないみたい」
「それは知ってるわ。集会で表彰されてたでしょ」
「え~、あの論文を書いて大学の先生に認めてもらえたっていう」
「ほぉ、それじゃったら任侠部の入部資格があるのお」
「なるほど、頭のいい男はモテるもんね。筋肉部だけど、私も教えてもらおうかなぁ」
だから任侠部でも筋肉部でもないってば。頭がいい男がモテるって話には同意するけど、この子って人に教えるってタイプに見えない。不安しかないわ。
わたしの悩みは増えていくのに、お気楽そうに笑っている二人も特に抵抗感もなくビーカーの中で温めたオムライスを食べ始めている。もしかしてわたしが少数派なの?
「これがレトルトなんだからすごいよねー……うっ」
「ちょっと千尋、大丈夫?」
だから得体の知れないものをなんでも口に入れちゃダメなのよ。
「あれ、失敗しました?」
「のん気なこと言ってないでよ!」
ただでさえ千尋は性転換とかいう訳の分からない現象に巻き込まれてるんだから。普通の人なら大丈夫でも千尋には効くかもしれないんだからね。
「うまーい!」
「何なのよ、心配させて」
「一回言ってみたかったんだよね」
まったく人騒がせなんだから。わたしの胃が持たなくなるわ。
「えへへ、伊織が心配してくれてる。ありがと」
「食べ終わったら帰るわよ。さすがにそろそろ怒られそうだわ」
榊原さんも優秀な人だからこんな時間まで残っていても見逃されてるんだろうけど、理科室でご飯を食べてるのが見つかったら何を言われるかわからないわ。
「ボクはいつもここにいますから、何か用事があればお聞きします。暇でしたら」
「今度勉強教えてね」
「はい。お力になりますよ」
これで運動、勉強、男気。これだけあればモテる男になるって目標にはきっと近づけるでしょ。後は千尋の努力次第ね。
「よーし、烏丸高校筋肉部ファイトー!」
ケチャップを飛ばしながらスプーンを振り上げる黒羽根さんにわたしの不安はこれからも拭えないことを感じていた。
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