ありえたかもしれない朝 #2

「ボス、まもなく着陸態勢に入ります」


 ヘリの副操縦士がこちらに振り返る視線を感じて、眼帯の男は顔を上げ視線で返事をする。


「連絡があれば我々はすぐにでも急行できる場所に待機します」


 あとは彼から……と、副操縦士は機体側面のドアで待機する乗員に視線をずらす。呼ばれた乗員は一瞬、言うのをためらうような素振りをしたが、頭につけているヘッドセットマイクの電源を入れる。機体が出す騒音がひどいので、喋る側も聴く側もヘッドセットがないと会話ができない。


「レーダー設備破壊に失敗したエージェントですが、敵基地に囚われているようです。生きています」

「確かか?」眼帯の男が尋ねる。


「昨日、連行される姿を外部監視班が基地内で確認しました。間違いありません」

「外部監視のエージェントが残っているのか?」

「いえ、夕方までに撤収しました」


 そう言うと彼は腰に付けた端末を眼帯の男に差し出す。端末は少し大きなトランシーバーのように見える。


「昨日集めた情報も更新済みです」


 眼帯の男はその端末を受け取る。端末には様々な機能があるようだ。男たちの会話からして軍人だろうか。男は海にでも潜るのかダイビングスーツを着ている。だが、酸素ボンベやシュノーケルのような装備品は見当たらない。代わりに腕や腰にナイフや拳銃を装備している。


「ボス、到着しました。着陸します」

 副操縦士の声が割って入ると同時に機体は大きく向きを変えて高度を下げる。乗員がドアを開けるとそこは岩場の海岸であった。背の低い植物が所々茂みになっており、奥には林も見える。眼帯の男はその岩場に音もなく降り立つ。


「ボス!」


 乗員が声をかけると、その男は振り返って「やってみよう」と言葉を返した。それを聞いて乗員は大きく頷くとドアを閉める。そしてヘリは海の向こうへ飛び去った。


 ヘリが飛び去ると海岸には潮騒の音と共に赤道の熱い空気が男を包む。夜明け前だが風はなく湿った生暖かい空気には不快感を覚えそうなものだが、男はその空気に不快感を示すこともなく先ほど渡された端末を取り出すと起動させる。

 端末画面には『主目標:敵対空陣地の破壊。副目標:敵対空装備の無力化。味方の捜索及び救助』と表示されている。男はこの表示に鼻息を1つ吐いて不満を示すと、端末を操作して表示内容を変更する。変更後の画面には『主目標:味方の捜索及び救助。敵対空陣地の破壊。副目標:敵対空装備の無力化』となった。

 端末の設定変更に満足すると、男は海に潜るような格好だが海とは真逆の林の暗闇へとその姿を消した。

 岩場の海岸は何事もなかったかのように潮騒だけが残った。



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