第6話 いつもはパパのがいいなんて言えば不機嫌になるというのに

 日曜日の昼下がり。久々に僕は嫁とちーちゃんと三人で御飯を食べにきていた。

 休みの日って、なんていいんだろうかと思う。前の会社に勤めていた時は、休みの日に出勤することで平日の業務を少しでも減らそうと考えていた時があったけど、今の会社ではやることもなくインスタントコーヒーをすすりながらヌーチューブ見ている時間だってあるから、休日出勤なんて意味がない。

 そして僕も世間のお父さんたちと一緒で、休みの日には家族サービスというものをしなくてはならない。しかし、今までの会社務めのことを考えるとむしろ楽しいくらいで、毎週遊びに行ってお金を使いたがる僕を嫁が止めるのが赤井家の一般常識だった。


「えっ? 僕がやるの?」

「他に誰がいるのよ?」

「美和だっているじゃん」

「コスチューム持ってきてないのよ」

「そんな事言ったら、僕だってないよ」

「あなたは私と違って、コスチューム関係ないじゃない。顔隠して殴ってきなさいよ」

「美和だって関係な……」

「関係あるのよ」

「……その年で魔法少女は厳しいからって、会社とコスチューム変えたんじゃん」

「何か言った?」

「いいえ、なんでもないです」


 そんな時は会社とは別方向の市のショッピングモールによく来ることにしている。そこには映画館もあればちーちゃんの好きなおもちゃ屋だってある。たしかにフランチャイズのレストランばかりが入っているけど味はそこそこにいいものがあるのだ。なによりも、何処に行くかを悩んで計画してなんてことをしなくてもここに来れば全て解決するというのがいい。


 今日も午前中の遅めの時間にやってきて、予約していた昼過ぎの映画のチケットを受け取り、数件の店を見て回ってからピザでも食べようという話になった。昼からお酒を飲みたいというと嫁の機嫌が悪くなるけど、ピザを食べていたらビールかワインが欲しくなるよね。でも、そんなこと言えないからブドウジュースで我慢したのだ。ちーちゃんは最初に頼んだオレンジジューズをピザが来るまでに飲み干して、嫁に怒られていた。嫁はジンジャーエール頼んでいたから、ちーちゃんは僕のブドウジュースの残りを奪って飲んだ。ちなみにピザはすごい美味しかった。

 そんな家族の至福の時間に水を差すやつと言えば、黒木か青田か怪人かしかいない。そしてこの時は怪人だった。


『ショッピングモールの玄関付近に怪人が現れました。お客様は係員の誘導に従って落ち着いて避難を始めてください。怪人にはショッピングモール『ヤオン』専属の警備員が対応いたしますのでご安心ください』


 近くの売り場の店員さんたちも避難訓練がきちんとできているのか、お客さんたちをうまく誘導し始める。


「落ち着いて行動してくださーい。前の人を押さないでくださーい。専属のヒーローがいますので、安心してくださーい」


「それが安心できないのよねえ」

「まあ、そうだね」


 基本的に、警備会社にも様々なものがあるというのは世間の常識だった。そしてこんなショッピングモール専属なんていう狭い範囲をカバーするヒーローたちが高給取りなわけがない。つまりは弱い。


「ぱぱぁ、頑張ってね」

「ちーちゃん、たまにはママの頑張るところも見たいよね?」

「ちーちゃん、ぱぱのがいい」

「ほら、ご指名よ」


 ぐっ、こんな時にかぎってドヤ顔をしやがる。いつもはパパのがいいなんて言えば不機嫌になるというのに。先週だって、ちーちゃんが怖い夢を見て夜に起きてしまった時にパパと寝るなんていうものだから、嫁はふてくされてしまったのだ。たしかにあの時は僕もドヤ顔したけどさ。


「それじゃ、取引のほうは任せたよ」

「ええ、いってらっしゃい。絶対に中止になんかさせないわ」


 僕は近くの売り場の店員さんに非常事態なので、どうしても必要なんでと説明して大きな紙袋をもらった。そこに穴を二つ開けると、頭からかぶる。


「カミブクロンジャー参上!」

「遊んでないで早く行きなさいよ、紙袋男」


 ちーちゃんは手を叩いてくれたのに、美和は冷たい目をしている。やらせているのはお前だろうに。しかし、回りからの視線も少し痛い。避難指示が出ている時に何をやっているんだという非難の目だ。避難中だけに。


「はいはい、行ってくるよ。ちーちゃんをよろしくね」


 こうして僕は怪人が現れたらしい玄関に、美和とちーちゃんはお偉いさんがいるであろう奥のほうへと向かうのだった。




 ***



『怪人警報です! 市民の皆さんは極力家から出ないでください! 当該地域の皆さんは落ち着いて避難指示に従ってください! 繰り返します! 怪人警報です!』

『ショッピングモール『ヤオン』にあらわれた怪人ですが、見た目は熊のようなものだということです』

『映像が届きました。これはかなり大きいですね!』

『ええ、野生のクマの倍はあるのではないかという大きさの怪人です』

『今のところは『ヤオン』専属のヒーローたちがなんとか周囲への被害を出さずに対処している模様ですが、ヒーローたちの中には負傷してしまった人もいる模様です』

『ヒーローたちだけではなく、警察も動き出したとの情報が入ってまいりました。しかし、どちらも到着にはまだ時間がかかるようです』

『あっ、あれは誰でしょうか!? 紙袋を頭にかぶった一般人が怪人の方に向かって走っていきます! 危ない! しかし、すごい身のこなしだ! あっーと! 一撃です! 紙袋をかぶった一般市民の一撃で怪人は倒されました! あれは誰なのでしょうか!?』


 こうして僕は嫁がちーちゃん以上に楽しみにしていたアニメ映画『穴雪の王女』を中止にさせることは阻止したわけだけど、怪人の返り血を浴びてしまった私服で『ヤオン』の中に戻るわけにもいかず、嫁とちーちゃんは二人だけで映画を堪能したのだった。

 僕はその間に『ヤオン』の人から売り物の服を一式贈呈され、特製のケーキと紅茶を振る舞ってもらうことになったけど、身元がばれないようにするためにずっと紙袋を取るわけにもいかなかったためにケーキと紅茶の茶葉を持ち帰ることにさせてもらった。ケーキは帰ってから嫁とちーちゃんに食われた。ついでに映画の無料券ももらったから、次の週に他の映画を見に来たわけだけど、僕も『穴雪の王女』見たかったなぁ。



「おい、赤井。これ、お前だろ?」

「違いますよ、社長」

「日曜日に他社でアルバイトしてたのか!? 何故だ!? 何故にうちではしてくれないのに」

「僕じゃありませんから」


 次の日、ショッピングモール『ヤオン』での事件とカミブクロンジャーが「紙袋男」として新聞に乗っていた。ヒーローマニアの人の分析付きで、動きから定時レッドだとバレたっぽい。

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