第10-3話 別れ、そして再会

 エタニアの話は、はっきりとはわからなかった。

 数百年前、まだ人外が表舞台に現れるはるか前に、エタニアは誕生した。

 彼の父親は人外で、母親は人間だった。

 魔法に開花したエタニアを、母は恐れ、間も無く世を去った。

 彼は人外の父親の元で教育を受け、魔法使いとしての力を高めたが、彼の魔法は決定的な性質を孕んでいた。

 他人の魔法、他人の命を自身のものとする、無尽蔵に周囲を取り込み続ける魔法。

 彼は複数の戦争、日の当たる場所、日の当たらない場所、様々な場所で、魔法使いを、人外を、取り込み続けた。

 ドラゴンさえも取り込んだ彼は、不老不死さえも身につけただが、彼はそこで我に返った。

 千年王国、竜王の十二騎士、そんな称号を持っている自分は、果たして人間なのか。

 彼は自身を再確認するべく、探求の生活を始めた。

 多くの人外に触れ、多くの人間に触れた。

 出会いがあり、別れがあり、融和があり、対立があった。

 結局、彼は自身を自身で封印した。

 もはや彼は誰から見ても、どんな立場から見ても、脅威以外の何物でもなかった。

 そうして彼は長い眠りに入り、数年前、偶然にも目覚めることになる。

 騎士団は彼を抑え込む方策を探った。それが彼の願いでもあった。

 その方策として発見されたのが、僕だった。

「私はこれから、私を抑えることのできる存在を探す」

 地上に戻り、浜辺に腰掛けて、エタニアはそう言った。

「そんなに君が強い存在には思えないような気がするけど?」

「それはお前が鈍感なんだ」

「そうかな。これでも海千山千の、騎士団員を自認しているんだけど」

 そんなことを言いつつ、僕は砂浜に指で文字を書いた。

 榊玲子が親切にも洞窟の天井を吹っ飛ばしたがために、観測衛星が異常を察知して、ここを観察するだろう、と僕たちの意見は一致した。すぐに騎士団の迎えがあるはずである。

「騎士団もだが、教会も機関も、私を危険視している」

「それが僕がいるという理由だけで大目に見られていた、って主張なんだろうけど、うーん、違う気がするなぁ」

「お前は自分の大きさに気づいていない」

 批難されているようだけど、認められているようでもある。

 どう捉えるべきだろう?

 しばらく、二人で黙り込んで、じっと水平線を見ていた。太陽が少しずつ傾いている。

「それで、どこへ行くの? 当てはあるの?」

「どこかで自分を封印するよ」

「ま、生きているなら、いいか」

 ちらっとエタニアがこちらを見る。うーん、黒髪、黒い瞳でまるで別人だ。

「何?」

「私は死ぬことができない体になった。しかし、そうか、さっき、私は死ぬことができたかもしれない」

「死にたいの? それはやめて欲しいけど」

 じっとエタニアがこちらを見るので、僕は続きを話した。

「僕は君とまた会いたいし、っていうか、別れたくもないんだよ」

「この一連の騒動は、私が原因だ。お前は巻き込まれて、迷惑だろう」

「仕事だってこともあるけど、まぁ、それ以上に、退屈しない、という気持ちもある」

 理解できない、という視線をこちらに向けてから、エタニアは海の方を見た。僕も視線を追った。

 おっと、飛行機がこちらに飛んでくる。騎士団の迎えだろう。

「榊玲子をどうしたのか、教えてくれる? 例によって、報告書と会議が待っている。今の感じだと、君は報告書を書かないし、会議にも出ないようだし」

 エタニアがすっと立ち上がった。

「彼女は、今、私の中にいる。すでに私の一部だ。私は彼女の全てを理解した」

「全て? じゃあ、彼女の背後にいる組織も理解したわけだ。それって、騎士団にとって最重要な情報なんだけど、教えてもらえる?」

「無理だ」

 なんだよ、ケチだなぁ。

「まるで自分で対処するような感じだけど、まさか、自力で解決するの?」

「私にまつわる動きだ、私が潰すのが、筋だろう」

「騎士団は協力できるけど、それもいらないの?」

「もう迷惑をかけすぎた」

 エタニアがこちらに手を差し出してくるので、なんとなくそれを取って、僕も立ち上がった。

 二人で向かい合う。どうも彼は少し背が縮んでいる。

「また会えるかな、エタニア」

「わからないな」

「生きていれば会える、というわけでもないの?」

 少し、エタニアは間を置いた。それからいつもの笑み、前に見せたのとそっくりの、不敵な笑みを見せた。

「私は会いたいと思っている」

 うん、そうか。それなら、いいかもしれない。

「僕も会いたいと思っている。じゃ、いつか会おう」

 僕は一歩、二歩と彼から離れた。

「さようならだ、咲耶」

「またね、エタニア」

 彼の体が光に包まれ、輪郭が粒子に変わる。

 あっという間に姿が消えて、光の渦も、すっと天に昇って見えなくなった。

 それから数分で垂直離着陸機が到着し、僕は騎士団に保護された。後続の部隊が島を精査すると聞いたけど、僕はそれどころではない。

 機内に積み込まれていた装置と、同乗していた医師による診察を受け、それが終わる頃には日本に戻っていた。

 日本支部の医療部門に引き継がれ、夢野久子の診察と検査が数時間続き、解放されたら、いきなり会議だった。

 眠らせて欲しい、ということもできず、その会議に出席したけど、とんでもない顔ぶれだった。

 騎士団の広報紙で見たことのある、上位幹部が勢ぞろいしていた。

 彼らはエタニアがどこかへ消えたという報告を既に受けていて、それを重要視しているようだ。僕が自分の力をエタニアに与えてしまったことを、ものすごい剣幕で批判する幹部もいる。僕を擁護する幹部もいたけど、少数だ。

