第7話 対ヒーローでどちらが強いかなんてのは無意味な発想なのだ

 株式会社Tactical Action In Systemは基本的24時間営業の会社である。

 一般的な職員というのは一般的な警備員を始めとして市内各地の警備任務を行っており、専属で重点的な警備を行う会社もあれば、警報システムが鳴れば出動するような一般家庭も含まれる。

 しかし、規模としてはそこそこなのかもしれないけどヒーロー業務に関しては他の会社にかなり差があるほどに小さい部署で回していた。そのために各自の机はそれほど広くない一室に全部詰め込まれており、やることもなければ近くの休憩室に全員が集合することだってある。ちなみに社長室も近いためにこの休憩室にはたまに社長の黒木もやってくるが、誰もコーヒーを入れてあげようとしないために黒木は自分でコーヒーを入れて飲んでいる。


「社長、追加のヒーローを雇いましょうよ」

「無理を言うな」

「でも、このままでは時間外の業務が多すぎて桃江が婚期を逃がしますよ」

「なんでですかぁ青田先輩!?」

「ううむ、確かに」

「確かにじゃないですからぁ!」


 怪人が発生するのは就業時間内であることが多い。その原因は諸説あるけど、博士は日光が関係しているとかなんとか言っていた。僕はそんなの信じていなくて、あいつらは目立ちたがりだからだと思っている。北海道の奥地のほとんど人がいないような場所では怪人の発生はほぼないとも言われているし。通報がないだけかもしれないけど。


「じゃあ、せめて午後5時を過ぎてからだけでも赤井さんの代わりになる人を」

「赤井の代わりになるやつなんていないだろうが」

「まあ、そうなんですけど」


 うぬぼれるわけではないが世間からも会社からも僕の評価は非常に高い。今でも当たり前のようにヘッドハンティングの話が舞い込んでくるのを黒木が全てへし折っている。しかし、たまに黒木の防御をすり抜けて僕にまで届く話もあり、今の給料の倍はもらえるところだってあるらしい。もちろん時間外業務はないのだろうと思ってその会社のホームページなり口コミなどを調べると、ほとんどがブラックだったために今の所はこの会社で働いている。


「赤井のおかげで時間内の怪人討伐率は業界トップなんだからな」

「まあ、トップタイですけど」

「100%なんだから、これ以上は無理だ。討伐数は別に競うものではないしな」

「討伐数は負けてますものね」

「うるさい!」


 僕らが担当しているこの市の時間内討伐率は僕が完璧な仕事を行うために常に100%を維持している。しかし、僕が定時で帰宅すると時間外の討伐率は平均25%にまで落ちるということから、マスコミは僕のことを定時レッドと呼ぶようになった。これだけの落差がある会社は他にはない。

 それに対して隣の市は時間内討伐率100%、時間外の討伐率もかなり高くほぼ100%という成績を誇っている。ちなみに僕が住んでいる市であり、ちーちゃんが通う小学校があるところだ。


