第3話 プラスマイナスゼロむしろまだマイナス

「はい、今月のおこづかい」

「なあ、俺もお前もそれなりに稼いでいるんだし、そろそろこのアパートも引っ越して生活レベルをあげてもいいんじゃないか?」

「だめ、将来のために貯金しておかなきゃ」


 赤井家の財政は妻が握っている。僕は稼いだぶんの給料から小遣い3万円をもらってそれを趣味に費やすことしかできない。ちなみに食費は共有の財布から出しているが、これも使いすぎるとお叱りを受けるためにレシートは必ずもらえと指示されている。


「ちーちゃん、お菓子欲しい」

「だめ」

「・・・・・・パパは買ってくれるのに」


 じろっとにらまれてちーちゃんはそれ以上妻にはなにも言えなくなってしまっていた。僕も同様であることは言うまでもない。


「これでも、会社の中ではけっこうもらってる方なんだけど・・・・・・。部下におごることもできないじゃないか」

「部下と私たちの将来と、どっちが大事なの?」

「・・・・・・家族です」


 よし、今回も善戦はした。やれることはやったんだ。僕とちーちゃんはアイコンタクトをして戦略的撤退を行うこととした。




 ***




 たしかに今は黒木の会社からそれなりの給料をもらっている。しかし、少し前までは(株)カメレオンライダーという超がつくほどのブラック会社に務めていて、時間外の仕事は当たり前であるし給料はファーストフード店のアルバイト以下だしという環境だったのはたしかだった。

 実力を評価してくれた黒木もとい、元カメレオンライダーブラックRXに恩があるのはあるのだが、新人のころにいじめられた記憶もあるためにプラスマイナスゼロむしろまだマイナスであり、時間外の業務などこれっぽっちもするつもりはない。その状態で、この給料というのは正当な報酬であるとも思っている、というかもっとくれ。


 だが、現実はいくら稼ごうとも僕の懐は全く暖かくならない。いや、妻に文句があるわけではない。いままで苦労をかけてきたのは事実だったし、今の状況がいつ崩壊するかどうか分からないのだ。そのために妻も働いている。


「むむむ」


 しかし、男にはゆずれない時というのもあるのではないだろうか。いや、妻は家族のためを思ってしてくれている貯金に手を出すなどとは言語道断。ならば、別の方法を選ぶべきであると。


「なるほどな」

「というわけで、この日とこの日はちーちゃんがおじいちゃんとおばあちゃんの家にいますので。ついでに妻も」

「ふむふむ」

「しかし、いつもの口座にいれてもらうと目的を達成することができませんのと、僕が時間外業務をしているというのを妻にばれるわけにいかんのですよ」

「なるほどなるほど」


 Tactical Action In System本社の一室で、僕は社長の黒木と対峙していた。


「つまり・・・・・・時間外報酬が欲しいというわけだな?」

「いえ、他社でバイトしたいので許可をください」

「誰が許可するかっ!!」


 おかしい、黒木が般若みたいな顔に変わってしまった。


「うちで時間外すればいいだろうが!」

「でも、この会社は時間外報酬出ないじゃないですか」

「十分給料くれてやってるんだから、少しはしてくれたっていいだろうっ!」

「駄目ですよ。正当な報酬はもらいますから」


 もう前の会社で僕は学んだのだ。会社のために何かをするなんて事はしない。働いた分はもらう。それが当たり前だけど、僕はもともとそれが当たり前じゃない場所で暮らしていた。もう過ちはおかさないと決めたのだ。


「それに、繰り返すようですが時間外で働いていることが妻にばれるわけにはいかないんです。テイズレッドが時間外に活動していたら新聞に載ります」

「ぐぬぬ・・・・・・」


 おそらく見出しは「定時レッドなのに時間外労働!」みたいな感じだろう。自分の事であるが、そんな見出しのスポーツ新聞があれば僕も買ってしまうかもしれない。


「分かった」


 黒木がつぶやいた。何が分かったのだろうか。


「時間外報酬は出そう。あまり高くないがそこは勘弁してくれ」

「いや、ですからテイズレッドが時間外労働をするとですね」

「うむ、分かっている」


 だから、何が分かっているんだ?




 ***




『怪人警報です。怪人警報が出ました。市民の皆さんは屋内に待機してできるだけ外を出歩かないようにしてください』

『すでに時間は午後五時半を過ぎています。この時間は定時レッドがいないので苦戦が予想されますね』

『すでにTactical Action In Systemからはアクショ忍の出動が確認されています。現場の加藤さん?』

『はい、現場からは加藤がお送りします。すでに警察部隊にかこまれた怪人が周囲の建物を破壊している模様です。今回の怪人はタコを元としているようで、触手に絡みつかれたトラックの残骸が原型をとどめていないほどです。まだ警察は怪人との接触は避けているようでアクショ忍の到着を待つようです』

『はい、分かりました。動きがあったら教えてください』

『…ちょっと待ってください! 今、現場にアクショ忍が到着しました。あれは何でしょうか、今まではいなかった色の隊員がいます!』

『どういう事ですか、加藤さん!』

『おい、カメラ急げ! あっ、見えました! 灰色…いえ、銀色です! おそらく名前はテイズシルバーでしょう!』

『ええ、間違いなくテイズシルバーですね。あとでTactical Action In Systemから発表があると思われます』

『危険ですが、我々も怪人に近づきたいと思います! 新たな隊員がどれだけの実力を持っているのか、定時レッドに変わる戦力かもしれません!』


『『シルバニアンアタァァーック!!』』

『『ちょ、あか……じゃなかった、テイズシルバー! シルバニアンって、銀色関係ないですよ!』』


『なんという事でしょう! すでに怪人は倒れています! 繰り返します! すでに怪人は倒されたようです! さきほどのテイズシルバーと思われる新しい隊員の一撃で怪人は倒されました! まるで定時レッドです!』

『いや、これは頼もしい期待の新人が現れましたね』

『ええ、そうですね。定時をすぎると怪人討伐率がぐっとさがるTactical Action In Systemとしては時間外の労働を行わない定時レッドよりもテイズシルバーの方がいいでしょうしね』

『えー、警察が討伐証明を確認し次第、警報は解除されます。市民の皆さんはそれまで念のため屋内で待機してください』




「テイズシルバーとか言ってるけど、これ、和也君じゃないの?」

「ええ、多分そうね。シルバニアンアタックじゃなくて、あれはエグゼクトキックよ。間違いないわ」

「なんで赤着ないで銀色着ているのかしら?」

「お母さん、ちょっと電話かけてくる」

「あら? 美和?」



 こうして僕のプレーンステーション4およびアイナルファンタジー15を買うという計画は帰省先でたまたまテレビを見ていた妻に速攻でバレ、時間外で稼いだ金はそっくりそのまま貯金へ回されることになったけど、小遣い1万円だけもらった僕はこれ以上の徹底抗戦を諦めることにしてちーちゃんとアイスを食べに行った。

 テイズシルバーはそれから二度と表舞台には出ず、黒木が株主たちに文句を言われまくったのはまた別の話。

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