別れと再会
第10-1 孤島
最初は何事もない、普通の任務のはずだった。
それが、孤島で孤立無援とは、最悪だ。
「体はどう? エタニア」
「おおよそ回復した」
場所的には太平洋だろうけど、日本の領海ではないようだ。
オーストラリアで行われる、機関の会議に、騎士団の代表が出席する、というところからこの任務は始まった。その騎士団の代表が、先日の総本部での事件について報告するべく、僕とエタニアをオーストラリアに招く、ということだった。
で、飛行機に乗って出発したわけだけど、恐らく故意に発生したエンジントラブルと、ドラゴンの群れの襲撃により、飛行機は墜落した。
不幸中の幸いというべきか、飛行機は小型のジェット機で、乗客は僕とエタニアしかいなかった。それでも、飛行機の操縦士も副操縦士も、二名の乗員も、生存は絶望的だ。
空中に放り出された形の僕とエタニアは、エタニアが魔法を複数、同時に、それも強力に発揮して、近くに見えた小島まで飛翔した。
その間にドラゴンの猛攻を受け、エタニアは応戦したが、僕というお荷物があった。
結果、今度はエタニアが墜落することになり、それが今から半日前だ。今は真夜中だけど、まさかドラゴンが周囲にいることが確実なのに、火を起こすわけにもいかない。明かりさえも厳禁だ。
熱源を探査されると厄介だけど、今のところ、それはないようだ。小島は全体が森に覆われていて、上は見えない。ドラゴンの気配もしないけど、油断はできない。
どうやらエタニアも回復したようだし、次の動きを考えないとな。
「騎士団はこちらに気づいているかな」
「飛行機の墜落は確実に知っている」
横になっていたエタニアが上体を起こした。その姿勢で自分の体を手で探って確認している。
「撃墜された地点も把握しているよね、きっと。なら、この島の存在も気づく」
「問題はここがどこの国の領土か、だな。私たちを探すのはまず騎士団の日本支部だ。しかしここが日本の領土でなければ、日本支部の管轄ではない可能性がある。お決まりの縄張り争いに、どれくらい時間を奪われるか、想像もつかない」
ありそうなことだった。えーっと東南アジアの騎士団は、どういう管轄だったか。東アジア支部、かな、ありそうなのは。太平洋支部もある。うーん、複雑かもしれない。
飛行機に積んでいた荷物のほとんどを失ったので、食料すらないのが、問題だった。森の中で何かを調達するしかない。
「何か、食べ物を探してくるよ。水も必要だし。夜行性の動物がいるんじゃないかな」
「一緒に行こう」
素早くエタニアが立ち上がったので、びっくりした。
「怪我人は寝ていた方が良くない?」
「お前を一人にするのは心配だ」
僕が女性だったら、うっとりしたかもしれないけど、僕はそうはならないな、さすがに。
「敵の地上部隊がいる?」
「いや、ただお前が食料を取れるほど器用とは思えない」
……怪我人のくせに元気じゃないか。
結局、その日は狐を一匹、どうにか捕獲したものの、川も池も見つからなかった。そもそも平坦な島だ。海水を飲むわけにもいかず、狐も捌かずに、足を縛って放っておくしかない。
夜明けまで少し休んで、明るくなってから本格的に水を探した。昼になり、うだるような暑さが襲ってくる。気候的には熱帯かもしれない。
「スコールに期待するしかないかもね」
僕の言葉にエタニアが嫌そうな顔をする。なんでだろう?
「嫌な思い出がある?」
「腹を壊したことがある」
いつのことだろう?
問い詰める気にもならなので、その話はそこで途切れた。
川は結局、見つかった。細々しい流れで、少し遡ったら、小さな池にぶつかった。その池の真ん中の砂の中から、水が湧いている。綺麗だった。
「一応、沸かした方がいいね」
沸かす道具がなくても、魔法を使えば余裕だ。水を両手ですくい下げ、慎重に加減して、フレアを引用する。魔法ではなく、熱に変換する手法で、手を火傷しないように注意した。
こうして二十四時間ぶりくらいに、ちゃんとした水分を補給できた。
近くに洞窟、というか、地下に続く割れ目のようなものがあるのも発見した。潜むにはいいかもしれない。潜むっていうと変な感じだけど。
元いた地点に戻って、狐を回収し、割れ目にまた移動して、その中に入ってみた。
一応、少しは生活できそうだけど、もちろん、中で火を起こすわけにもいかない。あっという間に煙が充満するし、煙が逃げる余地もなさそうだ。そして、煙を起こせば、襲撃者に発見される危険もある。
狐の調理に関しては、びっくりする解決策があった。
案の定だけど、エタニアの魔法である。彼は慣れた手つきで、小さいナイフで狐を捌くと、それに両手を向け、瞬間、一瞬だけ魔法が発動した。どういう魔法かは知らないけど、強烈な熱は感じられた。
見てみると、狐の肉は表面が真っ黒くなっている。
「焦がしちゃダメじゃないの?」
「加減が難しいんだ」
ムッとしたように言いながら、エタニアが狐の肉の炭をそぎ落とすと、中からまともに焼きあがった肉が現れた。
丸一日を超える空腹が、やっと少しだけ満たされた。
「さっきの魔法の気配を、察知されないかな」