「お隣さんはすごいですからねぇ」

「ぐぬぬぬぬ」

「午後5時過ぎてても普通に出てきますもんね、リキュアルージュ」

「まあ、ある意味うちの会社のおかげでもあるんだがな」

「え? なんでですか?」


 僕は黒木をちらっと見る。黒木は目だけですまんと返して、それ以上リキュアルージュの話はしなかった。黒木が不機嫌になったと思った青田は僕のほうに話を振ってくる。


「赤井さんとリキュアルージュ、どっちか強いんですかね?」

「それは向こうだろう」

「いやでも赤井さんも負けてないと思うんですけど」


 僕が即答したのがよほど予想外だったのか、青田がびっくりした顔をしている。でも僕はうぬぼれるつもりはない。


「僕はこの体だけだけど、向こうはいろいろ遠隔攻撃ができるから」

「う、うちだって色んな装備ありますけど……たしかに赤井さんはあんまり使わないからなぁ」

「それに、そんな話は無意味だ。お互いに戦い合うわけではないからな」


 基本的に僕らは対怪人戦を想定して訓練を行っている。だから、対ヒーローでどちらが強いかなんてのは無意味な発想なのだ。そう、無意味な発想だ。



『怪人警報です! 市民の皆さんは極力家から出ないでください! 当該地域の皆さんは落ち着いて避難指示に従ってください! 繰り返します! 怪人警報です!』


 その時に休憩室のテレビの番組が入れ替わるとともに警報が鳴った。


「よし! 行ってこい!」

「あっ、でもこれ市の境目の河川敷ですね。向こう側ですけど、どうします?」

「いいから行ってこい、こちら側に逃げてきたら即退治だ」

「分かりました」


 青田の指摘に何やら嫌な予感がするけど、僕らは現場へと向かうことにした。向こう側はさきほど話題に出ていた市、つまりは僕の家のある場所である。


『市の境目を流れるこの川の河川敷に怪人は発生した模様です。対岸はすでに避難指示が出ており、我々取材班は反対側から中継しております』

『向こう側ということは(株)西映のポリキュアーズの管轄となるのでしょうか』

『こちら側は時間内の(株)Tactical Action In Systemのアクショ忍の管轄ですし、両方とも時間内討伐率100%ということを考えると怪人には同情しかないとツブイヤターでのツイートがトレンドに入っている模様です』

『おっと、先に現場に到着したのはアクショ忍のようです。しかし、怪人がいるのは対岸ということで様子を見ているのでしょうか、動きはありません……いえ、川を渡るようです』


「向こうが到着するまえに被害が拡大してしまっては駄目ですから、行きますよ!」


 青田がそう言うと、他のメンバーも全員が頷く。橋を渡るか、直接対岸へと泳ぐかで意見が分かれそうだ。


「赤井さん、どうしたんですかぁ?」

「いや、別に」

「いつもなら作戦会議にも参加せずに飛んで行ってしまうのに」

「うぐっ……いや、行こうか」


 僕は覚悟を決めて跳躍の場所を探す。着地地点も考えないと、向こうに被害が出てはいけないからな。 


『おっと、定時レッドが飛びました。他のメンバーは橋を渡っていく模様です』

『警備範囲よりも人道的な面を優先したのでしょう。ポリキュアーズが来る前に被害が拡大しているのを眺めているだけというのはどうなのかと思いますからね』

『定時レッドはそのあたりドライなのかもしれないと思われた人は多いと思いますが、何か安心しましたね』


 僕は対岸に着地すると、すぐ近くに怪人はいた。あまり周囲に物はないし、サッカーのグラウンドだからゴールがへしゃげているけど、他の被害はほとんどなさそうである。逃げ遅れた人はいないかを確認する。


「ふしゃぁぁああああ!!!!」


 見た目は鯉のような怪人だった。フナかもしれない。僕には見分けがつかない。

 そして、その怪人、暴れているけど周囲に何もないから本当にこれ以上は被害が出そうにもない。というよりも、さっきから陸に打ち上げられた魚のようにぺちんぺちんと地面の上でのたうち回っているように見えるんだけど。


『今回の怪人は魚のようです。今の所は大きな被害はでていませんが、何故か定時レッドがその前で固まってしまっていますね』

『あれはこれ以上被害が出そうにもないから、止めを刺してしまってもいいかどうかを悩んでますね。やはり管轄外というのが気になってしまっているのでしょう』

『ええ、そうかもしれません。あっと、定時レッドがスマホを取り出しました! 他のメンバーが時間外にスマホかけるのはおなじみの光景ですが、定時レッドがスマホをかけるというのは珍しいです! おっと、スマホを戻した定時レッドが攻撃! 怪人は討伐されました! 警察が討伐証明を確認し次第、警報は解除されます。市民の皆さんはそれまで念のため屋内で待機してください』




 ***




「まだ現着しないの?」

「ええ、そうなのよ。渋滞に巻き込まれてしまって」

「走ってくればいいじゃん」

「イメージってのも大事なんだって、うちの社長が」

「じゃあ、どうするんだよ」

「やっちゃっていいよ」

「えぇ!? なんで僕が」

「目の前まで来てるんでしょ?」 

「……プレーンステーション4買っていい? アイナルファンタジー7リメイクが発売されたんだけど」

「うーん、仕方ないなぁ。いいよ、しょうがない」

「よしっ! 約束だからね!」


「定時レッドが先に現着しちゃったから私たちは帰るわよ」

「えっ、赤井先輩って定時レッドと知り合いだったんですか?」

「うん、まあそんなもん」


 こうして僕は嫁に貸しを作ることでプレーンステーション4を買う事に成功した。めんどくさい状況だと思ったけど、ピンチはチャンスとはよく言ったものだ。

 ちなみに、母校の訓練室を借りて夫婦喧嘩したときは遠距離攻撃で近寄ることもさせてもらえず完封されたから、定時レッドよりもリキュアルージュの方が強いというのは本当のことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る