第8話 嫁にばれたら何を言われるか分からないから僕はビールを飲み切った
赤井家には一つのルールができた。
それは、「ちーちゃんが寝てから1日2時間まで」である。もちろん僕がこの前買うことに成功したプレーンステーション4で遊ぶ時間のことである。
ちーちゃんが寝てから1日2時間までとなると、僕がアイナルファンタジーをクリアするのはかなり先のことになるのではないだろうか。それだけ長く楽しめるというのはいい事なのだろうけど、僕は先に進みたいのだ。先が見たくて仕方がない。そしてちーちゃんもプレーンステーション4には興味津々だったりするのだけど、プレーンステーション4が何かはまだ分かっていない。
「ちーちゃん、まだ眠くない」
「そっかー、ちーちゃん眠くないかぁ」
「ちーちゃん起きてる」
そしてそんな僕のわくわくした雰囲気というのをちーちゃんは過敏に察して、最近は嫁が帰ってくるまでは起きている。さっき怪人警報が出ていたから、嫁が帰ってくるのは結構遅くなるのではないだろうかと、僕はプレーンステーション4をぼんやり眺めることしかできなかった。しかし、この部屋にこれがあるというのを思うと感慨深いものがある。まさかこんな日がくるなんて。
すでに宿題も歯磨きもお風呂も終わらせてあとは寝るだけのちーちゃんはアニメを見ている。まだ8時だし、さすがに遅すぎるから寝ろとは言いづらい時間だ。言いづらいと言っても言ってみるのだが、まだ眠くないから眠らないのだと言う。
「うーん」
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
仕方ないので、僕はビールを飲む。あまり贅沢なことは許してくれない嫁だけど、そういえば僕がビールを飲むのを止めることはないな。とはいってもそんなに大量に飲むわけではないから当たり前なのかもしれないけど。
「ちーちゃんもそれ、飲みたい」
「お酒は大人になってからです」
「むー」
ちょびっとだけなめさせてみようかとも思ったけど、嫁にばれたら何を言われるか分からないから僕はビールを飲み切った。そろそろ嫁が帰ってくるころだろう。僕は台所に残しておいたコロッケにラップをかけていつでもレンジに入れられるように準備をした。
いつの日かちーちゃんがゲームをしたいという日がくるのだろう。というよりもそれは割とすぐのはずで、今はまだあのプレーンステーション4がゲーム機だという事を知らないだけである。コントローラーは棚の中に隠してあるからただの箱に見えているに違いない。
僕はパソコンの電源をつけて、ちーちゃんと一緒にできるゲームはどんなものがあるかというのを勉強することにしたが、頭の中はちーちゃんが寝たらすぐにゲームしようというのでいっぱいだった。
***
「有給?」
「そうです。僕の有給って、どのくらい残ってますか?」
「有給はあんまり使ってないだろう。まだ1週間もあるぞ」
なぜか総務部の有給を管理するのが社長である黒木であり、Tactical Action In System総務部の有給の消化率は断トツで悪いらしい。そんな中でも有給消化率が優秀なのが僕なのだが、ちーちゃんの参観日などで使ってしまうと意外と残りがすくないようだった。それでもまだ1週間分も残っているという表現を黒木は使う。
「1日下さい。いつでもいいですが」
「…………いつでもいいのか」
「ええ」
「ちなみになんの用事なんだ?」
「プライバシーの侵害で訴えますよ?」
いつどこで誰が聞いているか分からない。ちょっとした拍子にばれたりすれば、僕の目的が達成できなくなるかもしれないんだ。
「この時期は怪人が発生しやすいのを分かってるのか? 季節の変わり目なんだ」
「4つも季節があるんですから、年がら年中季節の変わり目でしょうが」
「日中に怪人が出たのにお前がいない場合、マスコミになんて言われると思ってるんだよ」
「それを考えるのは業務範囲外ですので」
なにやらブラック企業臭がしてきたな。転職するか。
「どこかに行きたいのか? 数時間で帰って来れる場所ならばなんとか融通できるんだが」
「家の用事があるのですよ。これ以上は言いませんが」
「家の用事か……、それならば……」
そんな時にずっとブツブツ言っていた黒木が叫んだ。ついに頭がおかしくなったかと思ったけど、次に黒木の口から出てきたのは意外なことにものすごく良い案だった。意外なことに。
***
『怪人警報です! 市民の皆さんは極力家から出ないでください! 当該地域の皆さんは落ち着いて避難指示に従ってください! 繰り返します! 怪人警報です!』