狐を食べ終わってから、そのことに気づいた。エタニアは平然としている。
「さっきの魔法はフレアの流れを少し変えて、一点に集中したんだ。不自然だろうが、しかし小さい動きだから、察知されづらい。お前が水を沸かしたのと原理は近い」
「器用だなぁ」
食事が終わって、割れ目の中で休むことにした。もちろん、交代でだ。
まず僕が見張りをして、深夜に交代した。僕はなかなか寝付けなかったけど、疲れていたせいか、一度、眠りに落ちると、深く眠ってしまった。
「咲耶、起きろ、咲耶」
最初、夢かと思った。でも現実だ。
目を開いて跳ね起きると、周囲が真っ暗でビックリした。そうか、割れ目の中にいるんだ。
声の方を見ると、エタニアが外をうかがっている。割れ目のすぐそこにいる。
「どうしたの?」
すぐ横に移動して、外を僕も確認した。
何も変わったところはない。
「何もないじゃないか」
「さっき、ドラゴンが一体、すぐ上を通り過ぎた。何かあるぞ」
「僕たちを探している?」
「一番、高い可能性だな。味方か敵かは、わからない」
エタニアが割れ目に引き返し、昨日、残しておいた肉をこちらへ放ってくる。
「食べておけ。移動するぞ」
「ここがバレていると思っている?」
「狭い島だ。移動したほうがいい。当然、痕跡を残さずにだ」
そういう工作員のような仕事は、僕が苦手とする分野だなぁ。
二人で森の中を移動していくが、誰と会わない。会うわけがない、無人島なんだし。
と、前方が開けて、浜辺に出た。この島に墜落する時には余裕がなかったので、島の全景は確認できなかった。浜辺と言っても小さなもので、地平線まで海が広がっていて、別の島は見えない。
そこへ出て行くのは危険と判断したんだろう、エタニアが森の淵を移動していくのに、僕は続く。浜辺はさすがに、見通しがいいし、身を隠せないものな。
また森の中へ戻る、と思ったら、エタニアが足を止めた。
「ややこしいことだな」
そんな呟きと同時に、彼の右腕が裂けて、弓が現れた。
木の陰から何かが飛び出してくる。一個じゃない、複数、即座に数が認識できない。
ディアの矢が発射され、その全てを撃ち抜く。
地面に倒れこんだのは、狼だが、頭部だけが狼で、胴体は深い毛に覆われていても屈強な人間のそれだ。
人狼だった。全部で五体だ。
「原住民じゃなさそうだね」
思わず僕がそういった時、更に影が飛び出してくる。
ディアの矢が縦横に飛び交い、樹木が削れ、抉られ、爆ぜ、倒れる。
戦闘が終わった時、周囲は光景が一変し、そして無数の人狼が倒れていた。もう勘定できないし、そもそも損壊が激しすぎて、正確には数えられそうもない。
矢を腕に戻し、エタニアが周囲を確認している。
これで終わりとは、彼も思っていないのだ。
「元気そうで安心したわ」
もう聞き慣れた声に僕はうんざりしつつ、そちらを見た。
榊玲子は場違いな、まるでバカンスに来たような服装で、そこに立っていた。
「またあんたの陰謀か。もううんざりだよ」
思わず僕がそういうと、彼女は目をパチパチとさせ、微笑んだ。
「今回で最後だと思うわよ。邪魔も入らないしね」
彼女の手が振られると、虚空から白い剣が現れる。エタニアの左腕からも、同じ剣が引っ張り出された。
「下がっていろ、咲耶」
うーん、逃げる場所もないし、言い訳程度に離れるか。
これでも僕はまだ常識的な範囲の人間のつもりだし。
エタニアの像が揺れたかと思うと、彼が真っ白い服に包まれた。
見るからに防御力が高そうな様子だけど、僕にはどの程度かはわからない。
そうして、二人が激突した。
激闘が始まったけど、やっぱり人智を超えていた。
一抱え以上もある樹木があっさりと輪切りになり、倒れる前に更にスパスパと切断されて、舞い上がり、また分解される。
地面に溝ができ、吹き上がる土煙が、それもまた切り裂かれる。
下草なんてもう可哀想なほど、徹底的に掘り起こされ、ぐちゃぐちゃになった。
二人がパッと飛び離れると同時に、ありとあらゆるものが落下し、まるで時間がさっきまで停止していたのでは、と思った。
「その服、良いわね。譲ってほしいわ」
榊玲子は左腕を肩から切り飛ばされ、右手も手首のあたりでほとんど輪切りにされている。白い剣を持っているのが不思議、というか、変な冗談としか思えなかった。
僕たちが見ている前で、彼女の左腕が生える。右手首も溶けるように断面が消えた。
ぞっとするな。
人間じゃないのか?
「あなたを殺すのは不可能だと、私たちは確信している」
穏やかな口調で榊玲子はそう言うと剣を地面に突き立てた。まさに十字架だ。
「数え切れない命、不死そのものの治癒力、それを破綻させる方法が、見当たらなかった」
「なら、さっさと倒れて欲しいな」
さっと、エタニアが剣を構える。白い光の粒が、紫に変わっていく。
それを見ても、榊玲子は平静だった。
余計に落ち着いたような印象さえある。
「消えろ」
「これを見ても、そう言えるかしら」
なにかを榊玲子が取り出した。
ハンカチ?
エタニアの動きが、止まった。
(続く)
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