はじめてのセーラー服
「なによ、まだ脱いですらないじゃない」
さんざん
「い、お、り、ちゃ~ん」
「千尋、まさかまた」
佐藤先生や登校中にすれ違った生徒には全然反応しなかったのに。どうして、なんて疑問をぶつける前に手を引っ張られてベッドに押し倒された。
「どうしたの? 僕の裸に期待してた?」
「するわけないでしょ。なんでわたしにだけそうなるのよ」
「僕が伊織ちゃんのことが好きだから、だよ」
にやけた顔でそんなこと言われてもロマンのかけらもないわ。力で押さえつけようとしているけど、元々力なんてない千尋が女の子になってるんだからわたしに勝てるはずがない。すぐに組み伏せて体を入れ替えて逆に千尋をベッドに押しつけた。
「伊織ちゃんったら大胆だね」
「そうね。最初から力ずくでよかったのよ。さぁ観念しなさい」
余裕ありげに頬を染める千尋の制服に手をかける。どうせこの後は着ないんだからちょっとくらいよれても構わないわよね。
「わたしは千尋と違って着せるくらいなんでもないからね」
押さえつけた千尋を強引に脱がせて、男子制服をベッドの隅に放り投げた。下に着ているティーシャツもパンツも男物。その下に本物の女の子の体が隠れていると思うと不思議な気分がする。
「きゃー、恥ずかしいー」
千尋は演技にもなってない棒読みで口ではいろいろ言ってるけど、抵抗する気は全然ない。脱がせた千尋にセーラーを被せる。浮いた腰にスカートを差し込んで後は整えるだけ。
「はい、できたわよ」
「ありがと、伊織ちゃん」
「じゃ、そろそろ元に戻りなさい!」
頭にげんこつを一発。ちょっとはれたら後で佐藤先生に診てもらいなさいよ。適当に放り投げた男子制服を畳んであげていると、両手で頭を押さえた千尋がようやく起き上がる。
「あれ、いつの間に僕着替えたの? しかも頭痛いんだけど」
「さぁね。じゃ、とりあえず手間賃に一枚」
セーラー服の千尋なんて新鮮ね。わたしだけの秘密の千尋フォルダにまた一枚写真が増えた。
「おい、終わったか? 騒いでないで早く教室に帰れよ」
「はいはい。もう終わりましたよ」
カーテンを引いて顔を出すと、佐藤先生はさっと手元のコップを背中に隠す。また飲んでたみたいね。我慢できないんだから。こっちとしては弱みを簡単に見せてくれるから助かるわ。また困ったら頼りにできそうね。
「なんか足元が心許ない気がする」
「すぐ慣れるわ。激しく動かなきゃ見えないし」
校則遵守どころか膝下まであるスカート丈じゃ見えそうにすらない。千尋のガードの甘さを考えると、これでもちょっと心配になってくるけど。
周囲を警戒するように廊下を歩くだけできょろきょろとしている姿は初登校の小学生みたい。守ってあげたい、と思うのはきっとわたしだけじゃないはず。
わたしの裏切ってもらいたかった予感は教室に入ると同時に当たっていたと感じさせられる。どこか浮足立った男たちがわらわらと集まってきて千尋を取り囲んだ。
「おおう。千尋、本当に女になってるよ」
「う、うん。僕もよくわからなくて。でも今まで通り中身は僕のままだから」
「僕っ娘! ナイス! 実にナイスだ、渡会!」
「え? え?」
戸惑いながらもぎこちない笑顔を作る千尋にまた一層の歓声が上がる。これは千尋が男に戻るのは難しそうね。女の子にモテれば戻れるかもしれないって話だったんだから、男にモテたら逆効果じゃない。
「ほら散りなさい。千尋はこれでも困ってるんだから。ちょっとそっとしておいて」
「宮津か。わかったよ」
「まったく。現金なやつばっかりね」
「ありがとう、伊織ぃ」
「そのへたれた声はやめなさいよ」
今日何度目かわからない千尋の情けない声はモテる男にはほど遠い。先が思いやられるわ。でも変に隠さなくてよくなったのは気楽でいいけど、男たちがまとまって千尋の方に近付いてくるのは困ったものだわ。
それに、あの千尋は出てこなかったみたいね。この状況で男どもに発情されたら止めるなんて不可能だったからよかったけど。それにしてもあの悩ましい千尋を見ていると魚っていうよりウサギなんじゃないかしらね。
「なんか大変なことになってるみたいだな」
「あ、淳一。見ての通りだよ」
「そんなに変わったようには見えないけどな」
「変わったように見えないのが困りものよ」
そう言って笑ったのはわたしの少ない友人のもう一人、
頭一つ抜けた身長。凛々しい眉と少し細い目。そして何よりも、何に対してもまっすぐに向き合うさっぱりとした性格が男女問わず人気を集めている。この間の春休みについに彼女を作ったことで最近は遊びに行くことも減ってるのよね。
彼女も清楚で真面目を絵に描いたような人で、確か名前は
無言のまま淳一を諦めた女の子も少なくないでしょうね。罪作りだわ。
「なんか困ったことがあったら言ってくれよ。力になるぜ」
「淳一は彼女の心配してなさい。千尋が女の子になったんだから嫉妬されるかもしれないわよ」
「そんなことないと思うぜ。伊織だって今まで一緒だったじゃないか」
「わたしはどうあがいたって男だもの」
「そういうもんか? 俺は他の女子よりは美人だと思うぜ」
淳一は恥ずかしげもなく真顔でそんなことを言う。それを聞いたわたしがどんなに嬉しいかなんて全然わかってないくせに。こういう部分では千尋もいい勝負できるかもね。素直って意味では。
「何かあったら呼ぶわよ。それまでは自分の心配してなさい」
「伊織がそう言うんなら信じるぜ。いつでも駆けつけてやるから遠慮するなよ」
「はいはい、期待してるわ」
そういうことは彼女にだけ言ってあげればいいのに。淳一の笑顔を片手で払って追い返した。千尋が女の子にモテなきゃいけないんだから、比較される男が淳一じゃちょっと分が悪いのよ。できれば頼りたくないところだわ。
「モテる男ならあのくらいにはならないとね」
もみくちゃにされた千尋の髪を手ぐしで直してあげる。髪も少し伸びたような気がするけど、元々こだわらない千尋のことだから全然美容院に行ってないだけってこともある。
「僕がなれると思う?」
「いきなり淳一になられたらまた驚かなきゃいけないじゃない」
千尋には千尋のいいところがあることくらいわたしが一番よく知ってるつもりだわ。
「でもかわいいだけじゃダメよね」
「もっと今までのイメージを壊しちゃうくらいの変身をしないとダメなのかなぁ」
そう言って頭を抱えた千尋を見ていると、あの悩ましい千尋の方がモテる男には近づけてる、なんて思ってしまうのだった。こんなこと千尋には絶対に言えない。
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