「君はどう責任を取るつもりかね」

 初老の幹部が、唾を飛ばしながらそう言ってきたので、僕は堂々と答えた。

「責任なんて取れませんよ。エタニアのことは、信用していますから」

「信用? きみはあの存在の本当の力を知っているのか?」

「知ってますよ」

 僕の頭の中にははっきりと、あの洞窟の中で榊玲子が飲み込まれた場面が、残っていた。

 あのおぞましい力は、確かに脅威だ。

 でもあの力を、エタニアは完全にコントローツできる。

 僕が彼をコントロールする必要はない、と僕は知っていた。

 会議が終わって、僕はなぜか拘束された。抵抗しても仕方ないので、そのまま独房に移動して、一週間ほどを過ごした。幹部で議論しているのかもしれないけど、まぁ、僕が死ぬことはないだろう。

 解放された後は、即座に医療部門に出頭するように言われ、また夢野久子の診察と検査。

 彼女から、断片的な情報があったのは、ありがたい展開だった。

 ヨーロッパに拠点を持つ人外の反動分子の拠点が、何者かによって壊滅させられたという。騎士団もロンドンに拠点を持つけど、その反動分子の拠点は、教会の力の方が強い位置で、現場は教会が押さえたらしい。

 何者がそんなことをしたのか、まだはっきりしないらしいけど、僕の中ではほぼ決まりだ。

 エタニアだろう。彼にはそれをするだけの力がある。

 人間の限界を超えた力。常識を無視する力。

 でも彼には、それをきっちりとコントロールする心がある。

 検査が終わって、また会議だった。

 僕には三ヶ月の謹慎が言い渡されたけど、移動の自由が許されたので、合法的な休暇と解釈することにした。もっとも、移動はできても、国外には出られない。もし出られたら、例のヨーロッパでの事件の現場に行きたかったけど無理だ。

 というわけで、地方へ旅行に行って、一週間も温泉旅館で連泊したりしてみた。

 今まで仕事ばかりしていて、給料が手付かずでたんまり残っていたので、これくらいの豪勢な旅行はなんともない。

 むしろ、久しぶりにゆっくり出来た気がする。

 通信制の大学の課題も順調にこなしたけど、仕事のせいで追いついていない部分があるので、留年が決定していた。それでも真面目に続けるつもりだ。

 温泉旅行から帰ってきたら、今度は東京でのんびり過ごした。

 ある日の昼下がり、喫茶店のテラスでコーヒーを飲みながら本を読んでいると、向かいの席に誰かが座った。

 相席かな、と思ったけど、同時に、確信のようなものがあった。

「久しぶり」

 声をかけると、銀髪の彼は青い瞳で、こちらを覗き込んだ。

 あれ? 人違いかな。

「初対面ですよ、木花咲耶さん」

 全く初めて聞く口調だった。わずかに訛りがある。

「失礼しました、どちらの方ですか?」

「イギリスから来ました。騎士団の総本部からの指令をあなたに伝えるために」

「総本部からの? 日本支部を通さずに、ですか?」

 ええ、彼が微笑んだ。

「極秘任務として、あなたにやっていただくことがあります」

 極秘任務ね。まったく胸が踊らないワードだ。

 不吉な予感しかしない。

「受けない、という選択肢はありますか?」

「ええ、それは、もちろん。ですが、受けると私どもは思っております」

 聞きましょう、と視線で促すと、彼が低い声で言った。

「エタニアと呼ばれていた個体を探す、という任務です。我々はあなたと彼の間の信頼関係を、十分に活用したい。あなたも、彼と再会したいはずだ」

 やれやれ。やっぱり、そういう仕事か。

「残念ですが、お引き受けできません」

 彼が訝しげにこちらを見た。

「何故ですか?」

「危険だからです。もう火遊びは凝りました」

「銀狼騎士団がこの程度で音をあげるとは、想像もしませんでしたよ」

「あれを見れば、誰だって尻込みします」

 何かを吟味するような表情になってから、彼は軽く頷くと、腰を上げた。

「また来ます。私どもは、頑固なのです」

「どうぞ、また」

 彼が去って行く後ろ姿を見送って、本に戻ろうとすると、目の前の椅子にまた誰かが座った。

「今度こそ、久しぶり、ってことかな」

 短い黒髪と、黒い瞳を見て、僕は眼を細める。相手は苛立たしげに応じる。

「騎士団も粘るな」

「事が事だしね」

 僕は本を机の上に置いて、改めて彼を見た。

「で、今はどんな暮らしをしているの? エタニア」

 彼は渋々という調子で、話し始めた。






(第10話 了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼がただの人間じゃないとは知ってました。そんなの僕には興味ない。 和泉茉樹 @idumimaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