第9話 そうなんです。ちーちゃん、先生に向けて必殺技を繰り出すんですよ

「やっぱり、ソーシャルディスタンスって言うし、僕にも遠距離攻撃があっていいと思う」

「赤井さん? 今、それを言いますか?」

「え、でも遠距離攻撃があれば青田がそんなに落ち込むことはなかったわけだし」


 会社に帰った青田の手には今日の号外が握られていた。帰りにもらってきたらしい。題名は「まるで魔法! ついにテイズブルーが活躍か!」の文字がある。


「ようやく青田も怪人討伐第一号か。よくやったな」


 社長の黒木が休憩室へと入ってきた。その手にも同じ号外が握られていた。テレビでも話題になっているのではないだろうか。しかし、その青田の表情は曇っている。


「おう、どうした?」

「いえ、社長。討伐は赤井さんなんで」

「あ? じゃあ、この号外とかテレビとかはどうしたんだよ?」


 僕にも責任があると言えばある。だけど、これをどうすればいいのかというのが僕には分からなかった。青田はそれ以上、何も言えずに床を見つめている。号外と一緒に役所に提出する怪人討伐申請を持っていたが、その手が震えているようだった。

 黒木は何がなんだか分からんといいながらインスタントコーヒーを入れてソファに座り、テレビをつけた。


『ご覧ください。本日の午前中に出現したカニ型の怪人ですが、駆け付けたTAIS戦隊アクショ忍の中でもテイズブルーが先陣を切って突撃したという珍しい状況です』


 そこには今日の午前中のVTRが映っていた。僕は青田に同情してしまったので、少ない小遣いから昼めしにラーメンを奢ってあげたのだけども、青田はこの映像の出来事が許せないようだった。


『次の瞬間です。まだ定時レッドがカメラの視界に入らない後方にいる状況ですが……ここです。テイズブルーが両手を広げている素振りをしているのが分かります』

『これは、今までに見たことのないポーズですね』

『ええ。専門家によると、何らかの力を使っている可能性が非常に高いということでした』

『それは他のヒーローたちの持つ「超能力」や「魔法」といった力と同系統のものでしょうか』

『詳しいことは分かりませんが、いままでアクショ忍にはこのような力をつかったメンバーはいませんでしたが、テイズブルーが初めてその片鱗を見せたということではないでしょうか』

『アクショ忍はどちらかというと兵器をつかって戦うメンバーが多いですからね』

『定時レッドが兵器を使ったところは見た事ありませんが、他のメンバーはほとんどが兵器を使用しますね』

『こころなしか、テイズブルーが光っているようにも見えます』


 テレビのコメンテーターが勝手な事を言っていた。


「光ってないですから!」

「ううむ。おい、青田。これ、何をしたんだ?」

「何もしてないんですよ! 何も!」


 もはや逆切れの青田である。青田だけに青筋立てて起こっている。さっきまで落ち込んでいたというのに。これだけ元気だったならば、昼間になけなしの小遣いでラーメン奢らなくても良かったな。


「いや、でも怪人が爆発四散してるが?」

「それ、後ろから赤井さんが石投げたんですよ! カメラに映らないくらいの剛速球で!」


 急に爆発したかのように吹き飛ばされた怪人だけがテレビにうつる。お茶の間に配慮してモザイクがかかっているから、僕が投げた石の形なんて判別できるわけがない。


「赤井さん、新しい靴がきつくて脱いでたもんで車から降りるの遅れたからって、その辺に落ちてた石投げたんですよ! 信じられますか!? 十分な遠距離攻撃ですよ!」

「い、いや、それはどうだろうか」

「ちょうどいい石が落ちてたもんで」

「いきなり怪人が目の前で爆発した僕の身にもなってください! だいたい、後ろから殺気を感じたからあんな変なポーズ取っちゃったっていうのに……」

「そ、そうか……とりあえず討伐はTAISレッドで申請しといてくれな」


 ううむ、やはりちゃんとした遠距離攻撃を覚えるべきだろうか。


「ああ、そういえば今日は小学校の面談の日なので早退します」

「なんか赤井んところの小学校、面談が多くないか?」

「普通じゃないでしょうか?」

「よく呼び出されているような気がしますが」


 そんな事を言われても僕にはよく分からないし、ちーちゃんは優秀でいい子だしな。




 ***




「らぶきっすれっどぉー」

「いたたた! ちょっと、ちーちゃん。小学校で必殺技は出しちゃだめだって言ったでしょう?」

「ええ? パパはこのくらいなんともないっていうよ?」

「痛いから! 十分痛いから!」


 僕が小学校に迎えに行くと、男の先生に向けて必殺技をかますちーちゃんがいた。お友達に必殺技はしないという約束は守っているようだ。安心した。


「あっ、パパ!」

「ああ、赤井さん。申し訳ありません。お呼びしまして」

「いえいえ、娘が何かしてしまったようで」

「そうなんです。ちーちゃん、先生に向けて必殺技を繰り出すんですよ」

「はあ、そうですか」

「それがですね。すでに6年生並みの威力がありまして……」


 なんと、うちの子は1年生にしてすでに6年生並みの力があるという。僕が感動していると、先生が続けた。


「ですので! お父さんの方からも注意をしていただきたいと思いまして」

「分かりました。しかし、私も必殺技というのはあまり得意な方ではなくてですね」


 得意分野を伸ばすのであれば、うってつけがいる。必殺技は美和の方が得意だ。なにかコツでも教えてもらって家でも練習することにしようか。アパートの裏庭だったら大家さんの盆栽が壊れるくらいだから問題ないだろう。


「いえ、そういう事ではなくてですね」

「それよりもお友達に向けて必殺技はしてないだろうね?」

「してないよ! パパと先生だけ!」

「いや、あの……」

「じゃあ、家に帰ったらママにも教えてもらおうか」

「えぇ~、こわいからママには必殺技しないもん!」

「あの、先生にもしないで欲しいんだけど……」


 しかし、ちーちゃんですら必殺技があるというのに、僕も何か開発しなければ。すこしやる気が出てきた。


「よし、パパも一緒にママに教わるから。ちーちゃんも一緒に勉強しようか」

「うん、わかった! それならいいよ!」

「……いえ、そういう事ではなくてですね」


 こうして僕らは週末を使って必殺技を練習した。ついでに博士に頼んで専用の兵器も開発してもらった。




「赤井さん? それなんです?」

「妻に考えてもらった必殺技だ。ミラクルボールっていう……」

「投石じゃないですか」

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