『本日はすでにTactical Action In Systemからアクショ忍が向かっているようですね。すぐに到着するとの情報が入りました』
『ええ、そのようです。今しがたアクショ忍が到着いたしましたが……定時レッドの姿が見当たりません!』
『おかしいですね、現在の時刻は12時半。いつもならば定時レッドがいるはずの時間帯です』
『定時レッドがいないせいでしょうか、現場に到着したアクショ忍たちにも動きが見られませんね……あ、あれはテイズブルーがスマホをとりだしています。電話をかけているのは定時レッドなのでしょうか』
『怪人による被害が増大しなければよいですね』
『ええ、そうですね。こうしている間にも怪人は…………あぁーっと! いつの間にぃぃいいい!! 定時レッドです! 他のアクショ忍たちとは別の方角からやってきていたのか定時レッドがすでに怪人を討伐しております! さらにあっという間にどこかへ! どちらにせよ怪人は討伐されました! 警察が討伐証明を確認し次第、警報は解除されます。市民の皆さんはそれまで念のため屋内で待機してください!』
『何かの作戦だったのでしょうか? この後Tactical Action In Systemから何らかの発表があるかもしれませんが、今の所は記者会見の予定は通達されていませんね』
『怪人は討伐されました。警察が討伐証明を確認し次第、警報は解除されます。市民の皆さんはそれまで念のため屋内で待機してください。繰り返します……』
「それで、何か申し開きはあるかしら?」
おかしい。なぜバレた。
現在、僕は自宅のリビングで正座をさせられている。すでにちーちゃんは寝たあとで、嫁が帰ってくるまでアイナルファンタジーをしていたわけだが。
「仕事さぼってゲームしたでしょ」
「いやいや、さぼってなんかいないよ!」
僕は焦りながらもスマホをとりだして、市のホームページを開く。そこには本日の怪人討伐の発表がされていた。Tactical Action In System所属アクショ忍、討伐者はテイズレッドときちんと発表されている。
「ね! 仕事してた証拠だよ」
「ふーん」
すると嫁は自分のスマホをちょいちょいと使ってインターネットのある記事を表示させる。
定時レッドが在宅勤務?
本日現れた怪人はTactical Action In System所属アクショ忍によってっ討伐されたが現場に到着時に定時レッドのみの姿が見当たらなかった。テイズブルーがどこかへと連絡を取る中、定時レッドはまったく逆の方向から現れて一撃で怪人を討伐すると、いつもは率先して行っているはずの事後処理も全くせずにどこかへと消え去った。(写真は事後処理もせずにどこかへと消え去っていく定時レッドの後ろ姿) これについてTactical Action In System代表取締役であるテイズブラックは我々の取材に対してこう答えた。
『ああ、テイズレッドが他のメンバーとは別行動をしていたことと事後処理をしなかったことですか? わが社では社員の私生活や個人の権利を守ることなどにも非常に力を入れておりまして、私生活と市民の安全の両立を図るために必要な時には在宅勤務というのを試験的に導入しているのです。もちろん、普段は本社ビルでの勤務となりますが、有給などを使ってでも休まなければならない用事というのはどうしてもありますからね。わが社ではそのあたりも十分に配慮して……(長くなるので以下略)』
つまり定時レッドは自宅から現場にかけつけたということだった。たしかに彼がいれば時間内の市民の安全は保障されたも同然ではあるが、彼個人の権利というのも考えさせられる案件だったのだ。現在の怪人討伐において定時レッドに頼り過ぎているのではないかという市民の声はわが社にも多く届いている。この在宅勤務で定時レッドだけではなく、市民の安全を守ってくれている人たちのストレス緩和が少しでもできていればよいと筆者は個人的には賛同している。
あの黒木の馬鹿野郎ぉぉぉぉおおおお!! そしてマスコミめぇぇぇぇええええ!!!!
こうして赤井家のルールは「ちーちゃんが寝てから、かつ嫁が帰ってきてから1日1時間まで」に変更させられ、嫁はこのあと数日はコントローラーととも出勤していったのだった。
ちなみに在宅勤務は有給+待機料という扱いだったので、僕はそれから当分の間はその制度を活用することはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます