第4話 誰が自給790円で早出なんてやるものか
『8時半です! 時刻は8時半となりました! なんとか始業時刻まで持ちこたえましたアクショ忍のその他たち! まだテイズブルーとテイズピンクが残っています!』
『今頃定時レッドがTactical Action In System本社でタイムカードを通したところでしょうか』
『現場まで約15分というところでしょう。いまのところはテイズブルーお得意の回避戦術が功を奏している模様です! あっ! あれは!』
『Tactical Action In System本社ビルの上空ですね。前回同じ事をした時には本社ビルの屋上が崩壊しかかったとのことで、補修作業が完了していたのでしょう。あれの衝撃に耐えられるほどの補強を行うとテイズブラックが発表しておりましたが、正直不安です』
『始業ジャンプ! 伝説の始業ジャンプです! 周囲を警戒中の機動隊が一斉に盾を構えます! 私たちも衝撃波に備えますね!』
着地と同時に小さなクレーターができてしまうけど、どうせあたり一面は怪人が暴れたせいで崩壊しかかった場所である。それほど気にならない。前回の着地では衝撃波で転倒した警備隊に怪我人が出たとか。しかし世論が味方になってくれたこともあってあまり御咎めはなかった。今回は事前に通達したらしいから、衝撃波には注意していただきたいところである。
着地専用のブーツも新調したし、屋上の補強作業も終わった。若干ビルが傾いたらしいけど、なんとかごまかしたし、まさか本社ビルの外側に柱を立て直すとは思わなかった。社長はカンカンに怒ってたけど、マスコミの騒ぎ様を見て手のひら返して今回もやれとの命令だから仕方ない。僕はやりたくなかったんだよ。
今日もちーちゃんを送り届けてからのギリギリの出勤である。タイムカードを通した瞬間に更衣室に入れと言われ、そのまま屋上に連行された。場所だけ指定されて行けというものだから、どんな怪人が待っているのか、誰が戦っているのか分からない。どうせ青田が逃げまくってんだろうけど。
「しかし、今日はいい天気だなぁ」
『あーあー。テイズレッド、聞こえるか?』
「はいはい、聞こえてます」
『もうちょい右だ。軌道修正できるか?』
「なんとかします」
体勢を変えて着地地点を右に誘導する。といってもそこまで変えられるわけではない。次の瞬間、着地と同時に砂埃と衝撃波が僕を中心に舞い起こる。青田と桃江の悲鳴が聞こえるってことはまだ生きてるな。緑川と黄池はやられたのか? まあいいや。
「おはよう」
「おはようじゃないですよ赤井さん!」
「ぶはぁー、埃っぽい」
瓦礫の中から青田と桃江が顔を出す。なんだかんだ言ってアクショ忍やってる奴らが衝撃波で怪我をするわけがない。なんかそこで倒れている黄池っぽい物体にコンクリートのかたまりが乗っかっているのは無視することにして。
「ところで、怪人はどこだ?」
「え? さっきまでその辺に」
「探さないといけないのか…………ねちょ」
へんな音がした。僕は足の裏をちょこっと見る。
「あっ……」
そこには元が何だったかも分からないほど見る影もなくなった何かの肉片がついていた。
***
「不完全燃焼とはこのことだろう」
「いやいや、さすがは赤井さんです。一撃だなんて」
「待って、僕は攻撃してないからね」
号外新聞の一面が「始業キック」で埋まっているとか。あれはキックじゃなくてジャンプなんだけどなぁ。
Tactical Action In System本社に戻った僕はインスタントコーヒーを自分で入れた。この部署に一般社員は入って来ないし、いつも入れてくれる桃江は始末書と格闘中だし。あいつが入れてくれる時はなんか苦いし。
「なんで赤井さんは周辺のビル壊しても怒られないのに、私は駄目なんですかぁ~?」
社長室からその桃江の声が響いて来る。あいつ、またなんかやらかしたな。
「馬鹿野郎、お前のは不可抗力じゃなくて単なる誤射だろうが!」
「赤井さんのあれも誤射ですってぇ」
「ふざけんな、悔しかったら「始業キック」かましてから言え!」
「赤井さんじゃないんだから、あんなの発射した瞬間に足が粉砕しますぅ!」
損害はそれなりに出ていたらしい。と言っても僕が到着するまでに周辺のビルは倒壊しまくってたのがわかったから、僕の着地で被害にあったビルはほとんどない。はずだ。被害の何割かは桃江の誤射だったか。
「お前な! 赤井が「始業キック」かましたからグッズ販売の話が来てて、ようやく赤字じゃなくなるんだぞ! 賠償にいくらかかると思うんだ!」
待て、グッズ販売程度でビルが建つのか? と、思ったら損害賠償保険の保険料が引き上げになるのだそうだ。緑川がその書類を提出しようと社長室へ向かい、途中で力尽きて倒れている。病院行けって。
「赤井さぁん、来るの遅いですよぉ」
「青田。俺は8時半にならないと出勤しないんだ。ちーちゃんの保育園には8時20分に登園するんだから」
「……もしかして赤井さん……」
ガタンっと青田が立ち上がる。その顔はいつもと違って真剣だ。いや、しかしどうせ頭の中ではアホなことを考えているに違いない。
「社長ぉぉぉぉおおおお! 来月でちーちゃんは小学1年生ですよ! ピカピカの一年生です! 通学は7時台です!」
「なにぃぃぃいいいい! でかした青田! 良く気付いたぁぁ!」
社長室のドアをけ破る勢いで出てくる黒木。マジうざい。
「赤井ぃぃぃぃいいいい! 来月からは早出のシフト組んでもいいかぁぁぁぁああああ!?」
「いやです」
「そこをなんとかぁ!! ほら、ちーちゃんいない家にいても寂しいだろぉ!?」
「寂しいけど、自分の時間も必要ですし」
「時間外だすからさぁ!」
「…………おいくら?」
「……こ、このくらい」
「話にならん」
「赤井ぃぃぃぃいいいい!!」
誰が自給790円で早出なんてやるものか。まだその辺のコンビニでバイトしていた方が金になるわ。
『怪人警報です! 市民の皆さんは極力家から出ないでください! 当該地域の皆さんは落ち着いて避難指示に従ってください! 繰り返します! 怪人警報です!』
その時テレビから怪人警報のニュースが出るとともにフロアに出動要請のベルが鳴った。ちらっと時計を見る。16時45分……。
「赤井! 出動だ! ……って、あれ?」
「社長、今日は直帰でお願いします」
僕は私服を詰め込んだバッグを担ぐと、屋上にある「始業ジャンプ台」へと向かった。これ、普段も使いたいなぁ。着地、どうにかならんかな。今度博士に相談しよう。
こうして本日二度目の「始業キック」で定時ギリギリに怪人討伐を果たした僕はいつもより早く保育園へとちーちゃんを迎えに行くことができたのだった。
「パパ、さっき地震があったんだぁ」
「そう。大変だね。さ、、怪人警報は解除されるから帰るよ」
「ちーちゃん、ハンバーグ食べたい」
「そうか、帰りにスーパー寄ろう」
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